1737.感謝を捧げる
小柄な店長が、頬肉をたぷつかせて首を横に振り、魔獣駆除業者二人にきっぱり言う。
「後始末まできちんとしていただきましたし、それでは私の気が済みません。お食事がまだでしたら、当店自慢のお惣菜などいかがでしょう?」
店長に反対する声は上がらなかった。
……店長さん、太っ腹だなぁ。
ロークは、マコデス人の魔法使いたちがどうするか窺った。
赤毛の業者が、先輩格の業者を見る。
「食費も込みの契約ですよ」
「では、こうしましょう。当店から雇い主さんにお惣菜をお渡しして、雇い主さんから駆除屋さんへ」
「恐れ入ります。お言葉に甘えさせていただきます」
雇い主の中年男性が丁重に受けると、居合わせた者たちから再び拍手が起きた。
キルクルス教徒たちの目に魔法使いを蔑む色はない。仕事だから当然だと言う顔をする者も、ロークから見える範囲には居なかった。
店長のあたたかな笑顔で、魔獣の出現で受けた衝撃が、終わったこととして薄れてゆく。
レジ籠を渡され、惣菜売り場に案内された。
「何がお好きですか? アレルギーで食べられない物などございませんか?」
店長に聞かれたが、二人とも食物アレルギーはないと言う。
年配の魔獣駆除業者が付け加えた。
「好き嫌いも、特にこれと言ってありません」
「豆のスープとか好きですけど、汁物を持ち歩くのはちょっと」
赤毛の業者が言うと、店長は活き活きと汁気の少ない豆料理を薦めた。
ロークとクラウストラは、少し離れた棚で買物をする。
同志アニモシタスが住むサリクス市は、地方の小都市で、これと言った観光資源がなく、小規模なビジネスホテルが数軒あるだけだ。それも、通信途絶のせいで、出張が増えた者たちで埋まる。
彼女は自家用車で、首都ルフスのホテルに避難した。
食事は出るだろうが、念の為、保存食の類と飴など日持ちする菓子を買う。
クラウストラが、アミトスチグマ王国から持って来た鎮花茶や女性の必需品、ここしばらくの古新聞、暇潰しになる物などと一緒に渡す。
魔獣駆除業者は、客と従業員からあれこれ話し掛けられる。
多くは感謝の言葉を一言掛けて離れるが、中には熱心に土魚の倒し方を聞く者も居た。魔法使いが説明を始めると、あっという間に人集りができ、雇い主父子も、彼らがどうやって駆除したか、目撃談を語る。
ここの支払いを持つと申し出る者も、一人や二人ではなく、自分が買った物を差し出す者も居た。どちらも若者が多い。
「なんだか凄い人気ねぇ」
「うん」
ロークとクラウストラは、物価と品揃えの調査を兼ね、店内をゆっくり回る。
野菜の品揃えは可もなく不可もなくだが、食肉類は、生鮮も加工食品も品薄だ。卵は棚に「入荷未定」の貼紙がある。
肉の缶詰は、どれも輸入品だ。ディケアなど、湖東地方のキルクルス教国で製造された品が多く、少数ながらバルバツム連邦製もある。
なんのかんので、六人が店を出たのは、ほぼ同時だった。
「スゴいですね」
「持ち切れないから、かなり断ったんだけどね」
クラウストラが無邪気に言うと、雇い主の男性は苦笑した。四人とも、今にもはち切れそうな買物袋を両手に提げる。
スーパーマーケットの前には、何事もなかったかのように行列ができた。出て来た客たちが興奮気味に魔獣の襲撃を語り、薄青く色付いた【真水の壁】を指差す。
赤毛の魔獣駆除業者が警備員に駆け寄り、申し訳なさそうに説明した。
「それ、何もしなくても明日の朝には消えます。お邪魔でしたら、棒で叩いて消して下さい」
「消すだなんてとんでもない! お陰で命拾いしました」
警備員が何度も礼を言い、後から来た客たちの視線が集まる。
赤毛の青年は照れ臭そうに笑って戻った。
「多過ぎるんで、一旦ホテルに置いて、父の分だけ持って出直しましょう」
「祖父ちゃん、おなか空いてるだろうけど、これじゃムリだもんなぁ」
雇い主が言うと、中学生の息子も同意した。魔獣駆除業者も異論なさそうだ。
「時間的に……昼ごはん食べてから行った方がいいな」
父親が影の長さを見て眉を寄せた。
「どこですか? 私たち、ルフス天星ホテルに行くとこなんですけど」
「避難してるおばさんに差し入れ持ってくんです」
「俺たちと一緒だ!」
少年が目を輝かせ、父親が苦笑した。
「ウチは遅かったから、駐車場のテントだけどね」
「えぇー……大変。でも、無事に助けてもらえてよかったですね」
クラウストラが屈託のない笑顔を向けると、少年はほんのり頬を染めた。
道中、土魚に遭遇することもなく、当たり障りのない世間話で情報を引き出しながら歩いた。
彼らとはホテルの前で別れ、ロークとクラウストラはフロントに向かう。内線で呼んでもらったところ、アニモシタスに「部屋へ来て欲しい」と言われた。
同志アニモシタスが取ったのは、標準的なシングルルームだ。
久し振りに知り合いと会えて嬉しいらしく、笑顔で二人を迎えた。
「わざわざ有難う」
「いえいえ、いつもお世話になってますから」
買物袋と最近一週間の星光新聞ラニスタ版などをベッドの上に置く。
「私は報告をまとめるんで、その間、ロークさんとお話どうぞ」
クラウストラは柱にもたれて、タブレット端末をつつき始めた。
「これ、暇潰しにクラウストラさんが選んでくれたんですけど、どっちがいいですか?」
ロークは荷物の中から、赤と黄色の巾着袋をひとつずつ出した。
「赤いのは、魔法の刺繍セット、黄色いのは普通のです」
アニモシタスが息を呑み、赤い袋に視線が吸い寄せられる。何度も深呼吸して息を整えて聞いた。
「どんな魔法なの?」
「魔物や雑妖から身を守る【魔除け】です」
巾着袋から説明書を出し、書き物机に広げた。司祭の衣と祭衣裳の写真をA4判で印刷したものもある。
「魔力を蓄積する特殊な糸と布で、縫うのは誰でもできるけど、できてから【編む葦切】学派の人に呪文を唱えてもらわないと、魔法の効果が発動しません」
「この写真は?」
「同じ刺繍があるんで、もし、誰かにみつかったら、これを真似したって言って誤魔化して下さい」
「これが、前に教えてもらった聖典の魔法なのね」
アニモシタスが写真を手に取り、目を瞠る。
「仲間に一人、自分が力ある民だってわかったキルクルス教徒が居ます。その人は元々お針子さんだから、今は服にこう言うの刺繍して、【編む葦切】学派の修行してるんです」
「そうなの……」
アニモシタスは、図案を書き写した布を広げて頷いた。
クラウストラが端末から顔を上げる。
「頃合いを見て、アニモシタスさんちに防護の術を施して、敷地に侵入した土魚を始末します」
「いつ頃になりそう?」
「施工できる仲間の都合がついたらすぐ……遅くとも来月中には何とかします。終わったら、また来ますね」
「よろしくお願いしますって伝えてちょうだいね」
アニモシタスは、避難から今日までの退屈な日々を簡潔に語り、ロークは今日の出来事と、スーパーで見た物価を話す。
結局、暇潰しの袋は両方渡して帰った。




