1740.当主不在の村
シェラタン当主が直々に治める村の反応は、芳しくない。島守の一家が治める村で聞いた通りだ。
「移動放送? そんなもの、頼んだ覚えはない」
「電波の押し売りじゃないか」
「聞きたい村でだけ放送すればいいだろ」
「ジョールチさん、なんだってこんなとこ、ほっつき歩いてるんです?」
「国営放送の本局はどうしたんですか?」
野菜泥棒の疑いは晴れたが、国営放送アナウンサーにも、容赦なく懐疑的な目が向けられる。ジョールチは、いつもの落ち着いた声で応えた。
「国営放送の本局も、クーデターの戦闘に巻き込まれました。私も、夜のニュースの生放送中に襲撃を受け、廊下の窓から飛び降りて局を脱出したのです」
「何で、局を守って戦わなかったんです?」
若者の胸には、【飛翔する鷹】学派の徽章が輝く。
緑髪ばかりの人垣が、黒髪に白いものが混じるアナウンサーに視線を注ぐ。
「私は【霊性の鳩】学派の術しか使えません。それより、他局の設備を借りてでも、クーデターと戦闘の発生をみなさんにお伝えして、少しでも、命を守る行動を取っていただきたかったのです」
……普通に考えたら、徽章なしの人が、武装を整えて本気で殺しに掛かってる魔法戦士に勝てるワケないって、わかりそうなもんだけどな。
力なき民のレノには、この村の湖の民が何故そんなことを言うか、わからない。魔法使いしか居ない村だからこそ、学派の特性や、戦闘の向き不向きがわかりそうなものだ。
「職場放棄して逃げ回ってるんですね」
「これだからクレーヴェルの陸の民は」
不穏な声に少年兵モーフが拳を握り、ソルニャーク隊長がその肩を掴んだ。
国営放送の看板アナウンサーは毅然として顔を上げ、数十人の緑の瞳を順に見返して答えた。
「報道人の使命は、局に帰属し、組織の為に命を捨てることではありません」
「じゃあ、何だって言うんです?」
「同僚を見捨てて逃げるなんて、見損ないましたけど」
「ジョールチさんがそんな人だったなんて」
「ねぇ」
女性たちの物言いも辛辣だ。
「報道人の使命は、事実を曲げずに伝えること。そして、その情報で、一人でも多くの命と暮らしを守ることです」
「それなら、クレーヴェルに留まって、安全な逃げ道とか教えた方がよかったんじゃないんですか?」
シェラタン当主不在の村で暮らす者の声が、レノの胸を刺す。
あの時、ジョールチたちの臨時放送を聞いて、首都脱出の決断をした。だが、結果として、星の標による爆弾テロに巻き込まれ、ティスとレノ、パドールリクは重傷を負った。
レノとパドールリクの骨折は、その日の内に薬師アウェッラーナが癒してくれたが、ティスの足首は、王都ラクリマリスの施療院に入院しなければ治せなかった。
レノは妹の肩を抱き寄せ、震える手を握って落ち着かせる。
金髪のDJレーフが一歩前に出た。
「そんなコトを放送したら、その道がテロの標的にされてしまいます」
「テロ? 解放軍がそんな卑怯な真似するもんか」
「おいおい、あン時、首都にゃ星の標の連中が紛れ込んでたんだが、知らねぇのか?」
緑髪の葬儀屋アゴーニが、呆れた声で同族の村人たちを見回す。
湖の民が三人同行するお陰で、村には入れてもらえたが、これでは放送どころではない。
……この人たちは要らないって言ってるし、さっさと見切りをつけて出てった方がよさそうだけどな。
物販をしたところで、何も買わないだろう。
レノは一刻も早く、地主であるシェラタン当主が不在のこの村を出たかった。
国営放送のイベントトラックにはメドヴェージ、FMクレーヴェルのワゴン車にはパドールリクが、ハンドルを握って待機する。
「じゃあ、隠れキルクルス教徒狩りの噂は本当だったのか」
「わ、私たち、その爆弾テロで……」
言い掛けたティスが、くしゃりと顔をゆがませた。
レノは妹の手を強く握り、村人の視線から庇うように抱きしめた。何か言えば、自分まで泣いてしまいそうで、声が出ない。
「クレーヴェルを出ようとした時、星の標の爆弾テロに巻き込まれて、私のお父さんと友達が大怪我して、死にそうな目に遭ったの」
自身も鼓膜を損傷したアマナが、表情のない声で言い、クルィーロが妹を抱き寄せた。
「どうやって星の標の仕業だってわかったんだ?」
「ラジオで知ったんですけど、外国にある星の標の本部が犯行声明を出してたんです」
レノたちが遭ったテロの少し前の犯行だが、同じ手口だから同じ組織だろう。
DJレーフの答えで、緑髪の村人に囁きが広がる。
「成程、それでサル・ウル様とサル・ガズ様が」
「あんたらの中に隠れキルクルス教徒が居ないって保証は?」
「ジョールチさんも騙されてるかもしれんだろ?」
少年兵モーフは今にも飛び掛かりそうな形相だが、部下の肩を押えるソルニャーク隊長は冷静に村人を観察する。
……星の標は居ないけど。
星の道義勇軍も、キルクルス教系テロ組織だ。【明かし水鏡】や【鵠しき燭台】を使われたら、言い逃れできない。
……イヤなら素通りさせてくれればいいのに。
島守の一家が治める村で、当主の村はクーデター後、首都クレーヴェルを脱出した都民による野菜泥棒の被害に遭ったせいで、陸の民を快く思わない者が多いと警告された。
「ここを出て、どこへ行く気?」
「クレーヴェルです」
老婆の問いにジョールチが即答した。
「逃げ出したのに戻るのかい? ここに居れば安全なのに?」
「居させてくれるんですか?」
ピナが硬い表情で聞くと、老婆は首を横に振った。
「あんたら陸の民は無理だよ。何せ、食べ物が違うんだから」
「私たちは、首都へ身内を捜しに行くんです」
薬師アウェッラーナが言うと、兄の老漁師アビエースも頷いた。
「でも、あんたたちだって、一回は身内を捨てて首都を出た身だろ?」
「違います」
「どう違うんだい? 自分だけ逃げた癖に」
「私たちはゼルノー市民で、知り合いから、空襲の時に他の場所で働いていた家族が、船で避難したって教えてもらって」
「あんた、自分を見捨てて逃げた身内に会ってどうするんだい?」
「あー、ハイハイ、そこまで」
よく通る女性の声で、場が水を打ったように静まり返った。
☆国営放送の本局も、クーデターの戦闘に巻き込まれました……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照
☆他局の設備を借りてでも……「600.放送局の占拠」「661.伝えたいこと」~「663.ない智恵絞る」「690.報道人の使命」参照
☆ジョールチたちの臨時放送を聞いて、首都脱出の決断……「708.臨時ニュース」「709.脱出を決める」参照
☆星の標による爆弾テロに巻き込まれ……「710.西地区の轟音」~「720.一段落の安堵」参照
☆レノとパドールリクの骨折は、その日の内に薬師アウェッラーナが癒してくれた
レノ……「720.一段落の安堵」参照
パドールリク……「714.雑貨屋の地下」「715.テロの被害者」参照
☆ティスの足首……「713.半狂乱の薬師」参照
☆王都ラクリマリスの施療院に入院……「735.王都の施療院」「736.治療の始まり」参照
☆鼓膜を損傷したアマナ……「725.アマナの怪我」参照
☆ラジオで知ったんですけど、外国にある星の標の本部が犯行声明……「708.臨時ニュース」参照
☆知り合いから(中略)教えてもらって……「698.手掛かりの人」参照




