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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第九章 行く

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176/3498

0176.運び屋の忠告

 ファーキルは、湖の民の案内で地上に出た。

 商店街のような所で、どの店もそれなりに(にぎわ)う。


 「私たちは、おカネなんてなくても暮らしに困らないから、アーテル政府が放っておいてくれて却って助かるくらいよ」

 湖の民の女性は、道々ランテルナ自治区のことを教えてくれた。


 「役所は何もしてくれないから、何もかも自分たちで何とかしなくちゃいけないけどね」

 「ここの力なき民の人たちは、どうやって暮してるんですか?」

 ファーキルは、ネットで断片的な情報を得ていたが、質問した。

 「電気は自家発電で何とかして、まぁそこそこやっていけてるわ」

 「燃料とかは……?」

 「本土で買ってるわ」

 「へぇ……」

 「私たちも、力なき民と連絡取るのに端末を使うけど、なけりゃないで何とかなるし」

 「そう言うもんなんですか」



 小さな街で、すぐに外れの公園に着いた。

 小高い丘の公園で麓には、別の街がある。


 顔を上げると、ネーニア島がいつもより大きく見えた。

 島の南部は魔法文明国のラクリマリス王国だ。

 北部のネモラリス共和国領はクブルム山脈に遮られ、ここからは見えない。


 湖上に船影はなく、朝靄(あさもや)に北ヴィエートフィ大橋の北端が(かす)む。

 大橋の根元の公園には、戦車と軍の車輌が数台あるだけで、戦闘機の(たぐい)は見えなかった。


 「……【跳躍】の術はね、術者が知ってるとこにしか行けないの」

 何かの魔法でここに居るように現地を見られるなら別だが、すぐそこのネーニア島でも、熟知した場所がなければ移動できない。


 北の大橋を渡るしかないが、現在は封鎖中だ。

 キルクルス教徒のリストヴァー自治区と、力ある民のランテルナ自治区。住人が自主的に居住地を交換したくとも、できないのだ。


 ……魔法も案外、不便なとこあるんだな。


 湖の民の説明を聞きながら、ぼんやり思う。

 「私はいつも、力ある民を運んであげてるの」

 女性は、ネーニア島の西端を指差して続けた。

 「ラクリマリス領の西の端っこ。近くにネモラリス領へ抜ける隧道(トンネル)があるけど、北へ行くのはお(すす)めしないわ」



 現在、アーテルとネモラリスは戦争中だ。

 (ほとん)ど毎日のようにアーテル・ラニスタ連合軍が空爆を行う。


 見える範囲に空軍基地はない。以前、ネットの掲示板で読んだ仮説が的外れだったと思い知らされた。

 イグニカーンス市の基地を飛び立った戦闘機や爆撃機は、ランテルナ島の基地で待機などしないのだ。


 湖の民の運び屋は、ファーキルに顔を向けて言った。

 「島の岸辺は、パニセア・ユニ・フローラ様のご加護で少しマシだけど、内陸部は強い魔物が多いから、元々人が住む街や村はないの」

 「沿岸の道を通って街へ行くんですね。ありがとうございます」

 ファーキルは、運び屋の忠告に素直な気持ちで礼を言った。


 「坊やみたいな“力なき民”を向こうに渡すのはアレなんだけど……ホントに行くのね?」

 力ある民なら、自力で元居た場所に帰れる可能性がある。

 だが、力なき民のファーキルでは、どうにもできない。

 死地へ(おもむ)くに等しい決断をした少年は、それを曲げることなく、力強く(うなず)いてみせた。


 「……そう。何しに行くの?」

 「真実を知る為に行くんです」

 湖の民の運び屋は、口の中でその言葉を繰り返すと、小さく頷いて少年の肩を叩いた。


 「わかったわ」

 少年と手を繋ぎ、力ある言葉で呪文を唱える。


 「鵬程(ほうてい)を越え 此地(このち)から彼地(かのち)へ駆ける

  大逵(たいき)手繰(たぐ)り 折り重ね 一足(ひとあし)に跳ぶ この身を其処(そこ)に」


 軽い目眩(めまい)のような浮遊感に、思わず目を閉じる。

 ファーキルが一呼吸後に目を開けると、風景が一変した。



 足下は黒い岩。穏やかな波が荒削りな岩を洗い、ちゃぷちゃぷ音を立てる。

 顔を上げると、ラキュス湖がすぐ眼の前にあった。

 水平線の彼方には、見慣れない山塊が影絵のように見える。


 「ここは……?」

 「ラクリマリス領の西の端っこ。さっき言ったでしょ」

 手を繋いだままの湖の民は、にっこり微笑(ほほえ)んだ。顔の後ろには草原が広がる。

 アスファルトの道が冬枯れた草原を貫く。茶色の間からは、萌え出たばかりの小さな雑草や建物の名残が覗いた。


 ファーキルは首を巡らして四方を見た。

 アスファルトの道は、南はどこまで伸びるかわからない。北は、近くに見える黒い岩山まで続いた。

 岩山から少し東では、冬枯れの木々が枝を天に伸ばす。よく見ると、冬芽を破ったばかりの新芽が、枝先で僅かに緑を見せる。


 西は湖。見慣れない影絵は、魔物や魔獣が支配するラキュス湖西地方の山脈だ。

 東は、少し先にクブルム山脈から続く森林が覆う。平野の森林は常緑樹が多く鬱蒼と茂る。


 「この辺……昔は漁村と農村、ちょっとした街があったんだけど、半世紀の内乱で、今は見ての通りよ」

 この湖の民は当時の住民か、その親戚か友人知人で、当時を思い出として記憶に留めるらしい。かなりの年月を生きた長命人種(ちょうめいじんしゅ)なのだ。


 運び屋は、南を指差した。

 「今から歩けば、お昼過ぎには着くでしょう。あの手袋して、作用力のない『なんちゃって魔法使い』のフリするのよ」

 ファーキルは、ポケットからお釣としてもらった魔法の手袋を出し、毛糸の手袋と替えた。


 湖の民の運び屋は満足げに微笑むと、再び【跳躍】を唱えて姿を消した。

 礼を言う暇もない。



 ファーキルは、ポケットから家の鍵を出してラキュス湖に投げ捨てると、北へ歩きだした。


☆以前、ネットの掲示板で読んだ仮説……「0162.アーテルの子」参照

☆ネモラリス領へ抜ける隧道(トンネル)……ザカート隧道(トンネル)「0144.非番の一兵卒」参照

☆内陸部は強い魔物が多いから、元々人が住む街や村はない……「0035.隠れ一神教徒」「0156.復興の青写真」「0167.拓けた道の先」「0171.発電機の点検」参照

☆昔は漁村と農村、ちょっとした街があったんだけど、半世紀の内乱で今は何も残ってない……外伝「明けの明星」(https://ncode.syosetu.com/n2223fa/)参照

☆あの手袋……「0175.呪符屋の二人」参照

☆作用力のない『なんちゃって魔法使い』……「0060.水晶に注ぐ力」「0068.即席魔法使い」「0070.宵闇に一悶着」「0131.知らぬも同然」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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