1711.接続を調べる
「以前見た夢はすっかり忘れてしまいましたが、何度か見た気がします」
「覚えているものはあるか?」
シクールス陸軍将補が、楽しげな微笑を唇に乗せる。
ルベルはすっかり軽くなった空気にホッとして、消えそうな記憶を手繰った。
「そう……ですね。数日前ですが、魔哮砲が小さくなって子猫のように可愛がられる夢でした」
「小さくなって欲しいのか?」
シクールス陸軍将補が、喉の奥で笑う。
魔装兵ルベルは、胸の前で掌を振った。
「い、いえ、滅相もない! 縮めるのは、もう……」
「冗談だ。それにしても、魔哮砲を猫可愛がりする夢か」
「俺ではなく、全く知らない湖の民が、子猫並に縮んだ魔哮砲を抱いて、見えない誰かに可愛がるように指示を出……あれっ? だっこされたの……俺?」
話す内に自信がなくなり、ルベルは首を傾げた。
シクールス陸軍将補から、表情が消える。
病室の寝台に腰掛け、こんなことを言う寝間着姿のルベルは、客観的に見れば、寝言を口にする患者だ。急に恥ずかしくなって、上官から目を逸らした。
「陸軍将補殿、そろそろよろしいでしょうか」
二人きりの病室に突然、知らない声が響いた。
忙しい上官は陸軍病院に長居し過ぎたらしい。
シクールス陸軍将補が、軍服の襟に着けた【花の耳】に応答する。
「準備が整い次第、こちらから連絡する」
「了解」
上官は、見舞客用の丸椅子から立ち上がった。
「ルベル、横になれ」
「お気遣い恐れ入ります。しかし、今回は単なる検査入院で、昨日の検査では、別にどこも悪くないとのことでした」
もう大丈夫だと訴えたが、上官は横たわるよう命じた。
「昨日のあれは、事前調査だ」
「事前調査ですか?」
命令に従い、仕方なく上官の眼前で寝床に横たわる。
「今から、お前と魔哮砲の接続状態を確認する」
「えッ?」
「やれ」
シクールス陸軍将補が一歩退がり、【花の耳】に声を送る。ルベルの背に衝撃が走り、寝台の上で身を仰け反らせた。激しい痛みで声も出ない。
「もういい。わかった。検査は終了だ」
「検査終了、了解」
【花の耳】越しの遣り取りで、ルベルは大きく息を吐いた。
「魔哮砲は、魔法生物だ。通常兵器による攻撃では、傷ひとつ付かん。お前は何度も見ただろう」
アーテル軍のミサイル攻撃で、防空艦レッススが轟沈した時も、ツマーンの森でアーテル軍の部隊に自動小銃で撃たれ、手榴弾を投げつけられた時も、魔哮砲は無事だった。
「今のは鉄パイプで殴っただけだ。それがこれ程までに痛むとは……少し考えねばならんな」
シクールス陸軍将補は、半ば独り言のように言い、見舞い客用の椅子に座り直した。
魔装兵ルベルは上官に顔を向け、背を丸めて胎児のような姿勢で横たわる。鉄パイプで殴られたと言う魔哮砲の痛みが背骨を這い上がり、歯を食いしばる。
……物理攻撃が無効? こんなに痛いのに?
シクールス陸軍将補がそっとルベルの手を取った。
「まだ痛むか? 傷はないのだぞ?」
もう一方の手でルベルの肩をやさしく撫でる。魔哮砲の痛みが背骨から脇腹へ流れた。
物理攻撃は無効でも、痛みは感じる。
魔哮砲はいつも、ルベルに撫でられて喜び、撫でて欲しがってルベルに纏わり付く。兵士たちに撫でられるのも、まんざらではなさそうだった。
魔法生物の制作者が何故、“清めの闇”に痛みや快・不快の感覚を与えたのか。
シクールス陸軍将補は撫でる手を止め、ルベルの肩を軽く掴んだ。力ある言葉で何事か言われる。何度か耳にした呪文だが、思い出せなかった。
「魔装兵ルベル、私が今から言うことと、魔哮砲の夢に関することは、私以外の誰にも、どんな手段を用いても、伝えてはならん」
呪文に続く湖南語の指示で、やっとわかった。
……【制約】? たかが夢で?
上官は軍服の襟から【花の耳】を外し、窓辺に置いて言った。
「お前が見た魔哮砲の夢は、夢ではない」
目を見開いて、ネモラリス共和国軍第二位の幹部を見上げた。緑色の瞳が、寝間着姿で横たわる魔哮砲の操手を見下ろす。軍服の胸で【渡る白鳥】学派の徽章が揺れた。
「次は、旧王国時代の剣を試す予定だったが、この分では無理だな。……そんな顔をするな。流石に刃は使わん。魔力を巡らせ、鞘で殴る予定だったのだ」
魔哮砲の痛みが脇腹に留まって疼く。
「力なき民の兵が、タダの鉄パイプで殴った程度でこのザマならば、使い魔との間に心の壁を作るどころか、却って癒着が進んでしまったのだろう」
「え……」
辛うじて、かすれた声が漏れたが、言葉にならなかった。
「お前が見たという夢は、夢ではない」
繰り返された言葉を反芻する。
陸軍将補は、病室の四隅と窓、扉に手を触れ、順に力ある言葉で唱えた。これもまた、ルベルの知らない呪文だ。
何事もなかったかのように見舞客用の椅子へ戻って言う。
「魔哮砲の断片の意識と、お前の意識が混線したのだ」
「えッ……」
「大きな塊……お前が今、魔哮砲の本体として認識する塊は、お前と【使い魔の契約】を結ぶ前にも、縮小作業を行った。その際に発生した断片の一部が、現在も生存している」
魔装兵ルベルは、夢の生々しさには納得できたが、今度はあれがどこか気になった。
「あれは現在、チャール島の研究所にいる。上級研究員が“可愛がれ”と命じたなら、研究目的であっても、小片が酷いことをされる心配はないだろう」
見透かしたように答えを与えられ、魔装兵ルベルはシクールス陸軍将補の言葉をどこまで信じていいか、計りかねた。
……契約してないのに? 小さいのと意識が混じったって?
いや、千切れただけで、元はひとつの闇の塊だ。
小片の命が消えてゆく感覚を思い出し、ルベルは身震いした。チャール島の小片が保険になるから、大きな塊は鉄パイプで殴るなどと、手荒な扱いを受けたのだ。
ルベルは今すぐガルデーニヤ市へ跳んで、魔哮砲を抱きしめてやりたくなった。
☆以前見た夢……「836.ルフスの廃屋」「1515.白衣の者たち」参照
☆魔哮砲が小さくなって子猫のように可愛がられる夢……「1638.ちいさきモノ」参照
☆縮めるのは、もう……「1473.身を切る痛み」~「1475.使い魔との壁」参照
☆軍服の襟に着けた【花の耳】……「0136.守備隊の兵士」参照
☆アーテル軍のミサイル攻撃で、防空艦レッススが轟沈した時……「0274.失われた兵器」参照
☆ツマーンの森で(中略)手榴弾を投げつけられた時……「488.敵軍との交戦」参照
☆ルベルに撫でられて喜び(中略)纏わり付いた……「839.眠れる使い魔」「868.廃屋で留守番」「0957.緊急ニュース」「1004.敵の敵は味方」「1070.二人の行く先」「1129.追われる連中」参照
☆兵士たちに撫でられるのも、まんざらではなさそう……「1163.懐いた新兵器」「1633.代理の報告書」参照
☆清めの闇……「497.協力の呼掛け」「581.清めの闇の姿」「587.ハンパな情報」「601.解放軍の声明」参照
☆使い魔との間に心の壁を作る……「1475.使い魔との壁」参照
☆【使い魔の契約】……「750.魔装兵の休日」「776.使い魔の契約」参照
☆チャール島の研究所……「649.口止めの魔法」「0996.議員捕縛命令」参照
☆上級研究員が可愛がれと命じた……「1638.ちいさきモノ」参照
☆小片の命が消えてゆく感覚……「1473.身を切る痛み」参照




