1726.作戦前の共有
魔装兵ルベルは、久し振りにランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに宿を取った。勿論、上官のラズートチク少尉も一緒だ。
民間の魔獣駆除業者のフリで、【飛翔する蜂角鷹】学派の徽章を服の上に出す。
顔は【化粧】の首飾りで変え、今回の任務中は、気弱そうなこの姿で通す。魔獣駆除業者としては頼りなげな風貌だが、元の顔よりとっつきやすそうに思え、内心は複雑だ。
アーテル共和国領内は、ラズートチク少尉と工兵四人、魔装兵ルベルと魔哮砲から成る特命部隊の働きで、昨秋から通信途絶が続く。
一部地域の国内通話と、インターネット接続は、衛星移動体通信システムの導入によって細々と回復したが、大半の地域では、電話もインターネットも使えない。
僅かに繋がる公衆電話には連日、長蛇の列ができた。
報道機関による情報伝達も、ネモラリス共和国よりややマシな程度にまで落ち込んだ。
魔装兵ルベルの入院中も、工兵隊の四人は、アーテル領付近の水域で威嚇爆破を継続し、何カ所も破断した湖底ケーブルの修復作業は、計画すら立てられない。
スークス通信衛星アンテナ基地も、部品の調達が難航し、復旧には数年を要する見込みだ。
だが、電力の供給網は早期に復旧し、例の作戦から半年経過した現在、アーテル全土で問題なく使える。
「情報収集に行く。引き続き、情報の整理をしておくように」
「了解」
ラズートチク少尉は、一人で宿の部屋を出た。
部屋に取り残され、まだルベル一人では、外出させてもらえない。状況自体は、陸軍病院での入院と大差ないが、気分的な自由が全く違う。
ルベルは安宿の寝台に腰掛け、タブレット端末を起動した。
ラズートチク少尉がラニスタ共和国領に侵入し、インターネットで各国政府や企業のサイト、ニュース、SNSなどから集めた情報が、ルベルの端末にも複写してある。
ラニスタの一般人から、アーテル人の家庭学習を支援する動きが出た。
共通語などの紙の参考書をラニスタで印刷し、費用はラニスタ人が寄付で賄うらしい。その計画が共通語訳され、世界中のキルクルス教徒からも、多額のカネが集まった。
……国連を抜けて、いきなり戦争吹っ掛けて、無差別大量虐殺しただけじゃなくて、建国当初から星の標を容認するテロ支援国家で……一言で言ったら「ならずもの国家」なのにな。
アーテル共和国は、ラキュス湖から遠く離れた共通語圏のキルクルス教徒の目にどう映るのか。ネモラリス人の魔装兵ルベルには、理解も想像もできなかった。
ルベルが検査で再入院した数日間にも、ラズートチク少尉と駐在武官は、ラニスタ領内で情報収集を行った。駐在武官が、アルトン・ガザ大陸の派遣先ルニフェラ共和国から呼び戻されたのは二度目だ。
キルクルス教原理主義を標榜する星の標は、複数の国から国際テロ組織に指定されるが、ラニスタ共和国に本部を置き、アーテル共和国でも堂々と活動する。
ネモラリス共和国は、星の標による爆弾テロで多くの犠牲者が出た。
レーチカ臨時政府は勿論、ネミュス解放軍のクーデター政権でさえ、星の標対策に多数の人員を投入する。
クレーヴェルに潜入した密偵の情報によると、解放軍は非人道的とも言える規模と手段で、隠れキルクルス教徒を捕縛した。
その後しばらくして、国内各地で散発した爆弾テロが発生しなくなったところを見ると、対策は成功だったらしい。
駐在武官は、ラニスタ軍に小規模ながら、魔装兵の部隊が存在するとの情報を掴んで、ルニフェラ共和国へ戻った。
ルベルには、そんな高度な潜入調査や情報収集ができない。
魔哮砲を取り上げられたまま、再びアーテル領に投入された理由は、多少なりとも土地勘があるからだろう。
ルベルの使い魔はまだ、ネーニア島北西部のガルデーニヤ市に居る。
遠く引き離されても、隣に居るかのように魔法生物の存在を感じる。
再入院した際の「検査」とやらは、実験のようなものだった。
シクールス陸軍将補から、ルベルと魔哮砲の接続状況について説明され、使い魔と自己の間に壁を作るよう命じられたが、どうすれば壁ができるのか、具体的な説明はなかった。
タブレット端末の小さな画面を太い指でつつき、新たな情報を確認する。
作戦前に情報共有しなければ、どこをどう調査すればいいかわからない。
また、同じ情報を別の視点から確認することで、見落としを防ぐ目的もある。素人同然のルベルの目が、何の役に立つか不明だが、軍人として、与えられた命令を粛々とこなす。
ラズートチク少尉たちは、ラニスタ共和国で星の標本部の動きを掴んできた。時期は不明だが、近く、アーテル本土で大量に発生した土魚退治に手を貸す予定があるらしい。
武器の調達や資金援助に留まるのか、実動部隊を派遣するのか。現時点では詳細は不明だ。
……多分、これの調査で、アーテルの星の標を探るんだろうな。
インターネットが使えない今、報道発表や実際の行動を地道に追うしかない。
昼少し前、ラズートチク少尉が戻った。
「確認しておこう。今回、我々の身分は何だ?」
「マコデス共和国から来た魔獣駆除業者です」
「身分証は持ったか?」
業者用の作業服には、呪符などを入れるポケットが多数ある。
懐から、今回の顔に合わせて作った偽造の魔獣駆除免許を取り出し、仮の呼称を確認する。
「じゃ、昼メシにするぞ、エポプス」
「はい。ヴォールク先輩」
二人は、魔獣駆除業者が集まる地下街の定食屋へ向かった。
☆特命部隊の働き……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」参照
☆昨秋から通信途絶……「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」
☆公衆電話には連日、長蛇の列……「1519.学習機会喪失」~「1523.庁舎前の惨事」「1634.入院中の事件」~「1637.気になる隣国」参照
☆アーテル領付近の水域で威嚇爆破……「1240.基地局の種類」参照
☆湖底ケーブルの修復作業は、計画すら立てられない……「1261.対クレーマー」参照
☆アーテルの子供の学習支援をする動き……「1682.参考書の寄付」「1687.連鎖する支援」参照
☆国連を抜け……「0168.図書館で勉強」「0249.動かない国連」「0259.古新聞の情報」「326.生贄の慰霊祭」参照
☆いきなり戦争吹っ掛け……「0078.ラジオの報道」参照
☆無差別大量虐殺……「839.眠れる使い魔」「864.隠された勝利」「1305.支援への礼状」参照
☆建国当初から星の標を容認……「811.教団と星の標」「812.SNSの反響」「1409.テロに屈さず」参照
☆テロ支援国家……「687.都の疑心暗鬼」「0993.会話を組込む」「1007.大聖堂の司祭」「1278.違う種類の闇」参照
☆ルベルが検査で再入院した数日間……「1709.復帰後初任務」~「1711.接続を調べる」参照
※ ルニフェラ共和国から呼び戻されたのは二度目
一回目……「1633.代理の報告書」~「1637.気になる隣国」参照
☆解放軍は非人道的とも言える規模と手段で、隠れキルクルス教徒を捕縛……「1624.首都の異教徒」~「1627.生存の罪悪感」参照
☆アーテル本土で大量に発生した土魚……「1699.土魚群を召喚」~「1703.選挙戦の延長」参照




