表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十三章 可変

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1758/3514

1715.複雑な繋がり

 少年兵モーフは、レノより小さい手で、太い蔓草(つるくさ)をひょいひょい編む。彼の視線がすぐピナに向くのはどうかと思うが、今はそれどころではなかった。


 収穫籠の把手(とって)用の三ツ編が絡んでしまった。

 編み上がった部分はいいが、太い蔓の反対側の端が捻じれ、いつの間にかもつれたらしい。レノが気付いた時には、こんがらがってワケがわからない状態だった。


 ……ベーコンエピはもっと太くても編めるのに……長さかな?


 いっそ切ろうかと思ったが、森番の子ザパースは(なた)で伐り出して来る。レノたちが持つ(はさみ)では切れそうもない太さと固さだ。

 しかも、森には魔獣が居る。命懸けで採って来てくれた蔓をレノの失敗で無駄にしては、申し訳なかった。


 かれこれ三十分は、指と同じ太さの蔓と格闘するが、一向に(ほど)ける気配がない。


 終鈴が鳴り、緑髪を初夏の陽光にきらめかせた子供たちが校舎から飛び出す。

 近隣の村の子は、元気な挨拶を残して、迎えに来た保護者の【跳躍】で帰る。

 「さよーならー」

 「お疲れ様でーす」


 「何かお手伝いできるコト、ありませんか?」

 この村の子が三人、移動放送局プラエテルミッサの催し物用簡易テントに入って来た。家へ帰らず寄り道するのは、大学生アペルの弟と中学生二人だ。

 「パン屋さん、お困りですか?」

 「ん? うん……絡まっちゃって……」

 「ちょっと、やってみていいですか?」

 「うん。有難う」

 レノは恥を忍んで、知恵の輪状の蔓を中学生に渡した。

 緑髪の中学生二人はテントの隅へ行き、規制用の三角コーンに腰掛けて、あぁでもないこうでもないとやり始めた。

 アペルの弟は、いつものように未処理の蔓から葉を毟る。


 丁度、葬儀屋アゴーニが把手を編み終えた。

 「じゃ、これ頼むわ」

 「了解」

 レノは羊革の紐を巻く作業に取り掛かる。

 この作業では、今のところ失敗がなかった。


 ……無理してややこしいコトになるより、できるコトした方がいいよな。


 レノの本業はパン職人なのだ。

 アゴーニはきっと、葬儀で使う花輪で慣れているのだろう。

 「おじさん、はい」

 「おっ、ありがとよ」

 アペルの弟から笑顔で蔓を受取り、次の把手を編み始める。


 「パン屋さんのお仕事ってどんなのですか?」

 アペルの弟が蔓の葉を毟りながら聞く。レノだけでなく、ピナとティスも顔を向けた。

 「この村は、みんな自分ちで焼くから、パンのお店ってどんなのかなって」

 「パン焼くの、手伝ったコトある?」

 「()ねるとこだけ」

 ティスが聞くと、緑髪の小学生は頷いた。


 レノは、革を慎重に巻きながら聞く。

 「おうちで毎日、家族の人数分だけ焼くの、大変だろう?」

 「うん。雨の日とかはいいけど、畑が忙しい時は、いっぱい焼いて昨日の分、食べたりします」

 「だろ? でも、お店で売ってるの買ったら、作る手間が省けて楽なんだ」

 「そっか……あれっ? でも、畑がヒマな時、パン売れないんじゃない?」

 納得しかけた顔がくるりと疑問に変わる。


 「街にはいろんな仕事の人が住んでるから、パンは一年中、誰かに売れるんだ。ウチの近所には工場があったから、よく工員さんが買ってくれてたな」


 その街も、今はもうない。

 故郷のゼルノー市は、星の道義勇軍が起こしたテロの火災と、アーテル・ラニスタ連合軍による空襲で壊滅し、現在も立入制限が続く。

 戦争が終わっても、街が甦るのに何年掛かるか、考えただけで気が遠くなりそうだ。


 「こうじょうって何?」


 まさか、そんな質問が出るとは思わず、レノは面食らった。まだ、旧直轄領の外を知らないらしい。

 こんな時に限って、工員のクルィーロが居ない。DJレーフと一緒にクリュークウァ市へ跳び、カピヨー支部長に会いに行ったのだ。


 「いろんな物を作る所よ。例えば、この机とか」

 ピナが作業台の天板を指でコツコツ叩いて言うと、小学生の目が折り畳み式の会議机に向いた。

 「机屋さん?」

 「机だけを作る工場もあるけど、椅子とかも一緒に作ってたり、色々ね」

 「この机の例で言うと、材料が何かわかるかな?」

 男子小学生はパドールリクに聞かれ、葉を毟る手を止めて作業台を見た。

 「木と……鉄、かな?」

 「そうだね。磁石をくっつければ確かめられるけど、多分そうだろうね」

 「磁石かぁ」

 「机を作る工場の前に材料を作る工場がたくさん要るんだよ」

 「材料の工場って?」

 アペルの弟がピンとこない顔で首を傾げる。


 「森から木を伐り出して、材木に加工する工場に運ぶんだ」

 「そこで板にするんだ?」

 「そうだね。木材加工場では、乾燥や防虫、防腐とか処理をする。虫除けや腐り(にく)くする薬品を使ったりするけど、その薬は別の工場で作る」

 緑髪の小学生は、金髪のパドールリクの話を(またた)きもせず聞く。

 「木材に加工する時に出た大鋸屑(おがくず)は、集めてきのこ栽培に使うよ」

 「きのもこ作れるの?」

 「きのこを育てる専門の所でね」


 パドールリクは、レノも知らなかったことをすらすら説明する。


 天板のつるつるした手触りは、ニスや樹脂によるものだ。

 これもそれぞれ、別の素材工場で材料を製造して塗装材に加工し、家具工場の天板を塗る工程で使われる。


 「鉄の部分も、ウーガリ山脈北部の鉱山から鉱石を掘り出して、鉄鉱石と他の石を分ける工場がひとつ、鉄鉱石を()かして余計な物を取り除いて鉄にする工場や、鉄の塊をこういう棒の形にする工場、ネジを作る工場、バネを作る工場……いろんな工場で大勢の人の手を借りて、ひとつの机ができるんだ」


 中学生二人も、蔓を(ほど)く手を止めてパドールリクの話に聞き入る。


 「この国の中だけじゃなくて、例えば、ウーガリ山脈の鉄鉱石は、外国に売って他の物と交換してもらったりもするんだよ」

 「おじさん、スゴーい。どこで習ったんですか?」

 「仕事で覚えたんだよ」

 「おじさん、何屋さんですか?」

 「業務用素材専門商社……小さな町工場の注文を受けて、必要な材料を集めて売る会社で働いてたんだよ」


 「今は違うの?」

 レノは、小学生の無邪気な質問にギョッとしたが、パドールリクは微笑を崩さず答える。

 「今は放送のお手伝いをしてるからね」


 「今度、クレーヴェルの方へ行くんですよね?」

 「親戚からあっちのコトちょっと聞いたんですけど、言いましょうか?」

 中学生たちがやや気マズくなった空気を勢いよく破った。

☆森番の子ザパース……「1629.支配者の命令」「1632.太い蔓草採取」「1706.戻れない学校」参照

☆大学生アペルの弟……「1617.帰郷した学生」、アペル「1619.あの日の大学」参照

☆ウーガリ山脈北部の鉱山から鉱石を掘り出し……「1040.正答なき問い」「1246.伝わった流行」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ