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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第九章 行く

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0175.呪符屋の二人

 店内は、映画で見た酒場……バーのような造りだ。背の高い椅子が幾つかカウンターの前にあった。その背後には、酒瓶やグラスではなく、紙や布の束、色とりどりの粉が入った瓶、酒ではなさそうな液体の瓶、中身不明の壺が所狭(ところせま)しと並ぶ。


 一枚板のカウンター内には、革のエプロンを着けた中年男性が一人。椅子には先客らしき女性がいた。

 二人とも髪と瞳が緑色。湖の民だ。


 ……魔法使い。


 ファーキルの胸の奥で、鼓動が高鳴る。

 魔法使いに会いに来たのだが、いざ対面すると頭が真っ白になった。


 緑色の瞳が、陸の民の少年を見詰める。女性は二十代半ばくらいに見えるが、落ち着いた眼差しは、もっと年上にも見えた。


 「まぁ、そこ、座れや」

 中年男性に声を掛けられ、ファーキルはぎこちなく頷いた。背伸びして椅子に腰掛け、荷物を膝に乗せる。


 ようやく、何をすべきか思い出し、ポケットから小さく折り畳んだ紙を引っ張り出した。

 小さな震えが止まらない手で何とか広げ、店長らしき男性に見せる。


 一瞥した店長は、(わず)かに(あご)を引いた。その目が先客に移る。

 緑の視線が交差し、女性は懐からタブレット端末を取り出した。慣れた手つきで操作し、画面をファーキルに向ける。

 そこには、ファーキルが持つ紙と同じ図が描いてあった。



 「まさか、こんな子供が来るとは思わなかったけど、いいの?」

 緑髪の女性は、幼児(おさなご)に言うような口調でファーキルに尋ねた。


 ここは呪符屋。魔法文明圏なら、ありふれた商店だ。

 完成品の呪符の販売だけでなく、素材となる様々な種類の紙や布、色素の粉末、それを()く特殊な液体の計り売りもする。

 開け放しの戸の隙間から奥が見え、天秤や大小の薬匙(やくさじ)、フラスコ、ビーカーが覗いた。


 ファーキルが、女性に符牒(ふちょう)の図を描き写した紙を渡しながら、こくりと(うなず)く。

 女性が念押しする。

 「坊や、ただの家出じゃ済まないのよ」

 「わかってます」

 自分でも、予想外にしっかりした声で応じられた。

 鞄から封筒を取り出す手は、震えが治まっている。


 両親と祖父母が学費として貯めたカネとファーキルに渡した小遣いの全て。母親の管理するパスワードを盗み見て、インターネットで銀行口座を解約した。持ち出したのは、ファーキル名義の全財産だ。


 「どうせ親のカネだろうが、あんまり人を信用し過ぎると、長生きできんぞ」

 店長は封筒を受け取り、中身をチラリと見て言った。

 大卒会社員一年生の給料半年分と同じくらいの額だ。


 「例えば、私たちが坊やを湖に捨てて、そのおカネ盗っちゃうかも……とか、思わないの?」

 「手間は同じですよね」

 ファーキルが即答すると、湖の民は顔を見合わせて笑った。

 「成程(なるほど)な。違いない」


 「もうちょっと、人を疑うことも覚えた方がいいのよ?」

 「信じても疑っても、僕には何の抵抗もできません。それなら、そもそも、ここへは来ない……関わらないのが一番いいってコトになります」

 ファーキルがきっぱり言うと、二人は真顔に戻った。


 「坊主、ホントに覚悟は決まってるんだな?」

 「帰るなら今の内よ」

 口調を改め、念を押す。

 ファーキルは店長と女性、二人の緑の瞳を順に見て、それぞれに頷いてみせた。


 緑髪の魔法使いたちが困り顔を見合わせる。


 「そうだな。渡し賃にはちと多い。これも持ってけ」

 店長は棚の一角を探り、手袋を一組、カウンターに置いた。

 革手袋で、左は手の甲、右は(てのひら)に複雑な文様が描いてある。


 「左は【不可視(みえず)の盾】、右は【退魔(たいま)】だ。安物でもいいから、【水晶】を握って呪文を唱えりゃ坊主にも使える」

 「えっ? いいんですか?」

 ネット上で取引される魔法の道具は、気が遠くなるような高値だ。


 店長はニヤリと笑って手袋を押しやった。

 「釣銭代わりだ。あっちに渡りゃ、ここのカネなんざ、持っててもしょうがねぇからな」

 ファーキルは身体の芯が熱くなった。恐る恐る手に取り、礼を言う。


 「ありがとうございます」

 「坊や、呪文は知ってるの?」

 コクリと頷き、ファーキルは【魔力の水晶】を取り出してみせた。結晶の中で、淡い光が瞬く。

 「あ、それも持ってんの。ちょっと貸して」

 女性は手を伸ばし、結晶を摘まみ上げた。中の光が輝きを増す。


 ファーキルが呆然と見ていると、女性は喉の奥で笑った。

 「坊や、ホントにお人好(ひとよ)しねぇ。今みたいのは、さっと手を引っ込めて取られないようにしなきゃ」

 「すみません」

 「いいのよ。魔力を補充したら、すぐ返したげるから」

 「あ……ありがとうございます!」


 ファーキルが勢いよく頭を下げると、女性は()ねたような声で言った。

 「店長が仲介料のお釣、渡したりするから、私も渡し賃のお釣、あげなきゃいけなくなったのよ?」

 「あぁ、はいはい。それ終わったら、さっさと行け」

 店長は、シッシッと犬を追い払うような手真似をして苦笑した。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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