1707.籠職人モーフ
昨日は、朝から重い後悔を胸に抱え、晩メシ時のヤバい話で追い打ちを掛けられた。それでも、一晩眠れば、何となく心が軽くなる。
「今日、日曜だよな?」
モーフはトラックの荷台を降りた瞬間、目を疑った。
小中一貫校の校庭が麦藁のゴザで埋め尽くされ、一枚につき一人か二人、緑髪の村人が陣取る。年寄りや小中学生は、それぞれ持って来た本を読むなどして、誰も居ないかのように静かだ。
「坊主、やっと起きたか」
「えぇ? あぁ……うん」
メドヴェージのおっさんが、作業台と食卓を兼ねる会議用長机を拭きながら、普通の顔で言った。別の長机では、ピナと兄貴たちが朝メシの仕度をする。
校舎の時計は、まだ六時半だ。
催し物用簡易テントの分厚いビニールシートを捲って校庭に出る。子供らが一斉にこっちを見て、年寄りたちが本から顔を上げた。
「職人の兄ちゃん、おはよう!」
「放送も頑張ってね」
「職人? 俺が?」
モーフが自分を指差すと、声を掛けた爺さんが首を傾げた。
「籠職人じゃないのかい?」
「え? そりゃまぁ、カゴは作ってるけどよ」
「まだまだ修行中の見習いかもしれんが、自信を持つといい」
「自信?」
寝起きの頭によくわからない話が次々飛び込む。
「森番に見せてもらったが、他の二人に引けを取らないしっかりした籠だぞ」
「えっ……」
モーフは何と言っていいかわからず、校庭を見回した。視線が合った緑の目が、みんな頷く。
「俺、作った奴、イケてた?」
「あぁ。大丈夫だ。ちゃんとできとったぞ。有難う」
「あ、ありがとう。便所行ってくる!」
何だかよくわからないもので胸がいっぱいになり、モーフはゴザの間を走った。
校舎でトイレを借りて、誰とも目を合わせず移動放送局のトラックへ駆け戻る。
「今日の放送、九時からなのにもう場所取りするのね」
「農家は朝が早いからなぁ」
「朝ごはん、もう終わってるのね」
ピナと兄貴、妹が、でき上がった朝メシを並べながら言う。キャベツと焼き立てのパン、それに目玉焼きだ。
「さっき、村の人が卵くれたんだ」
「お裾分けって」
「すっごく楽しみにしてくれてるし、気合い入れてやろう」
DJの兄貴が言うと、みんな張り切って応えた。
荷台の物を端に寄せ、一部は簡易テントに下ろす。モーフは放送が久し振り過ぎて、やり方を忘れたかと思ったが、ちゃんとできた。
DJの兄貴と工員クルィーロは、機材の点検と調整。ラジオのおっちゃんジョールチは、ニュースを言わないつもりだったが、昨日、王都ラクリマリスで仕入れた話を少しだけすることになった。原稿の最終チェックに余念がない。
準備が終わる頃には、校庭は人でいっぱいになった。
村人の緑髪が、草原のようだ。
「これ、みんな学校来てんじゃねぇのか?」
「んなこたぁねぇだろ。手が放せねぇ用の人くらい居るだろ」
「奥様は、自分が行ったら大事ンなるから、お屋敷で聞くっつってたらしいし」
メドヴェージと葬儀屋のおっさんが、モーフに呆れた声で言う。
「どっからそんなハナシ仕入れて来るんだよ?」
「いろいろだ」
葬儀屋のおっさんにはぐらかされたが、今はそれどころではない。
急いで荷台に上がった。
他のみんなが、照明の金具にシーツを括りつけた幕と側壁の間に並ぶ。ピナと目が合って胸の奥が熱くなった。
「午前九時になりました。移動放送局プラエテルミッサ、臨時放送です。小中一貫校の校庭から、公開生放送でお送りします」
ラジオのおっちゃんジョールチの声に続いて、トラックの荷台側壁がモーター音を立てて上がった。
校庭がどよめき、緑髪の村人たちが、青空の下で笑顔を咲かせる。
「穏やかな湖の風
一条の光 闇を拓き 島は新しい夜明けを迎える……」
久々だが、前奏のない歌い出しに誰も遅れず、ちゃんと歌えた。
拍手が起きたが、DJの兄貴が話し始めると、さっと音が引く。
「ただいまの曲は『すべて ひとしい ひとつの花』です。ラキュス・ラクリマリス共和国の国営放送と、民主化百周年を記念して作曲されました。作詞は、半世紀の内乱で中断し、未完成に終わりました」
DJレーフの声は、おっちゃんより軽いノリだが、いつもより少しキリッとした感じだ。
「今回の魔哮砲戦争で、平和を願うたくさんの国の様々な立場の人たちが、続きを考えて、ラクリマリス王国の詩人ルチー・ルヌィさんがここまでまとめました」
緑髪の聴衆が、隣の奴と顔を見合わせる。
「ハミングの部分は、まだ未定です。今日、放送をお聴きのみなさんも、一緒に考えていただけたら嬉しいです」
一拍置いて、ラジオのおっちゃんジョールチが話し始める。
「国際ニュースです。この程、駐アミトスチグマ王国ネモラリス大使館に学習用の辞書と教材が届けられました。送り主の多くは、匿名のアミトスチグマ人です。アミトスチグマ王国に受け容れられたネモラリス難民の多くは、大森林に開設された難民キャンプで暮らしています」
聴衆が、移動放送局のイベントトラックに向き直って、神妙な顔で頷く。
「寄せられた教材などは、難民キャンプや、知人などを頼ってアミトスチグマ王国へ移住したネモラリス人の子供たちに配布されました」
旧直轄領民の顔が、ラキュス湖を隔てた隣国の善意に綻ぶ。
「難民キャンプでは、教職員や教材が不足し、学校がありません。難民の多くは力なき陸の民で、電気・ガス・水道などがない難民キャンプ内では、水や燃料の調達、畑仕事などが忙しく、勉強を教える時間が取れません」
詳しく言うのは、ここが湖の民しか居ない村だからだ。
魔法を使わない生活の不便さが、これで伝わるだろうか。
「湖の民と力ある陸の民は、約四十三万人に上る難民の一割未満で、日々の暮らしに追われています」
……教科書だけ届いてもムリじゃねぇの?
モーフも、古本屋でたくさんの教科書を買ってもらったが、読んだだけではわからないコトが多い。村人たちも、モーフと同じことを考えたらしく、表情が曇る。
「難民キャンプに最も近いパテンス市民らが、生活支援や学習支援などのボランティア活動を行っています。以上、国際ニュースでした」
「次の曲は、みなさんご存知のあの曲です。まずは、お聴き下さい」
DJレーフは曲名を言わずにレコードを再生した。




