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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十三章 可変

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1724.外国の電器屋

 (カシ)秦皮(トネリコ)の街路樹が、晴れ渡る朝の空に瑞々しい枝を差し伸べ、夏の都の白い街並に五月の新緑が映える。


 道行く人の服装は、今日の空を思わせる爽やかな色合いが多かった。呪文や呪印の刺繍は、華やかな色彩の生地にも馴染み、青空と白壁の建物を背景に絵画のような調和を見せる。

 薬師(くすし)アウェッラーナたち四人も、決して薄汚い恰好ではない。だが、四人とも生地の色が濃淡の異なる土色で、アミトスチグマ王国の街ではみすぼらしく見えた。



 「こっちみたいです」

 クルィーロが、タブレット端末で地図を見て先導する。

 薬師アウェッラーナと兄アビエース、アナウンサーのジョールチは、はぐれないよう、朝の中途半端な時間帯のまだ人が少ない道をついてゆく。


 通勤通学の時間は過ぎたが、まだ大半の商店は、扉に準備中の札が掛かる。通りに点在する飲食店やパン屋だけが扉を開け、朝食を求める通行人を吸い寄せた。


 角を曲がり、大きな商店街に入る。

 タブレット端末屋や家電量販店など、新しい業種の店が、昔ながらの古い業種の店に混じる街区に着く頃には、他の店も営業中の札を出し始めた。

 「あ、そこみたいですね」

 兄アビエースが、液晶パネルの看板を出す店員をみつけた。制服姿の男性が、水を満たした白いポリタンクを支柱の脚に置いて、画面の表示を確認して引っ込む。



 新商品入荷! バルバツム連邦製 32インチ薄型テレビ!



 液晶パネルの看板には、商品名や現金価格と共に商品の写真や仕様の説明が現れる。数秒で別の商品に切替ってめまぐるしい。

 「すぐみつかってよかったですね」

 アビエースとアウェッラーナの兄妹は、安堵の笑みを向けたクルィーロに礼を言い、開店直後の家電量販店に足を踏み入れた。



 開店直後の店内には四人の他に客の姿がない。

 この店は、アウェッラーナが王都ラクリマリスで見た所より、品揃えが豊富だ。

 兄アビエースとアナウンサーのジョールチは、入口で立ち(すく)み、整然と並ぶ機械の群を呆然と見回す。見たことのない機器の数々に圧倒されたらしい。


 前回は、機械にも詳しいクラウストラが案内してくれたが、今回は四人ともネモラリス人だ。アウェッラーナの心配を他所にクルィーロが案内板の前に立つ。

 「健康器具、二階で合ってました」

 我に返った二人が慌てて追いつき、四人揃って階段を上がった。



 二階も一階と同じ広さで、白壁に囲まれた部屋には、何をする物か想像もつかない品々で満ちる。公式サイトでは、売場が色分けしてあったが、実際の店内は、アミトスチグマ王国の伝統に(のっと)った純白だ。

 天井から吊り下がった売場案内の札に目を凝らす。

 クルィーロが目敏くみつけ、何だかよくわらかない機械の間を通って移動した。


 この店は、ラクリマリスより健康器具売場が広い。

 王都と同じ商品に加え、足の裏を揉み(ほぐ)す機械、座ると肩や背中を揉む椅子、電気で動く歯ブラシなど、魔法を使わず手動でできるものまであった。

 「これとか、自分でできそうだけどな?」

 クルィーロが、コードに繋がった歯ブラシに首を捻る。


 「お年寄りなどは、一定の力で磨き続けるのが大変ですからね」

 「えッ? あ、あぁ、そうなんですか」

 いつの間に来たのか、制服姿の男性に声を掛けられ、クルィーロはしどろもどろに応じた。

 「今日はこう言うのじゃなくて血圧計なんですけど」

 「充電式で、素人でも使いやすいのが欲しいんです」

 アウェラーナが追加する横で、ジョールチが「手で測るカンタン体脂肪計」なるものを手に取り、機体に貼り付けられた説明を熱心に黙読する。


 兄アビエースが小さく手を上げた。

 「使うのは、私なんですが、どうにも機械に(うと)くて」

 「当店の血圧計は、ご年配の方々に人気の機種を取り揃えております。どれもご家庭用で、操作はとっても簡単ですよ」

 店員が、白髪混じりの湖の民に笑顔を向け、四人を血圧計の見本機が並ぶ机に案内した。


 王都で見たのと同じ機種もあるが、初めて目にするものもある。

 「こちらが、当店一番人気の機種です。充電式で、コードが邪魔になりません。ここに腕を通すだけですので、まずは、お試し下さい」

 兄アビエースは、おっかなびっくりパイプ椅子に座り、機体側面の図を見て神妙な顔で袖を(まく)った。

 「(ひじ)まで機械に通して、ここのスイッチを押して、測定が終わるまでは手を動かさないで下さいね」

 「は、はい……」


 店員にやさしい声で言われ、兄アビエースが予防接種を受ける子供のような顔で頷く。クルィーロが「測定」と書かれた緑色のボタンを押すと、腕を通した部分が膨らみ、機体上部の液晶パネルに数値が表示された。

 血圧と心拍数だ。

 「ん? これは……字がちょっと小さいな」

 「血圧は百八十三と百四十八、心拍数は百十六」

 アウェッラーナが読み上げると、ジョールチがギョッとした顔で、緑髪の老人を見た。


 ……こんな悪かったなんて。


 慣れない状況で緊張したにしても、やはり高い。

 アウェッラーナは手帳にメモしながら歯を食いしばった。毎日一緒に居ながら、ここまで悪化するまで気付かなかった自分の迂闊さが悔しい。

 測定を終えた血圧計が自動で縮み、圧迫を解除した。


 「血圧は毎朝、起きてすぐ測るといいそうですよ」

 店員が一言添えて、湖の民と陸の民が混在する四人を見回す。

 クルィーロが機体をポンと叩いた。

 「でも、これ、ちょっとおっきくないですか?」

 腕を通す部分は、オーブントースターを斜めに切ったくらいの大きさだ。


 アウェッラーナは、トラックの荷台に置いた様子を想像してみた。小麦粉の大袋など、しばらく使わない物は小型の【無尽袋】に片付けたが、それでもまだ物が多く、寝場所の確保に毎晩、四苦八苦する。


 「こちらの機種は、コンパクトですよ」

 店員が、ふたつ向こうの席から別の機種を持って来た。

 薬師(くすし)アウェッラーナがアガート病院で使った血圧計と同じ、上腕に巻いてマジックテープで留める方式だが、本体は目盛付きの水銀柱ではなく、A5判の辞書くらいの大きさの機械だ。

 アウェラーナが兄の腕に巻き、クルィーロが嬉々としてスイッチを入れる。これも、自動で圧迫と測定が始まった。

 先程より血圧が高い。


 「でも、自分で自分の腕には、巻けないだろう」

 「アウェッラーナさんがお留守の時は、俺、しますよ」

 クルィーロが明るい声で言い、ジョールチも頷く。

 兄は、覚悟を決めたような顔で店員に聞いた。

 「これ、現金の値段しか書いてませんが、物々交換は……」

 「専用のカウンターで承りますよ」


 一軒目で、拍子抜けするくらいあっさり購入が決まった。

☆アウェラーナが王都ラクリマリスで見た所……「1678.電子式血圧計」「1679.治療方針の差」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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