1723.機器を買いに
村へ納品する収穫籠は百個。この調子なら、数日後には終わりそうだ。
五月末には次の村へ行けるだろう。
薬師アウェラーナは、魔法薬作りに専念して欲しいと言われて、手伝えなかったが、目途が立ってホッとした。
お陰で、様々な種類と容量の降圧剤ができた。
いずれも魔法の丸薬だ。
丸薬ひとつが小さい為、量り売りの素材一単位から、最低容量のものは四百個余り、最大容量のものも七十個前後できた。種類と容量別で分けて蓋付きのプラケースに入れ、間違えないようラベルを貼る。
七種類の容量は三段階で、ケースは二十一個。
大きいケースに小さいケースを重ねてみたが、トラックの荷台で嵩張る圧迫感はあまり変わらなかった。
……でも、これ、処方箋がないと売れないから、放送の物販に出せないのよね。
兄アビエースにどの薬が合うか、血圧計を購入して、ひとつの薬につき十日から二週間程度、経過を観察して決める。
低用量から試すが、最初の薬が合えば、他はすべて余る。
素材にナマモノが多く、保存も兼ねてすべて劣化速度が遅い魔法薬にした。作る時は夢中だったが、完成品の山を見ると、邪魔な気がしてくるから不思議だ。
「血圧を測る機械、兄さんに見てもらって、どれにするか決めようと思うの」
「えぇッ? 俺は医学も機械も全然わからんぞ?」
案の定、兄は声を裏返らせた。
「素人向けの簡単な機械だから、兄さんの使い勝手がいいものの方がいいの」
「素人用の医療機器? そんなのあるんですか?」
工員クルィーロが、瞳を輝かせて食いついた。
夕飯後、明日の予定を話し合う席だ。
国営放送アナウンサーのジョールチが、レーチカ臨時政府による最新の公式発表をまとめた報告書をアミトスチグマ王国へ持って行くのは決まった。
「王都の電器屋さんで少し見せてもらったんですけど、店員さんがちょっと説明しただけで、お客さんはすぐ自分で使えるようになってましたよ」
「えッ? 実機に触らせてもらえるんですか?」
「えぇ。機械は王都より夏の都の方が色々ありそうなので、私たちも明日」
「行くのか?」
兄が渋い顔をする。
ソルニャーク隊長から教わって、アウェッラーナの兄も、収穫籠の本体を編む作業に加わった。漁師なので、羊の腸から作った糸で漁網を編んだ経験があり、基本さえわかれば、すぐ星の道義勇軍の三人と同じようにできる。
アウェッラーナの魔法薬作りを手伝う日もあったが、ここしばらくはずっと蔓草細工だ。
「そろそろ終わりそうだし、一日くらい抜けても大丈夫ですよね?」
アウェッラーナが、蔓草細工の責任者ソルニャーク隊長に聞くと、少年兵モーフが勢いよく応えた。
「大丈夫っス!」
「おめぇにゃ聞いてねぇだろ」
メドヴェージが苦笑する。モーフはバツが悪そうに横を向いたが、ソルニャーク隊長も頬を緩めた。
「私も、モーフと同じ意見ですよ」
「兄さん」
「まぁ、でも、全然わからんからなぁ」
煮え切らない兄にクルィーロが言う。
「俺も一緒に見ましょうか?」
「えぇッ? いいのかい?」
兄アビエースは恐縮したが、クルィーロはにっこり笑って頷いた。
「報告書のデータ、遣り取りするついでですし」
「お兄ちゃんが見たいだけじゃない」
「ウチの息子でお役に立てましたら、どうぞ遠慮なさらず」
アマナとパドールリクが笑いを含んだ声で言うと、兄も表情を緩め、明日のアミトスチグマ行きが決まった。
翌朝、アミトスチグマ領へ跳んですぐ、クルィーロがタブレット端末で、何やら調べ始めた。
「血圧計置いてる電器屋さん、先に見といた方が早いかなって」
「それって、そんな使い方もできるんですね」
「俺もまだまだ、ファーキル君みたいには使いこなせないんですけど……大体、こんな感じかな?」
アウェッラーナとジョールチが声を揃えて驚くと、クルィーロは曖昧に笑って画面をこちらへ向けた。
夏の都の地図に赤いピンの絵が何本も刺さる。クルィーロがピンの一本をつつくと、店名と所在地、営業時間などが表示された。
……そう言えば、夏の都の電器屋さん、場所は電話帳とかで調べられるけど、品揃えまではわからないわ。
公衆電話で問合せようにも、アミトスチグマ王国の小銭の持ち合せがない。手持ちの素材や【魔力の水晶】などで何か買って、現金でお釣りをもらうしかないが、朝食はさっき食べて来た。
まだ時間が早く、表示された電器屋も営業時間外だ。
ジョールチが報告する間、ゆっくり回ろうと思って来たが、予想以上に家電量販店は多かった。
「えーっと、こうかな?」
クルィーロが自信なさそうに店名をつつくと、表示が切り変わった。
兄アビエースが目を丸くする。
「これは?」
「お店のサイトですね。多分……あ、ここに何置いてるか載ってますよ」
クルィーロは、アウェッラーナが認識するより先に画面をつつき、くるりと表示を変えた。
二階建ての大きな店だ。アミトスチグマ王国の建物は、どれも外壁と内壁が純白だが、画面の売場案内は、色彩豊かに塗り分けてある。
「あ、この店、血圧計のコーナーありますね」
「私もご一緒してよろしいですか?」
三人は同時にジョールチを見た。
「先程の地図では、すぐ近くに【跳躍】許可地点がありましたから、マリャーナさんのお宅にお伺いするのは、お店からすぐですよ」
「ジョールチさんも、気になる症状が? 後で診ましょうか?」
薬師アウェッラーナが、心配になって聞くと、黒髪に白いものが混じるアナウンサーは苦笑した。
「健康面は、恐らく問題ないと思います。私も、この国の家電量販店を少し見学したいと思いまして」
「ジョールチさんさえよければ、私は構いませんよ」
アウェッラーナが言うと、兄とクルィーロも頷く。
四人は連れ立って、早朝の白い街並を端末の地図に従って歩いた。




