1724.外国の電器屋
樫と秦皮の街路樹が、晴れ渡る朝の空に瑞々しい枝を差し伸べ、夏の都の白い街並に五月の新緑が映える。
道行く人の服装は、今日の空を思わせる爽やかな色合いが多かった。呪文や呪印の刺繍は、華やかな色彩の生地にも馴染み、青空と白壁の建物を背景に絵画のような調和を見せる。
薬師アウェッラーナたち四人も、決して薄汚い恰好ではない。だが、四人とも生地の色が濃淡の異なる土色で、アミトスチグマ王国の街ではみすぼらしく見えた。
「こっちみたいです」
クルィーロが、タブレット端末で地図を見て先導する。
薬師アウェッラーナと兄アビエース、アナウンサーのジョールチは、はぐれないよう、朝の中途半端な時間帯のまだ人が少ない道をついてゆく。
通勤通学の時間は過ぎたが、まだ大半の商店は、扉に準備中の札が掛かる。通りに点在する飲食店やパン屋だけが扉を開け、朝食を求める通行人を吸い寄せた。
角を曲がり、大きな商店街に入る。
タブレット端末屋や家電量販店など、新しい業種の店が、昔ながらの古い業種の店に混じる街区に着く頃には、他の店も営業中の札を出し始めた。
「あ、そこみたいですね」
兄アビエースが、液晶パネルの看板を出す店員をみつけた。制服姿の男性が、水を満たした白いポリタンクを支柱の脚に置いて、画面の表示を確認して引っ込む。
新商品入荷! バルバツム連邦製 32インチ薄型テレビ!
液晶パネルの看板には、商品名や現金価格と共に商品の写真や仕様の説明が現れる。数秒で別の商品に切替ってめまぐるしい。
「すぐみつかってよかったですね」
アビエースとアウェッラーナの兄妹は、安堵の笑みを向けたクルィーロに礼を言い、開店直後の家電量販店に足を踏み入れた。
開店直後の店内には四人の他に客の姿がない。
この店は、アウェッラーナが王都ラクリマリスで見た所より、品揃えが豊富だ。
兄アビエースとアナウンサーのジョールチは、入口で立ち竦み、整然と並ぶ機械の群を呆然と見回す。見たことのない機器の数々に圧倒されたらしい。
前回は、機械にも詳しいクラウストラが案内してくれたが、今回は四人ともネモラリス人だ。アウェッラーナの心配を他所にクルィーロが案内板の前に立つ。
「健康器具、二階で合ってました」
我に返った二人が慌てて追いつき、四人揃って階段を上がった。
二階も一階と同じ広さで、白壁に囲まれた部屋には、何をする物か想像もつかない品々で満ちる。公式サイトでは、売場が色分けしてあったが、実際の店内は、アミトスチグマ王国の伝統に則った純白だ。
天井から吊り下がった売場案内の札に目を凝らす。
クルィーロが目敏くみつけ、何だかよくわらかない機械の間を通って移動した。
この店は、ラクリマリスより健康器具売場が広い。
王都と同じ商品に加え、足の裏を揉み解す機械、座ると肩や背中を揉む椅子、電気で動く歯ブラシなど、魔法を使わず手動でできるものまであった。
「これとか、自分でできそうだけどな?」
クルィーロが、コードに繋がった歯ブラシに首を捻る。
「お年寄りなどは、一定の力で磨き続けるのが大変ですからね」
「えッ? あ、あぁ、そうなんですか」
いつの間に来たのか、制服姿の男性に声を掛けられ、クルィーロはしどろもどろに応じた。
「今日はこう言うのじゃなくて血圧計なんですけど」
「充電式で、素人でも使いやすいのが欲しいんです」
アウェラーナが追加する横で、ジョールチが「手で測るカンタン体脂肪計」なるものを手に取り、機体に貼り付けられた説明を熱心に黙読する。
兄アビエースが小さく手を上げた。
「使うのは、私なんですが、どうにも機械に疎くて」
「当店の血圧計は、ご年配の方々に人気の機種を取り揃えております。どれもご家庭用で、操作はとっても簡単ですよ」
店員が、白髪混じりの湖の民に笑顔を向け、四人を血圧計の見本機が並ぶ机に案内した。
王都で見たのと同じ機種もあるが、初めて目にするものもある。
「こちらが、当店一番人気の機種です。充電式で、コードが邪魔になりません。ここに腕を通すだけですので、まずは、お試し下さい」
兄アビエースは、おっかなびっくりパイプ椅子に座り、機体側面の図を見て神妙な顔で袖を捲った。
「肘まで機械に通して、ここのスイッチを押して、測定が終わるまでは手を動かさないで下さいね」
「は、はい……」
店員にやさしい声で言われ、兄アビエースが予防接種を受ける子供のような顔で頷く。クルィーロが「測定」と書かれた緑色のボタンを押すと、腕を通した部分が膨らみ、機体上部の液晶パネルに数値が表示された。
血圧と心拍数だ。
「ん? これは……字がちょっと小さいな」
「血圧は百八十三と百四十八、心拍数は百十六」
アウェッラーナが読み上げると、ジョールチがギョッとした顔で、緑髪の老人を見た。
……こんな悪かったなんて。
慣れない状況で緊張したにしても、やはり高い。
アウェッラーナは手帳にメモしながら歯を食いしばった。毎日一緒に居ながら、ここまで悪化するまで気付かなかった自分の迂闊さが悔しい。
測定を終えた血圧計が自動で縮み、圧迫を解除した。
「血圧は毎朝、起きてすぐ測るといいそうですよ」
店員が一言添えて、湖の民と陸の民が混在する四人を見回す。
クルィーロが機体をポンと叩いた。
「でも、これ、ちょっとおっきくないですか?」
腕を通す部分は、オーブントースターを斜めに切ったくらいの大きさだ。
アウェッラーナは、トラックの荷台に置いた様子を想像してみた。小麦粉の大袋など、しばらく使わない物は小型の【無尽袋】に片付けたが、それでもまだ物が多く、寝場所の確保に毎晩、四苦八苦する。
「こちらの機種は、コンパクトですよ」
店員が、ふたつ向こうの席から別の機種を持って来た。
薬師アウェッラーナがアガート病院で使った血圧計と同じ、上腕に巻いてマジックテープで留める方式だが、本体は目盛付きの水銀柱ではなく、A5判の辞書くらいの大きさの機械だ。
アウェラーナが兄の腕に巻き、クルィーロが嬉々としてスイッチを入れる。これも、自動で圧迫と測定が始まった。
先程より血圧が高い。
「でも、自分で自分の腕には、巻けないだろう」
「アウェッラーナさんがお留守の時は、俺、しますよ」
クルィーロが明るい声で言い、ジョールチも頷く。
兄は、覚悟を決めたような顔で店員に聞いた。
「これ、現金の値段しか書いてませんが、物々交換は……」
「専用のカウンターで承りますよ」
一軒目で、拍子抜けするくらいあっさり購入が決まった。
☆アウェラーナが王都ラクリマリスで見た所……「1678.電子式血圧計」「1679.治療方針の差」参照




