1704.遠い日の故郷
少年兵モーフは、ここしばらくずっと蔓草細工で忙しい。
材料集めは、旧直轄領の村人たちがしてくれる。地元の森を知り尽した湖の民が行く方が効率がいい。それは、モーフにもわかる。
……でも、ヒマだ。いや、手は忙しいけどよ。
太い蔓を編むのもいつの間にか慣れ、目を瞑ってもできそうだ。だが、野菜用の収穫籠は大きい。一個作るだけで、いつもの三倍近く時間が掛かった。
普段は蔓草細工をしない者たちも、肩掛けの把手にする三ツ編を手伝ってくれるが、編んでも編んでも終わらない。
校庭に張った催し物用簡易テントで、来る日も来る日も同じ作業を続け、モーフはすっかり退屈してしまった。
ずっと学校に居るのに全く勉強する暇がないのも、変な感じで落ち着かない。
完成した籠は嵩張る。
十個編み上がる度にザパースの兄貴が取りに来て、ラジオのおっちゃんジョールチが記録する。交換品は魔獣の消し炭を少しずつくれるが、モーフには値打ちがわからなかった。
「隊長って、この近所の村で産まれたんスよね?」
「同じウーガリ山脈の麓だが、西の端だ。どうした?」
ソルニャーク隊長は、籠を編む手を止めずに苦笑した。
少年兵モーフも手を止めずに聞く。
「どんなとこだったんスか?」
湖の民の子供たちが、興味深々で隊長を見た。放課後は、地元の小学生たちが、蔓草の枝葉を取る手伝いをしてくれる。
「内乱が激しくなって、幼い頃に引越したから、あまり覚えていないが」
ソルニャーク隊長は、一言断って話し始めた。
ソルニャーク隊長の産まれ故郷は、ウーガリ山脈の西の端、レーチカ市の北西にあった。
森の傍の小さな村で、湖の民と陸の民が一緒に暮らす。仕事は畑へ出る農家が多く、樵と狩人はほんの少数だ。隊長の両親は農家だったと言う。
村には岩山の神スツラーシの神殿と、キルクルス教の小さな教会があった。
「えッ?」
村の子供たちが手を止め、緑の瞳を隊長に向けた。
「引越したから、村がどうなったか知らないが、昔はそうだった」
「今はもうねぇけどよ、昔はクレーヴェルにキルクルス教の教会と神学校もあったんだ」
葬儀屋アゴーニが蔓草を三ツ編にしながら言うと、緑髪の子供たちは同族のおっさんに信じられないものを見る目を向けた。
「半世紀の内乱が終わってから、教会と神学校はなくなったけどな。大昔の平和な頃は、キルクルス教徒の葬式もきっちりしたぞ」
「キルクルス教徒のお葬式ってどんなの?」
手伝いに来た地元の五人の内、一番小さい奴が聞いた。
「司祭がお祈りして、身内や友達がキルクルス教の聖典に書いてあるお別れの歌を歌って、それから後はいつも通りだ」
「せいてんって何?」
……おいおい、そんなコトも知らねぇのかよ?
モーフは呆れたが、口には出さなかった。
「キルクルス教徒は、力なき陸の民しか居ねぇからな。長命人種も居ねぇんだ」
「せいてんは?」
「まぁ、待て。順番に説明すっからよ。それより、手許がお留守ンなってンぞ」
地元の小学生たちが、慌てて枝葉を毟る。
「昔の偉い人の教えをちゃんと伝える本だ」
「なんで? キルクルス教徒は長老居ないの?」
「何せ、常命人種しか居ねぇからな。知ってる奴は百年もしねぇ内にみんな死んじまうんだ」
「えっ」
「あぁ……」
チビたちは、やっとわかったらしいが、難しい顔をした。
この村の長老も校長も長命人種だ。村を支配するマガン・サドウィスもその嫁さんも、偉い奴はみんな何百年も生きた長命人種らしい。
「キルクルス教徒ン連中は、とにかく何かにつけて記録してたな」
「へぇー……魔法の本みたいなの?」
五人の内、真ん中くらいの歳の女の子だ。
どこまでわかって言ったのか、思わぬ声にモーフはギョッとして手が止まった。
「まぁ、そんなようなモンかな? 俺も読んだコトねぇから、知らねぇけどよ」
「学校にも教科書があるだろう」
ソルニャーク隊長が話を戻すと、緑髪の子供らは揃って頷いた。モーフも籠編みを再開する。
「おじさんの村にも、学校ってあったの?」
この辺では、この村にしか学校がなく、小中学生は隣近所の村からも来る。高校生と大学生は、村を出て都会の学校へ行く。
「あった。湖の民、陸の民のフラクシヌス教徒、キルクルス教徒が同じ教室で一緒に学んだ」
「えぇっ? さっき、キルクルス教徒ってみんな力なき民って」
「魔法のお勉強、おじさんたちと一緒にしたの?」
「私も力なき民で、まだ小さかったからな。魔法の種類くらいしか教わらなかったが……上の学年はどうだったのだろうな」
隊長は籠を編みながら遠い目をした。
……隊長が、魔法の勉強したって?
少年兵モーフもこれまでの旅で、癒しの魔法、魚を獲る魔法、道具や薬を作る魔法など、色々種類があると学んだ。ネモラリス島北部の村では、ピナと一緒に呪歌の授業も受けた。
だが、隊長の口からそんな話を聞くと、不思議な気持ちになった。
「女神様の神殿は?」
「なかったな」
「なんでー?」
「山の近くで、湖から遠かったからかな?」
隊長にもよくわからないらしい。
モーフにも、誰がどんな基準で神殿を建てるかわからなかった。
「岩山の神様のお祈りってどんなの?」
「高き頂祭くらいにしか言わなかったし、私はまだ小さかったからな」
ソルニャーク隊長は嘘を言うようには見えなかった。嘘ではないが、キルクルス教徒であることは全くわからない。
少年兵モーフは、地元の小学生と隊長の遣り取りを感心して見守った。
「覚えてないの―?」
「すまんな。内乱が激しくなって、畑が荒れて、学校も授業ができなくなって、引越したら、ネーニア島には湖の女神の神殿しかなかった」
「たかきいただきさいって、どんなの?」
「どうだったかな? 祭用の特別なお菓子は甘くて美味しかったが」
「お菓子、どんなの?」
緑髪の子供たちは遠慮なくポンポン質問する。
……フラクシヌス教の特別な菓子、食った? 隊長が?
モーフは質問を飲み込んで、隣のメドヴェージを見た。おっさんはさっきから何も聞こえないみたいに黙って籠を編み続ける。
アマナの父ちゃんも、葬儀屋のおっさんが編んだ把手に革紐を巻くだけで、何も言わない。
「三角の……あそこにある赤い三角のあれ、形は丁度あんな感じだ」
隊長が校庭の隅を指差すと、緑髪の小学生たちは一斉に規制用の赤い三角コーンを見た。
「味はー?」
「この間の焼菓子のようなものだ。中にナッツやドライフルーツが詰まって、頂上には白い粉砂糖が掛けてあったな」
聞かれて答える内に思い出したのか、やたら詳しい。
もうお茶の時間だが、ここしばらくは忙しくてそんな暇もなかった。
……ピナの焼菓子、食いてぇなぁ。
この間のあれで、当分は菓子作りをしたくないだろう。
モーフを他所にソルニャーク隊長の思い出話は続く。
「キルクルス教の夏祭りには、村のみんなで同じ踊りを踊った」
「えッ?」
思わず作業の手が止まった。




