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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第九章 行く

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0177.レコード試聴

 発電機は、何の問題もなく起動した。低く安定した駆動音が唸る。

 「アウェッラーナさーん! もう大丈夫でーす! 有難うございましたー!」

 クルィーロは、図書館の玄関に向かって手を振った。


 湖の民が手を振り返し、力ある言葉で水に命じる。トラックを囲む水の膜がゆるりと宙を漂い、術者の手元に戻った。

 固唾を飲んで待つ八人が、湖の民の薬師(くすし)に声を掛けられ、おっかなびっくり図書館から出て来た。



 「モーフ君、レコード持って、ちょっと来て」

 クルィーロは少年兵を呼んで荷台に上った。

 運転席の後ろの部屋に入って発電機の出力を確認する。制御パネルで緑ランプが力強く輝く。


 レコード再生機の電源を入れる。こちらも問題ない。

 手でそっと針を持ち上げ、再生ボタンを押した。空のターンテーブルが、するりと回転を始める。一定の速度で回るのを確認して、停止させた。


 トラックの荷台が揺れ、軽い足音が近付いて止まる。

 小部屋から顔を出すと、モーフがレコードを大事に抱え、不安げに見上げた。


 「こいつもちゃんと動くよ。ちょっとそれ貸して」

 クルィーロが戸口から手を伸ばす。

 少年兵は動かない。


 荷台の後部が大きく沈み、足音がドカドカ響いた。

 二人が同時に振り向く。運転手のメドヴェージだ。

 「おうっ、坊主。何ぼさっと突っ立ってんだ?」

 「……」

 「兄ちゃん、どうだ?」

 返事をしない少年兵にそれ以上構わず、クルィーロに聞く。


 「まぁ、最近まで使ってたものですから、問題ありませんでしたよ」

 「そうか。坊主、レコード聴けるってよ」

 メドヴェージが、少年兵の肩をポンと叩いた。

 モーフは、メドヴェージを上目遣いに見るだけで何も言わない。


 「ん? どうした、坊主。天気予報の歌、聴きたくねぇのか?」

 少年兵モーフは首を横に振り、クルィーロを見た。

 「発電機も再生機も、ちゃんと動くから大丈夫だよ」

 「……レコード、なくなったりしねぇか?」

 「なくなる?」

 少年兵モーフの問いにメドヴェージが首を傾げた。


 クルィーロはピンと来て、笑って答える。

 「レコードは使い捨てじゃないよ。まぁ何万回も聴いたらすり減るけど、ちょっとくらい大丈夫だ」

 そう言われてやっと、少年兵はレコードを差し出した。



 クルィーロは慣れた手つきでジャケットから引き出し、薄い保護袋を取った。

 そっとターンテーブルに乗せ、再生ボタンを押す。

 回転を始めたレコードに、ゆっくりと針が落ちた。


 ダイヤの針が、盤面に刻まれた音を拾い上げる。

 小部屋の外から耳に馴染んだメロディが流れた。


 クルィーロはツマミを回し、発電機の駆動音に負けないよう、音量を上げる。

 聴き慣れたインストゥルメンタルが、荷台の隅のスピーカーを震わせる。

 荷台にこもった音が反響し、開け放たれた扉から廃墟の街へ出て行った。


 クルィーロが小部屋から出ると、他の面々もトラックの後ろに集まっていた。


 次に流れたのは、同じ曲のピアノ版。その次はフルート、ギター……と、単一楽器によるアレンジヴァージョンが次々と流れた。

 よく知る曲の初めての姿に触れ、寒さも忘れて聴き入る。

 弦の余韻が消えても、魔法に掛けられたようにその場に立ち尽くした。



 「歌……ねぇのか」

 少年兵モーフがポツリと呟いた。


 クルィーロは笑って答えながら奥の小部屋に戻る。

 「A面は、インストゥルメンタルだけなんだな。今、裏返すから待ってろよ」

 「裏返す?」

 「レコードは、表と裏、両方に音を記録できるんだ」

 言いながら、クルィーロは再生機の蓋を開けた。


 停止したレコードを取り外し、盤面に触れないよう、(ふち)に両手を添えてひっくり返す。B面をセットし、再生ボタンを押した。停止位置に戻った針が持ち上がり、ゆるゆると回転を始めたレコードの上に落ちる。


 クルィーロは、再び音を奏で始めたのを見届けて、アクリル製の蓋を閉めた。いつもの楽器編成で前奏が始まり、女性の澄んだ声が歌を紡ぎ出す。



 降り注ぐ あなたの上に

 彼方から届く光が

 生けるもの (あまね)く照らす ()() 溢れる 命の力

 蒼穹(そうきゅう)映す 今を(したた)め この眼で大空調べて予報


 空 風渡り 月 青々と

 星 (ささや)けば 雲 流れ道


 おひさまの 新しい光

 昨日から今日に移ろう

 順々に 黄道(こうどう)(まわ)り 季節 渡って 一年(ひととせ)巡る

 大きな流れにこの身を(ゆだ)ね 大空みつめ天気を予報


 春 穏やかに 夏 輝いて

 秋 (きよ)らかに 冬 夢の中


 雨 傘の花 虹 橋架けて

 雪 深々と 霜 真直ぐに


 空 穏やかに 月 輝いて

 星 清らかに 雲 夢の中


 雨 傘の花 虹 橋架けて

 虹 七色に 空 晴れ渡る 



 誰もが身じろぎひとつせず、その澄んだ歌声に耳を傾ける。

 この地の日常語……湖南語で歌われた録音に魔力は乗せられない筈だが、魅了の術で囚われたように動けなかった。


 伸びやかな声が、軽快なリズムに乗せて詞の情景を(うた)い上げる。

 気象について(うた)う歌詞だが、何故か聴く者の心を打った。



 歌唱が終わり、伴奏の余韻も消える。

 誰からともなく溜め息が漏れた。



 数秒の沈黙の後、フルートの音色が、まだ肌寒い春の朝を震わせた。

☆トラックを囲んだ水の膜……「0171.発電機の点検」参照

☆天気予報の歌……「0115.昔の音の部屋」「0170.天気予報の歌」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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