0178.やさしき降雨
天気予報のBGMと同じ旋律が先程よりゆっくりと流れる。
前奏に続いて、同じ歌手の声が、力ある言葉で歌い始めた。
……えーっと……精霊……? 風……雲、動かし……雨?
不勉強なクルィーロには、辛うじて幾つか単語を拾えただけだ。繋ぎ合せると、これも気象について謳うように思えた。
わかりそうでいて、わからないのがもどかしく、真面目に勉強すればよかったと何度目かわからない後悔を繰り返す。
天気予報の歌「この大空をみつめて」は、同じ旋律を繰り返し、歌詞が二番まである。
力ある言葉による歌唱は、その一番の長さで終わった。
みんなが呆然とする中、再びフルートが同じ旋律を奏で始める。
今度は、楽器で主旋律をなぞって終わった。
ざわついた心が落ち着き、顔を見合わせる。
口を開こうとしたところにクラリネットの音色が流れた。
天気予報のBGMではない。
湖面を渡る風のような旋律にヴァイオリンの澄んだ伴奏が加わり、流れるようなさりげなさで主旋律がフルートに交代する。
再びクラリネットも主旋律に参加し、力強い打楽器が曲を最高潮に導き、長い余韻を残して終わった。
何も言えずにいると、また、クラリネットが始まった。
先程の知らない曲だ。
今度は最初から最後までクラリネットだけで通したアレンジだ。
数秒の間があって、フルートとヴァイオリンでも同様に奏でる。
レコードが回転を止めた。針が上がり、停止位置に戻る。
スピーカーが沈黙し、発電機の駆動音だけが低く響いても、誰も動けなかった。
「……呪歌」
最初に口を開いたのは、湖の民の薬師アウェッラーナだった。
「呪歌?」
ソルニャーク隊長が顔を顰めた。緑髪の薬師は小さく頷いて答える。
「歌詞……いえ、呪文の内容は雨乞いでした」
一斉に空を見上げる。
「録音には魔力を乗せられませんから、大丈夫ですよ」
湖の民が明るい声で説明すると、キルクルス教徒の星の道義勇兵は、無言で頷き返した。
アマナが荷台によじ登り、クルィーロに駆け寄る。兄を見上げる瞳がキラキラ輝いた。
「お兄ちゃん、今の、魔法のお歌?」
「えーっと……」
クルィーロは小部屋に入り、ジャケットを手に取った。
歌詞は湖南語の「この大空をみつめて」だけだ。
隅に小さく収録曲の一覧が載る。
A面
この大空をみつめて 合奏
この大空をみつめて ピアノ
この大空をみつめて フルート
この大空をみつめて ギター
この大空をみつめて ハーモニカ
B面
この大空をみつめて
【飛翔する燕】学派【やさしき降雨】
【飛翔する燕】学派【やさしき降雨】フルート
すべて ひとしい ひとつの花 合奏
すべて ひとしい ひとつの花 クラリネット
すべて ひとしい ひとつの花 フルート
すべて ひとしい ひとつの花 ヴァイオリン
演奏:ラキュス・ラクリマリス交響楽団
作詞:ラキュス・ラクリマリス放送協会
編曲:ラキュス・ラクリマリス放送協会
歌唱:ニプトラ・ネウマエ
作曲者の名はない。「この大空をみつめて」が呪歌【やさしき降雨】のアレンジなら当然だ。
呪文は、その学派の者なら当然の知識だからか、記載すらない。
「すべて ひとしい ひとつの花」は曲名と楽器以外の情報がなかった。
……これも何かの呪歌だから、省略されたのかな?
そんなことを思いながら、妹に笑顔を向け、頷いてみせた。
「うん。そうだな。【飛翔する燕】学派の呪歌【やさしき降雨】って書いてる」
「もう一回聴きたーい」
アマナのこんな嬉しそうな顔は久し振りだ。だが、金の髪をやさしく撫でて言い聞かせる。
「発電機つけたままだとトラック動かせないから、明日のお昼ごはんの時にしよう、なっ」
妹の顔がみるみる曇り、口がきゅっと引き結ばれた。クルィーロの掌の下で頭が小さく動く。
我儘を飲み込んでくれた妹の頭をもう一度撫で、クルィーロは発電機を止めた。
「曲はみんな知ってるし、みんなで歌えばいいじゃない」
エランティスの一言で、アマナは元気を取り戻した。荷台から勢いよく飛び下りて友達と並ぶ。
図書館に置いた荷物を回収し、すぐに出発した。
☆不勉強なクルィーロ……「0029.妹の救出作戦」参照
☆呪歌……「0033.術による癒し」「0140.歌と舞の魔法」「0169.得られる知識」参照




