1708.国際ニュース
「降り注ぐ あなたの上に 彼方から届く光が……」
移動放送局プラエテルミッサが、荷台の舞台で歌い始めると、聴衆は緑の瞳を輝かせて拍手した。
モーフは校庭を埋め尽くす拍手に負けないよう、力いっぱい歌う。
「……雨 傘の花 虹 橋架けて
虹 七色に 空 晴れ渡る」
曲が終わると、更に大きな拍手で校庭が沸く。
拍手が弱まるのを待って、DJの兄貴が聞く。
「さっきの曲、何かわかりましたか?」
「天気予報!」
「てんきよほー」
校庭から、何人もの大人や子供の声が飛ぶ。
「そうです。国営放送の天気予報のBGMで『この大空をみつめて』でした。原曲を歌っていたのは、ソプラノ歌手のニプトラ・ネウマエです。今も、ラクリマリス王国や、アミトスチグマ王国の慈善コンサートで歌って、ネモラリス難民を支援しています」
緑髪の聴衆が、風に吹かれた草原のようにざわめく。舞台からは囁きの内容は聞き取れないが、表情を見る限り、悪口ではなさそうだ。
ラジオのおっちゃんジョールチが、明るい声で言う。
「続きまして、国民健康体操をお届けします。ラキュス・ラクリマリス共和国時代、すべての学校園で体育の時間に準備運動として親しまれました」
ピナの兄貴たち大人が荷台の舞台から降り、モーフたち子供四人が残る。両手を横に伸ばして広げ、間隔を取ると、校庭に集まった大人たちの目が子供のように輝いた。
「本日は、公開生放送に大勢お越し下さいましたので、ご一緒にとは申せませんが、おうちに帰られてから、お子さんやお孫さんに教えていただけましたら、幸いです。それでは、国民健康体操です」
レコードから鋭いホイッスルの音が響くと、モーフは自然に身体が動いた。
校長先生が貸してくれたスピーカーで、校庭の隅々まで、音声が行き渡る。
レコードのキビキビした掛け声に合わせ、モーフ、ピナ、ティス、アマナの動きがピッタリ揃い、拍手が起きる。
……家でラジオ聞いてる奴は、これ、見えねぇんだよな。
放送に興味がなくて、家に残った者が居る可能性に気付いたが、校庭を埋め尽くした聴衆のキラキラした目を見ると、どうでもよくなった。
体操を終えたモーフたちへの盛大な拍手の中で、大人たちが舞台に戻る。
いつもの流れで、掛け声のない国民健康体操の曲に合わせ、「みんなで歌おう」を歌った。
曲が終わってすぐ、DJレーフが解説を始めた。
「国民健康体操の曲に平和を願う詩を書いたのは、プロの詩人じゃありません。ネモラリス難民の女の子です」
緑髪の聴衆が、驚いた顔を隣の奴と見合わせる。
「開戦初年の夏、インターネットを通じて世界中に広まりました。魔哮砲戦争とネモラリス難民の苦しみを知って、たくさんの国から善意が寄せられました。戦争がなかなか終わらなくて、難民の苦しみは続いています。どうすれば、戦争が終わるのか、みなさんもご一緒に考えていただけましたらと思います」
「国際ニュースです。ラクリマリス王国はこの程、アーテル共和国を国際司法裁判所に提訴しました」
校庭が一気にざわつく。
ラジオのおっちゃんジョールチは構わず、国営放送アナウンサーの声でニュースを読み上げる。
「現地報道によると、開戦直後のアーテル空軍によるラクリマリスに対する領空侵犯、並びに中立を保つラクリマリス領へのアーテル陸軍による戦車の乗り入れ、更には、腥風樹の植え付けによる農業被害などの賠償を求め、訴訟を提起したとのことです」
言葉が難しく、モーフには半分以上わからなかった。
旧直轄領民の顔が一瞬で険しくなる。かなりよくない話らしい。
「アーテル側が応訴するか、また、大統領選への影響など、今後の動きが注目されます。以上、国際ニュースをお伝えしました」
「開戦した年の初夏、モースト市が魔獣の襲撃を受けて、北ヴィエートフィ大橋の門が壊れました。アーテル陸軍は、ラクリマリス側が修理しているところを戦車で強行突破して、モースト市を占拠。ツマーンの森へ部隊を派遣して、腥風樹の種子を数十個も植え付けました」
聴衆の疑問を先回りして、DJレーフが説明を付け足した。
旧直轄領の村人は、息を詰めて食い入るように耳を傾ける。
ラジオのおっちゃんジョールチが、説明を引継ぐ。
「腥風樹の発芽後、ツマーンの森へ派遣されたラクリマリス軍部隊が遺留品を発見し、【鵠しき燭台】に掛けたところ、アーテル軍部隊が腥風樹の種子を植え付けた直後、魔獣駆除業者らしき一団と遭遇し、戦闘になったことが判明しました」
村人たちの顔色が変わる。
……ん? 知らなかったのか?
「アーテル軍の部隊は全滅しましたが、発芽した腥風樹がツマーンの森南東部に拡散、駆除完了まで数カ月を要しました」
村人たちは身じろぎひとつせず、続きを待つ。
「幸い、ラクリマリス人には人的被害が発生しませんでしたが、ネーニア島南東部、ツマーンの森付近の住民がフナリス群島などへ一時避難。農地の汚染とその除染、家畜の被害、働けなくなった期間の逸失利益など、経済的な被害は甚大です」
ラジオのおっちゃんジョールチが付け加えると、旧直轄領の住民は、深刻な顔で隣の奴とひそひそ話し始めた。
「時流通信社の報道によりますと、アーテル共和国では現在、大統領選挙を実施中です。既に予備選まで終わり、本選を残すのみとなりました。現職大統領のアーテル党ポデレス党首、平和を呼掛ける安らぎの光党ヒュムヌス候補、バルバツム連邦との決別を呼掛ける無所属新人ミェーフ候補が、本選に臨むとのことです」
「平和を呼掛ける候補者が本選に残ったってコトは、アーテル人にも、戦争をやめて欲しい人が、大勢居るってコトですよね?」
DJの兄貴が質問して、印象付ける。
「そうなりますが、アーテル領内では昨秋から、魔獣の出現が急増し、投票の目途が立たないとの情報もあります」
「どうなるか、全然わかんないんですね?」
「昨日までの情報によると、投票日は未定とのことです」
DJの兄貴が声の調子を変える。
「少し前まで、ラジオなどを通して、この歌も、アーテル人に届いていました。みなさんも一度、欠けた歌詞を考えてみて下さい」
モーフたちは番組の最後、力いっぱい「すべて ひとしい ひとつ花」を歌い上げた。
☆「みんなで歌おう」……「0243.国民健康体操」「0272.宿舎での活動」参照
☆アーテル共和国を国際司法裁判所に提訴……「1525.国際司法裁判」「1526.提訴の意味は」「1681.コメント確認」参照
☆腥風樹の発芽後(中略)アーテル軍の部隊は全滅……「499.動画ニュース」「500.過去を映す鏡」参照
☆平和を呼掛ける安らぎの光党ヒュムヌス候補……「868.廃屋で留守番」「1139.安らぎの光党」「1157.国会に届く歌」「1637.気になる隣国」参照
☆バルバツム連邦との決別を呼掛ける無所属新人ミェーフ候補……「1138.国外の視点で」参照
☆ラジオなどを通して、この歌も、アーテル人に届いて……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」「1149.一時間の番組」~「1151.知るきっかけ」「1153.繋がった記憶」~「1155.半人前の扱い」参照




