1715.複雑な繋がり
少年兵モーフは、レノより小さい手で、太い蔓草をひょいひょい編む。彼の視線がすぐピナに向くのはどうかと思うが、今はそれどころではなかった。
収穫籠の把手用の三ツ編が絡んでしまった。
編み上がった部分はいいが、太い蔓の反対側の端が捻じれ、いつの間にかもつれたらしい。レノが気付いた時には、こんがらがってワケがわからない状態だった。
……ベーコンエピはもっと太くても編めるのに……長さかな?
いっそ切ろうかと思ったが、森番の子ザパースは鉈で伐り出して来る。レノたちが持つ鋏では切れそうもない太さと固さだ。
しかも、森には魔獣が居る。命懸けで採って来てくれた蔓をレノの失敗で無駄にしては、申し訳なかった。
かれこれ三十分は、指と同じ太さの蔓と格闘するが、一向に解ける気配がない。
終鈴が鳴り、緑髪を初夏の陽光にきらめかせた子供たちが校舎から飛び出す。
近隣の村の子は、元気な挨拶を残して、迎えに来た保護者の【跳躍】で帰る。
「さよーならー」
「お疲れ様でーす」
「何かお手伝いできるコト、ありませんか?」
この村の子が三人、移動放送局プラエテルミッサの催し物用簡易テントに入って来た。家へ帰らず寄り道するのは、大学生アペルの弟と中学生二人だ。
「パン屋さん、お困りですか?」
「ん? うん……絡まっちゃって……」
「ちょっと、やってみていいですか?」
「うん。有難う」
レノは恥を忍んで、知恵の輪状の蔓を中学生に渡した。
緑髪の中学生二人はテントの隅へ行き、規制用の三角コーンに腰掛けて、あぁでもないこうでもないとやり始めた。
アペルの弟は、いつものように未処理の蔓から葉を毟る。
丁度、葬儀屋アゴーニが把手を編み終えた。
「じゃ、これ頼むわ」
「了解」
レノは羊革の紐を巻く作業に取り掛かる。
この作業では、今のところ失敗がなかった。
……無理してややこしいコトになるより、できるコトした方がいいよな。
レノの本業はパン職人なのだ。
アゴーニはきっと、葬儀で使う花輪で慣れているのだろう。
「おじさん、はい」
「おっ、ありがとよ」
アペルの弟から笑顔で蔓を受取り、次の把手を編み始める。
「パン屋さんのお仕事ってどんなのですか?」
アペルの弟が蔓の葉を毟りながら聞く。レノだけでなく、ピナとティスも顔を向けた。
「この村は、みんな自分ちで焼くから、パンのお店ってどんなのかなって」
「パン焼くの、手伝ったコトある?」
「捏ねるとこだけ」
ティスが聞くと、緑髪の小学生は頷いた。
レノは、革を慎重に巻きながら聞く。
「おうちで毎日、家族の人数分だけ焼くの、大変だろう?」
「うん。雨の日とかはいいけど、畑が忙しい時は、いっぱい焼いて昨日の分、食べたりします」
「だろ? でも、お店で売ってるの買ったら、作る手間が省けて楽なんだ」
「そっか……あれっ? でも、畑がヒマな時、パン売れないんじゃない?」
納得しかけた顔がくるりと疑問に変わる。
「街にはいろんな仕事の人が住んでるから、パンは一年中、誰かに売れるんだ。ウチの近所には工場があったから、よく工員さんが買ってくれてたな」
その街も、今はもうない。
故郷のゼルノー市は、星の道義勇軍が起こしたテロの火災と、アーテル・ラニスタ連合軍による空襲で壊滅し、現在も立入制限が続く。
戦争が終わっても、街が甦るのに何年掛かるか、考えただけで気が遠くなりそうだ。
「こうじょうって何?」
まさか、そんな質問が出るとは思わず、レノは面食らった。まだ、旧直轄領の外を知らないらしい。
こんな時に限って、工員のクルィーロが居ない。DJレーフと一緒にクリュークウァ市へ跳び、カピヨー支部長に会いに行ったのだ。
「いろんな物を作る所よ。例えば、この机とか」
ピナが作業台の天板を指でコツコツ叩いて言うと、小学生の目が折り畳み式の会議机に向いた。
「机屋さん?」
「机だけを作る工場もあるけど、椅子とかも一緒に作ってたり、色々ね」
「この机の例で言うと、材料が何かわかるかな?」
男子小学生はパドールリクに聞かれ、葉を毟る手を止めて作業台を見た。
「木と……鉄、かな?」
「そうだね。磁石をくっつければ確かめられるけど、多分そうだろうね」
「磁石かぁ」
「机を作る工場の前に材料を作る工場がたくさん要るんだよ」
「材料の工場って?」
アペルの弟がピンとこない顔で首を傾げる。
「森から木を伐り出して、材木に加工する工場に運ぶんだ」
「そこで板にするんだ?」
「そうだね。木材加工場では、乾燥や防虫、防腐とか処理をする。虫除けや腐り難くする薬品を使ったりするけど、その薬は別の工場で作る」
緑髪の小学生は、金髪のパドールリクの話を瞬きもせず聞く。
「木材に加工する時に出た大鋸屑は、集めてきのこ栽培に使うよ」
「きのもこ作れるの?」
「きのこを育てる専門の所でね」
パドールリクは、レノも知らなかったことをすらすら説明する。
天板のつるつるした手触りは、ニスや樹脂によるものだ。
これもそれぞれ、別の素材工場で材料を製造して塗装材に加工し、家具工場の天板を塗る工程で使われる。
「鉄の部分も、ウーガリ山脈北部の鉱山から鉱石を掘り出して、鉄鉱石と他の石を分ける工場がひとつ、鉄鉱石を鎔かして余計な物を取り除いて鉄にする工場や、鉄の塊をこういう棒の形にする工場、ネジを作る工場、バネを作る工場……いろんな工場で大勢の人の手を借りて、ひとつの机ができるんだ」
中学生二人も、蔓を解く手を止めてパドールリクの話に聞き入る。
「この国の中だけじゃなくて、例えば、ウーガリ山脈の鉄鉱石は、外国に売って他の物と交換してもらったりもするんだよ」
「おじさん、スゴーい。どこで習ったんですか?」
「仕事で覚えたんだよ」
「おじさん、何屋さんですか?」
「業務用素材専門商社……小さな町工場の注文を受けて、必要な材料を集めて売る会社で働いてたんだよ」
「今は違うの?」
レノは、小学生の無邪気な質問にギョッとしたが、パドールリクは微笑を崩さず答える。
「今は放送のお手伝いをしてるからね」
「今度、クレーヴェルの方へ行くんですよね?」
「親戚からあっちのコトちょっと聞いたんですけど、言いましょうか?」
中学生たちがやや気マズくなった空気を勢いよく破った。




