1709.復帰後初任務
魔装兵ルベルは検査の為、再び陸軍病院へ入院した。
検査は半日で済んだが、経過観察で三日間、陸軍病院に留め置かれる。
……ラニスタでの任務はちゃんとできたし、大丈夫だと思うんだけどなぁ?
長い入院生活で体力が落ち、筋力も衰えた。素手で殴り合うような荒事は無理だが、ルベルは魔装兵だ。イザとなれば、魔法で対応できる。
「退屈そうだな」
入院二日目、シクールス陸軍将補が病室を訪れた。
アル・ジャディ将軍に次ぐネモラリス軍幹部に迂闊なコトは言えない。一介の魔装兵でしかないルベルは、何も言わず、雲の上の上官を見た。
護衛を退がらせ、個室で二人きりだ。
シクールス陸軍将補はきっちり軍服を着込むが、ルベルは陸軍病院が用意した寝間着姿で、寝台に浅く腰掛ける。上官は付添い用の丸椅子に座り、目線の高さは近いが、気マズかった。
「ラニスタは、どうだった?」
「は、はい! 報告します!」
ラズートチク少尉から、とっくに報告を受けたと思うが、魔装兵の口からも確認しておきたいのだろう。
魔装兵ルベルは背筋を伸ばし、順を追って説明した。
「一昨日までの七日間、ラズートチク少尉と二人で、アーテルとラニスタの国境付近へ行って参りました」
二人はまず、アーテル共和国のイグニカーンス市へ跳んだ。
以前、魔哮砲の給餌で訪れた廃病院でラジオを受信し、帯域を実地で確認する。ラズートチク少尉が入手した星光新聞アーテル版で、番組表と照らし合わせながら聞いた。アナウンサーやDJなどの声を覚えるのも、目的のひとつだ。
次に少尉の【跳躍】でアケル市の廃ビルに移動。ラジオの確認後、インターネットの接続状況も見た。
アーテル東端の街でも、インターネットは未だに繋がらない。
「何故だ?」
「ラズートチク少尉の調査によりますと、アーテル共和国内のアンテナ車は、全て首都ルフスの官庁街と、基地に集められたそうです」
「アケル市は、ラニスタとの貿易で重要な筈だが」
「実際、繋がらなかったと言うコトは、アケル市には、アンテナ車や車載型の小型基地局が、配備されなかったのではないかと思われます」
「そうか。続けろ」
アケル市からは、小刻みに【跳躍】を繰り返して南下する。アーテル本土では、魔獣駆除業者の姿がすっかり定着し、術で移動しても誰も驚かなかった。
潜伏場所は、比較的人里に近い森林内で放棄された猟師小屋だ。
ラズートチク少尉はルベルの入院中、他の兵と共にラニスタ共和国内で事前調査を行った。
ラニスタ共和国も、キルクルス教を国教と定める科学文明国だが、湖の民と力ある陸の民も、少数ながら居住する。
かつては森林内で狩猟を生業とする者がそれなりに居たが、星の標がアーテル共和国から流入して以来、森に立入る者は滅多に居なくなった。
「何故だ?」
「ラズートチク少尉の調査によりますと、森を出入りする姿を誰かに目撃されると、後で星の標のテロに遭うからだそうです」
シクールス陸軍将補の声は、質問ではなく確認だ。頷いて先を促す。
「今回の調査は、リハビリを兼ねたものなので、ラニスタの街へは出ず、森と、放棄された猟師小屋で過ごしました」
午前中は、インターネットが接続可能な範囲の調査。
食糧は最低限だけ携行し、国境付近の森林調査も兼ねて現地調達する。
少尉の情報通り、林道は草木に埋もれ、切り株も新しい物はなかった。
人の手が入らなくなった森林は、喬木の枝葉が好き放題に生い茂り、日照不足に陥った林床の植物群落は貧弱だ。それでも、狩猟圧がなくなって久しいからか、動物の個体数は多い。
鹿や兎など、獲物は豊富で、素材が採れる魔獣にも何度か遭遇した。
ルベルの再訓練も兼ねて魔獣狩りを行い、採れた素材はラズートチク少尉が、司令本部の工廠へ納品する。
魔獣駆除業者の恰好で森へ入ったが、同業者には一度も往き合わなかった。
インターネットは、森の北東端まで行けば、辛うじてタブレット端末のアンテナ表示が一本点灯する。街から光が見えないよう、日中、森の調査に出た際にニュースなどを確認すると決まった。
国境付近の森は、あまり大きくない。
緩衝地帯の草原を挟んで麦畑が広がり、湖岸沿いに街や村がまとまる。緩衝地帯は、アーテル共和国との軍事的なものではなく、森林に棲息する魔物や魔獣に対するものだ。
畑は【索敵】や【遠望】の術を使わなければ見えないくらい遠い。
森林の北東、緩衝地帯と畑の境界に大型の鉄塔がある。これが基地局で、森の手前付近まで電波を飛ばすらしい。
ラズートチク少尉曰く、「畑仕事の最中に何かあった際、助けを求められるようにだろう」とのことだ。
「助け? 魔獣に襲われたとして、間に合うのか?」
「わかりません。しかし、少なくとも、魔獣の出現は村に伝わり、備えができるのではないでしょうか」
「成程な。続けろ」
午後からは、小屋に戻ってラジオを聞く。
アーテル共和国のラジオは、国営放送と民放のAM局が二局、国境付近のラニスタ領内でも、問題なく入った。
三日目の午後、ラジオのニュースで、スピナ市立第一小学校への爆破予告と、スピナ中央商店街に現れた魔獣の群による住民避難を知った。
商店街に出現したのは、四眼狼の群で、一頭倒す度に速報が入る。三頭目を倒した際、死骸から鮮紅の飛蛇が涌き、駆除に手間取った。
ラジオで聞いた限りでは、スピナ市警が駆除にあたったらしい。
駆除が終わったのは日没後だ。
付近の小学校へ避難した住民は、翌朝まで待機するよう、アナウンサーが何度も繰り返す。
アーテル本土の住居には【魔除け】などの防護がない。住民を一カ所に集めて、軍や警察が護った方がマシなのだろう。
魔装兵ルベルは、何度も足を運んだ街の様子からそう思ったが、考えの甘さを思い知らされた。




