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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十三章 可変

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1714.妨げになる者

 昨夏から続く麻疹(はしか)の流行もそうだ。


 半世紀の内乱終結後、ネモラリス共和国には、世界保健機関から麻疹(はしか)などのワクチンが無償提供された。

 だが、独立直後のネモラリス共和国は、半世紀の内乱からの復興がなかなか進まず、翌年以降、充分なワクチンを自力調達する財源を確保できなかった。


 二十代前半のクルィーロが小学校に入学する頃、ようやく何とかなり始め、接種率が向上してきた。だが、親世代には、予防接種を受けられなかった者が多い。

 ワクチンだけではない。医療機関の再建も、医療者の人手も足りなかった。ずっと平和だったなら助けられた筈の命も、助からなかったのだ。


 保健衛生すらままならない財政状況で、住民の生活再建に注力しなければならないのでは、観光振興どころではない。外国から病気が持ち込まれたら、あっと言う間に広まるだろう。


 ……わざわざ不便で危ないとこに旅行する物好き、居ないよなぁ。



 「もし、ネモラリスも神政復古してたら、どうなってたと思います?」

 「ラクリマリスとアーテルから爪弾きにされた民を受け容れた上で、か?」

 クルィーロが思い切って聞くと、カピヨー支部長は仮定の話を笑い飛ばさず、条件を確認した。


 演説内容がシェラタン当主の本心なら、政体以外の条件は変わらないだろう。

 クルィーロとDJレーフは、同時に頷いた。



 「民主主義のやり方では、何を決めるにも時間が掛かる上、制約が多い」

 カピヨー支部長はそれだけ言って、ソファから腰を上げた。クルィーロは後ろ姿を視線で追う。執務机の抽斗(ひきだし)から紙を一枚取って、応接席に戻った。


 折り畳まれた紙を卓上に広げる。

 ラキュス・ラクリマリス共和国時代の地図だ。


 「ゼルノー市の状況は知らぬが、ネモラリス島の都市では、復興の区画整理事業がなかなか進まなかった。何故かわかるか?」

 「予算不足だからですか?」

 「それもあるが、私権を制限する法律を作らねばならなかったからだ」

 急に話が難しくなり、クルィーロは隣のDJレーフを見た。


 「地権者がすんなり土地を明け渡せばいいですが、そうでない場合、都市計画を立案しても、その部分のせいで着工できません」


 クルィーロは、初めて突きつけられた視点に息を呑んだ。

 卓上に広げられた古い地図では、ネモラリス領の都市は変わらないが、ラクリマリス領の都市は今より多い。


 ラクリマリス王国領には、再建を諦めた都市があるのだ。

 実際に通過した南ザカート市は、僅かな痕跡を残すだけで、草に埋もれ、人の気配がなかった。

 ネモラリス共和国でそんな場所があるとは、聞いたことがない。


 対象を絞ればその分、復興予算を圧縮できる。

 だが、元の住民を強制移住させなければ、できない手法だ。



 「防壁の範囲が決まりませんし、道路と上下水道も通せません。学校や病院などの着工も遅れ、生活の不安が解消されません」

 「左様。ゴネた者が既得権益にしがみつけば、素直に開け渡した者が損をする。私利私欲を(むさぼ)り公益を(ないがし)ろにするゴネ得を許せば、世の秩序が乱れるであろう」

 DJレーフがすらすら答え、カピヨー支部長は満足げに説明を付け加えた。

 そこまで言われれば、クルィーロでもわかる。


 「国が新しくなって、法律を作るのにも時間が掛かるから、その間に家とか建って、労力と立退き費用が余分に掛かったってコトですね」

 「そうだ。我が家も随分、役所に土地を明け渡し、残った所には共同住宅を建てて行き場のない民を受け容れた。だが、全ての地主が同じようにできるとは限らんのだ」


 ……そりゃまぁ、お城に住んでる人と同じコトはできないよな。


 「神政ならば、当主様のご意向で如何様(いかよう)にもできる。一部の者からは不満も出ようが、それで多くの弱き者や、持たざる者が助かるならば、止むを得まい」



 区画整理が早く終わり、インフラ整備が進めば進む程、力なき民の暮らしは楽になる。

 店や工場などの再建が進んだ分、就労場所が増え、貧困から抜け出せる世帯が増える。

 世帯収入が増えれば、税収が増えて福祉関連の支出が減り、他の事業にも予算を回せるようになる。ネモラリス社会は、もっと早く落ち着きを取り戻せたかもしれない。


 ……でも、そんな上手く行くのかな?


 「シェラタン様は、いい人みたいなんでいいんですけど、もし、暴君だったら、ヤバくないですか?」

 「神政最大の懸念はそこだが、未だかつて、そのような当主の御代が長く続いた(ためし)はない」

 「えッ?」

 クルィーロは、歴史の勉強を熱心にしなかったのを悔んだ。

 「次の当主様が速やかに立て直しを図り、上手く行ったからこそ、数千年もの長きに亘って神政の世が安定して続いたのだ」


 大昔のコトは知らないが、そう言われると、何となく納得できた。


 「でも、シェラタン様にはその気がありませんよね? 陸の民やキルクルス教徒が疎外感を覚えて、却って国が乱れるから、それぞれ代表を出しあって、仲良く国をまとめて欲しいって言ってたって、校長先生が言ってましたよ」

 「その演説は新聞には載ったが、教科書には載らなんだ」

 「えぇ。父も知らなかったって言ってました」

 「貴殿らが知りたいのは、その理由か?」

 クルィーロは正直に頷いた。DJレーフも同意を示す。


 カピヨー支部長はソファに身を沈めた。

 「湖水の光党には、神政復古を求める右派が多い。秦皮(トネリコ)の枝党はそうでもないようだが、何やら思うところがあったようで、話がまとまって、掲載が見送られたのだ。以来、俎上に載らん」



 村人から得た断片的な情報では、首都クレーヴェルは、ネミュス解放軍が完全に掌握し、新しい国造りの準備が進行中らしい。

 陸の民でも、役人や官僚は首都に留まり、業務を続ける。


 昨夏の麻疹(はしか)流行の際、ネモラリス島北東部にワクチンを届けたのは、ネミュス解放軍のクーデター政権だ。



 「シェラタン当主がずっと行方不明だったら、ウヌク・エルハイア将軍が王様になったりとか」

 「将軍ご自身は、イヤがるであろうな」

 「じゃあ、神政復古できませんよね?」

 「シェラタン様の弟君(おうととうぎみ)がしゃしゃり出る気配でもあれば、話は別であろうな」

 カピヨー支部長は、当然のように言う。


 ウヌク・エルハイア将軍と直接、話したことのあるDJレーフが、深い溜め息を()いた。

☆昨夏から続く麻疹(はしか)の流行……「1090.行くなの理由」→「1474.軍医の苛立ち」参照 ※まだ、トポリなどでは継続中

☆世界保健機関から麻疹(はしか)などのワクチンが無償提供……「1202.無防備な大人」参照

☆演説内容……「1650.民主制の堅持」「1651.緑髪の民主派」参照

☆再建を諦めた都市/南ザカート市……「0205.行く先は何処」「0208.何かいい案は」「535.元神官の事情」参照

☆上手く行ったからこそ、数千年もの長きに亘って神政の世が安定して続いた……「1051.買い出し部隊」「1177.散らかる意見」参照

☆シェラタン様にはその気がありません……「1650.民主制の堅持」「1651.緑髪の民主派」、「684.ラキュスの核」「685.分家の端くれ」参照

☆村人から得た断片的な情報……「1541.競い合う双子」「1553.贖罪で生かす」参照

☆湖水の光党……「0985.第二位の与党」参照

☆ネモラリス島北東部にワクチンを届けたのは、ネミュス解放軍のクーデター政権……「1286.接種状況報告」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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