1701.薄暗い可能性
土魚に校庭を占拠された公立学校は、いずれも、アーテル大統領選の投票所だ。
財政難で衛星移動体通信システムの入手が難航し、電子投票の目途が立たない。
今回はやむを得ず、紙の投票を復活させ、各地の選挙管理委員会が通知書を発送したばかりだった。
本選の投票日まで時間がない。
代替できる場所の確保も、その通知も不可能だ。
当然の帰結として、大統領選挙の本選投票日は、延期が決定した。
「元々二月だったものが、湖底ケーブルの破断で五月に延期、その今月も無理。ポデレス大統領が任期満了後もなし崩し的に続投したら、いつまで経っても戦争が終わらないと思うんですけど」
「だが、他の候補者が当選したところで、和平協議の席に着くかわからんよ」
クラピーフニク議員が、投票日の延期を告げる新聞紙を小突いた。
一面下段の記事には、政府関係筋の情報として、「八月頃の実施を見込む」とあるが、確定情報ではなく、希望的観測に過ぎない。
社会面には、学校周辺の公園や植込みの封鎖作業の件、庭付き戸建住宅への注意喚起、陸軍と警察がそれぞれ土魚駆除部隊を編成した件などが載る。
経済面では、業者に注文が殺到し、教会や住宅への敷石設置やアスファルトの敷設作業は、ほんの数日で数カ月先まで予約が埋まったと報じる。
自力でコンクリートの打設や鋼板の設置を試みる者もあり、ホームセンターの資材売り場が空になった。
投書欄には、自慢の庭を潰すことになった嘆きや、この事態を起こしたネモラリス人の魔法使いへの怨嗟が寄せられる。
ラクエウス議員は、星光新聞アーテル版に隅々まで目を通したが、平和を求める声などは一行もなかった。
魔獣除けと称する怪しげな機械の訪問販売や、魔獣と無理に戦わないようにとの注意。庭に繋いだ飼い犬の保護など、生活防衛の記事が多い。
教会での学習会は中止が多いが、すべてではない。電話もインターネットも使えない為、行って確めるしかないが、危険を冒してまで尋ねる者は少ないだろう。
大口の寄付で点された灯は、完全に吹き消されてしまった。
「土魚は、僕でもやっつけられるくらい弱いんですけど、すぐ土に潜ってしまうのが厄介なんですよね」
「魔法でどうにかならんのかね?」
「大抵の魔法は、深く潜られたら届きませんよ」
あまり強力な術を使ったのでは、住宅等、周辺への影響が甚大だ。
「ふむ。業者の動きはどうだね?」
「ローク君の調べによると、ランテルナ島の魔獣駆除業者は秋からずっと忙しくて、既存の契約だけで手いっぱだそうです」
「今回の土魚は、また素人が大挙して本土へ渡るのかね?」
「まだわかりませんが、それで、マコデス共和国の業者と契約する動きがあるそうです」
意外な国名だ。
アーテル共和国がネモラリス共和国に吹っ掛けた戦争が、そんなところまで影響を及ぼすとは思わなかった。
「そんな遠くから?」
「ラニスタ共和国に営業所や仮事務所を置いた企業を中心に手っ取り早く」
「何? ラニスタには駆除業者が居らんのかね?」
次々予想もつかない話が出る。
「居ますが、数が少ないので、引受けてもらえないんじゃないでしょうか」
……湖上封鎖の他にこんなことまで影響が出るとはな。
クラピーフニク議員が、タブレット端末を充電器に挿して置き、老議員に向き直る。
「難民キャンプの報告書で見ましたけど、【召喚布】って一枚で家が建つくらい高価なんですよね」
「憂撃隊の収入源が気になるな」
……自分たちで作るにしても、素材の調達費だけでも相当なものだろう。
「半世紀の内乱中は、焼け跡で【魔道士の涙】を拾い集めて売捌く輩が、どの陣営にも居ったが」
ラクエウス議員が言うと、クラピーフニク議員は険しい顔で頷いた。
「あるでしょうね。アゴーニさんの話だと、憂撃隊を名乗る前のゲリラは、戦闘中に死んだ仲間をその場で灰にして、戦力として使ったそうですし」
ルフス光跡教会を襲った双頭狼も、ゲリラの【涙】を介して二人の怨念が憑いたモノだった。死してなお、アーテル人を殺傷する凄まじい恨みに身震いする。
「アーテル本土は、昨秋から魔獣の出現が急増して、大混乱に陥っています」
「個人商店が立ちゆかなくなり、学校も休校措置が続いておるな」
「ローク君の話によると、銀鱗の虫魚が大量発生した時、俄か駆除屋が大勢、呪符を買って本土へ渡ったそうですけど」
ラクエウス議員は、若手の推測に気付き、横目で新聞を見た。
土魚発生から二日目の一面トップには、陸軍ヘリによる救助の様子を捉えた写真が載る。動けなくなった車輌に埋め尽くされた校庭は、あちこちに不自然な土埃が見える。校舎の窓から身を乗り出して見守る避難者の姿もあった。
「魔獣を召喚して、駆除屋として本土へ渡り、資金を稼ぎつつアーテル人に経済的な負担を掛け、戦果の確認と地理の把握もできて、次の攻撃目標を選びやすくなります」
キルクルス教は学問を重んじる。
アーテルは学歴社会だ。
学習環境を破壊すれば、将来は厳しいものになる。アーテル人の子供を殺害するまでもなく、信仰上の苦難、社会的、経済的な苦境が同時に襲う。
富裕層は学習塾や家庭教師、留学先の確保に奔走し、中間層は教材の確保で東奔西走、貧困層は中古教材や無料の学習会を求めて右往左往する。
学齢期にある親子の不安は計り知れない。
「憂撃隊に加わったと言う逃亡犯は、確か、元神学生だったな」
「加入の時期はハッキリしませんが、アーテル社会の急所を熟知するからこそ、効率よく攻撃できるんでしょうね」
「まぁ、儂らにもアーテル人の協力者が居る。他人のコトはあまり言えんが」
「方向性が真逆ですよ」
アーテル本土で産まれ、何らかのきっかけで自らが力ある民だと知った者や、キルクルス教団やアーテル社会に疑問を抱く者たちも、武力に依らず平和を目指す活動に加わる。
元アイドルグループ瞬く星っ娘の四人もそうだ。
……果たして、彼らが教団の破滅やアーテル社会の転覆までは望まないと、言い切れるのか?
「それもそうだな」
この場は、クラピーフニク議員の顔を立てた。
☆元々二月だった……「291.歌を広める者」「867.報道しない話」「868.廃屋で留守番」参照
☆湖底ケーブルの破断で五月に延期……「1478.葬儀屋の買物」「1483.出版社に依頼」「1514.イイ話を語る」参照
☆他の候補者が当選したところで、和平協議の席に着くか……「1346.安定には遠く」参照
☆素人が大挙して本土へ/銀鱗の虫魚が大量発生した時、俄か駆除屋……「1442.大繁盛の理由」参照
☆マコデス共和国の業者と契約する動き……「1694.足りない業者」参照
☆焼け跡で【魔道士の涙】を拾い集めて売捌く輩……「0042.今後の作戦に」「0129.支局長の疑惑」「0952.復讐に歩く涙」参照
☆憂撃隊を名乗る前のゲリラは(中略)戦力として使った……「0261.身を守る魔法」参照
☆ルフス光跡教会を襲った双頭狼……「1075.犠牲者と戦う」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆瞬く星っ娘の四人……「430.大混乱の動画」「515.アイドルたち」参照




