1716.奥様方の噂話
「親戚の人がクレーヴェルで聞いて来た話、教えてもらっていいかな?」
パドールリクが編みかけの蔓を置いて、緑髪の中学生たちに向き直る。
兄弟なのか、よく似た二人は絡まった蔓をこねくり回しながら頷いた。
「おじさんが、マチャジーナの友達んちに羊毛と山羊皮を届けに行った時、その友達の奥さんから聞いたって話なんですけど」
「それは、いつ頃の話かな?」
「えーっと……放送局のトラックが来る少し前です」
「一カ月は経ってないけど、ちゃんとした日にちまではちょっと……」
パドールリクに聞かれ、二人は申し訳なさそうに俯いた。こねくり回す手の中で、蔓が一本するりと解けた。
アペルの弟は、蔓の葉を毟るのに余念がない。
「つい最近なんだね。そのおじさんは、マチャジーナにはよく行くのかな?」
パドールリクのやさしい声で、二人は顔を上げた。
今日、移動放送局プラエテルミッサの催し物用簡易テントに居るのは、レノたち三兄姉妹、パドールリクとアマナ父娘、運転手のメドヴェージと少年兵モーフ、葬儀屋アゴーニの八人だ。
クルィーロとDJレーフは早朝、ネミュス解放軍のカピヨー支部長に会う為、クリュークウァ市へ跳び、アナウンサーのジョールチとソルニャーク隊長は、レーチカ市へ臨時政府の公式発表を調べに行った。
薬師アウェッラーナと老漁師アビエースは、王都ラクリマリスで買出しだ。
クルィーロとレーフは日帰りだが、後の四人は向こうで一泊する。
しかも、今日の昼は森番の一家が鹿の焼き肉を分けてくれたので、昼食用に作ったスープが余った。
……急に暇ができたからって、慣れないコトするもんじゃないな。
レノは収穫籠の把手に革紐を巻きながら、パドールリクと旧直轄領に住む中学生の遣り取りに耳を傾ける。
「羊毛は毎年このくらいの時期に持ってくんです」
「山羊皮は時々。そんなしょっちゅうじゃないですね」
「そうなんだ。羊毛のお裾分け以外は、決まった日に行くワケじゃないんだね」
「はい。山羊を食べた後ですね」
「それも別に毎回ってワケじゃないみたいですし」
声もそっくりでどちらが話すかわからない。
「そのお友達の人、何屋さんかわかるかな?」
「さぁ? そこまではわかんないです」
「奥さんが手芸する人で、ウチも、お友達の奥さんが作った手袋とか、親戚に分けてもらったりしてます」
商売ではなく、単に作るのが趣味なのが意外だ。
レノたちは、開戦以来ずっと、作った物を売って生活費を賄って来た。
……お金持なのかな?
「で、その奥さんが趣味の集まりで聞いて来たって話が、ジョールチさんたちの役に立つかなって思うんですけど」
「今日は用があって出掛けてるけど、ちゃんと伝えるからね」
中学生二人は安心して話し始めた。
「クレーヴェルで偉い人たちが、新しい国用の法律を作ってるそうです」
「新しい法律?」
葬儀屋アゴーニが蔓草を編む手を止めた。
レノも、前に誰かから聞いたような気がする。
「おじさんは、どんな法律かも聞いたのかな?」
「神政に戻す法律らしいですけど、詳しいコトまでは聞いてません」
「あ、おじさん、呼んで来ましょうか?」
中学生二人が同時に三角コーンから立ち上がる。
「忙しそうなら、無理しなくていいからね」
「はーい!」
兄弟らしき二人は、蔓草を三角コーンに引っ掛けて駆けて行った。アペルの弟が蔓の葉を毟り終え、絡まった蔓草を解きにかかる。
「神政に戻す法律ねぇ」
ピナが溜め息混じりに言う。
妹たちも把手を編むが、レノのように蔓が絡んだりしない。髪の三ツ編で慣れたのだろう。
「でもよ、湖民の偉い人は、神政はしねぇってエンゼツしたんだろ?」
少年兵モーフが、収穫籠を編む手を止めて葬儀屋アゴーニを見る。
「俺ぁあの頃、寝る間もねぇくらい忙しくって、ラジオも演説も聞いてねぇけどよ。当主様と先代様ン逆らって、一体誰を玉座に据えようってんだ?」
「そう言えば、シェラタン様って今、どこで何してるの?」
ティスが大人たちを見回す。
報告書によると、シェラタン当主は、レノたちが北ヴィエートフィ大橋に閉じ込められた頃、アーテル軍の爆撃機を迎撃し、慰霊祭も執り行ったが、その後はずっと行方不明だ。
運び屋フィアールカや呪医セプテントリオーが「シェラタン当主は無事」との情報を得てから、もうかなり経つ。
「おうちには帰ってないみたいです」
アペルの弟が、絡んだ蔓と格闘しながら言う。
「お帰りになられたら、みんな大喜びであっという間に知れ渡ンだろうからな」
「クレーヴェルに居るなら、ネミュス解放軍はもっと積極的に湖の民へ働き掛けるでしょう」
緑髪のアゴーニが頷くと、金髪のパドールリクが言った。
ティスが太い蔓を編みながら聞く。
「じゃあ、レーチカに居たら?」
「臨時政府は、ネミュス解放軍にもっと強気に出るだろうね。シェラタン様がついてるから、正当な政府はこっちだって」
パドールリクが状況を整理すると、葬儀屋アゴーニが頷いた。
「どっちの陣営も、シェラタン様の身柄は押えちゃいねぇし、シェラタン様も、どっちかの肩持つようなこたぁ言ってねぇ」
「報告書には、ラクリマリスの大使館はクレーヴェルから引越してなくて、中の人もそのまま居るみたいなコト書いてあったよね?」
黙って作業していたアマナが言った。
大人たちが、ギョッとして金髪の少女を見る。
「アミトスチグマの大使館はレーチカに引越して、クレーヴェルに居ないっぽいけど。クレーヴェルの偉い人たちは、神政復古のやり方、ラクリマリスの人に教えてもらってるんじゃないかなって思うの」
「あッ……!」
ラクリマリス王国の支援があるから、臨時政府と政府軍は、首都クレーヴェルに大規模攻勢を掛けられなかったのかもしれない。
……俺が中学の頃は、本なんて教科書くらいしか読まなかったのに。アマナちゃん、スゴいな。
戦争のせいで学校にいけないが、ティスもアマナも年齢はとっくに中学生だ。
アマナは、レノが厚さを見ただけで読む気を失う報告書をきちんと読みこなし、分析までしたのだ。レノは自分が情けなくなってきた。
「だとしたら、シェラタン様抜きでってのも、入れ知恵してそうだな」
アゴーニが不安なことを口にした所へ、中学生二人が肩を落として戻った。
「いいよいいよ」
「情報収集は私たちがするから。ヒントをくれて有難う」
二人はアペルの弟から蔓を受取り、解いて帰った。
☆新しい国用の法律を作ってる/前に誰かから聞いた……「1540.欺かれた人々」「1541.競い合う双子」参照
☆レノたちが北ヴィエートフィ大橋に閉じ込められた頃……「300.大橋の守備隊」「301.橋の上の一日」「302.無人の橋頭堡」「303.ネットの圏外」「307.聖なる星の旗」「308.祈りの言葉を」参照
☆アーテル軍の爆撃機を迎撃……「309.生贄と無人機」参照
☆慰霊祭……「326.生贄の慰霊祭」参照
☆運び屋フィアールカや呪医セプテントリオーが「シェラタン当主は無事」との情報……「693.各勢力の情報」「874.湖水減少の害」参照
☆ラクリマリスの大使館/アミトスチグマの大使館……「693.各勢力の情報」参照




