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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十三章 可変

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1699.土魚群を召喚

 布から発生した渦から、大人の腕と同じ大きさの何かが、次々と現れる。

 落ちたそれは、スピナ市立第三中学校の校庭に吸い込まれるように消えた。


 クラウストラの第三撃が、車中泊の列を縫う。

 推定【召喚布】を持つ人物の背中に命中したかに見えたが、また【光の槍】は見えない壁に当たって散った。

 今度は垂直に青く光る壁が現れる。

 頭上と背後を何らかの魔法障壁で守られ、両脇はワゴン車に泊まる避難者が人質だ。


 ロークは十メートル程の距離で、二人組と正面から相対する。彼らの前では、広げた布から現れた渦が次々と小型の魔獣を吐き出す。

 警察官が、強力な懐中電灯を手に駆け寄る。一人が拳銃を抜いた。

 出現した魔獣はLEDの光を受け、水へ潜るように土中へ消える。


 「ちょっと便所行って来る」

 「気を付けて」

 眠そうな声に続いて、ロークのすぐ傍で運転席の扉が開いた。男性の足が校庭の土につく。

 「危ない!」

 「戻って!」

 警察官、ローク、クラウストラの叫びが重なる。

 土煙が上がり、土中から魔獣の群が飛び出した。


 車内灯と懐中電灯が、大型の魚群を照らし出す。

 鋭い牙が男性の足に喰らい付いた。

 懐中電灯の光があらぬ方を向き、立て続けに銃声が轟く。


 教室の灯が一斉に(とも)った。


 クラウストラが、二十メートル程の距離で足を止め、知らない呪文を早口に唱える。短い光が幾条(いくすじ)も走り、運転手に(たか)る魔獣を弾き飛ばした。


 「土魚(どぎょ)だ! 土の上に立つな!」


 クラウストラの鋭い叫びで、ロークは思わず足下を見た。講堂に沿うコンクリートの床だ。

 大人の腕程もある大型魚は、駆け付けた警察官にも喰らい付く。防弾・防刃加工が施された防具でも、魔獣相手では大して役に立たない。


 射殺された土魚(どぎょ)が共食いの餌食になる。

 灯が()いた教室の窓に人影が貼りつく。

 異界の魚が、水を往くように土を泳ぐ。


 ヴィユノークがくれた護符のお陰か、土魚(どぎょ)の群はロークの傍を半円状に避けて通る。


 足の肉を噛み千切られた男性は、自力で車内に這い上がれなかった。クラウストラの魔法は一撃で魔獣を屠るが、あまりにも数が多い。

 助手席の女性は声にならない悲鳴を上げて身を縮める。助けに出ても、犠牲者が増えるだけだ。


 クラウストラが、遠距離攻撃の魔法で倒しても倒しても、布の渦からは、新手が次々涌いて出る。ロークには二人組を止められる手段がなかった。


 破裂音と同時に何台もの車が傾く。

 転がった懐中電灯の強い光が、車体の下を照らす。土魚(どぎょ)がタイヤのゴムを齧るのが見えた。



 倒れた男性が動かなくなり、クラウストラは救助対象を全弾撃ち尽くした警察官に変えた。布の前に現れた渦が小さくなって消え、【召喚布】の四隅に付いた宝石が輝きを失う。


 知らない声が、耳に馴染んだ【跳躍】の呪文を唱える。

 詠唱の声に(かぶ)せ、【召喚布】を持つ者がロークに声を掛けた。

 「ロークさんの仲間……だよね? ヂオリートが学校は手遅れだって言ってたって、伝言よろしく」

 顔は違うが、声はヂオリートだ。

 もう一人が結びの言葉を唱え、一方的な伝言を残して二人の姿が消える。


 「お巡りさん! コンクリート! 講堂の(ひさし)の下に入って!」

 呪文の合間にクラウストラが叫ぶ。

 警察官二人は警棒で土魚(どぎょ)を殴りつけ、講堂へ(にじ)り寄る。

 ロークはコンクリートの床伝いに駆け寄った。予想通り、土魚(どぎょ)の群が怯む。


 ……魔獣としては弱いもんな。


 警棒で殴られ、ぐったりした土魚(どぎょ)が地面に落ちた。瞬く間に同族が(たか)り、共食いが始まる。

 警察官の一人がコンクリートの床に転がり込む。庇の下は一メートルあるかないかの幅だ。クラウストラの術が、彼に喰らい付いた土魚(どぎょ)を一掃する。


 「お巡りさん! 手!」

 ロークは手を伸ばし、もう一人の腕を掴んで引っ張り上げる。警察官を齧る土魚(どぎょ)は、クラウストラが始末した。

 だが、校庭の土中には、無数の土魚(どぎょ)(ひし)めく。分厚い胸鰭が土竜(モグラ)のような爪で土を掻く。異界から呼び出された魚たちは、水中を泳ぐようにすいすい移動する。

 駆け寄ったクラウストラが【魔除け】を唱えると、ロークたちの周囲から魔獣の群が姿を消した。


 あちこちでタイヤの破裂音と悲鳴が上がる。


 土魚(どぎょ)は、淡い真珠色の光に包まれた【魔除け】の効果範囲内には入らないが、血の臭いに惹かれるらしく、ロークたちを遠巻きにする。


 警察官二人は肩で息をして震え、車中泊の住民を助けるどころではない。食い千切られた制服には血が滲み、脛など肉の薄い部分は骨が露出する。


 クラウストラに肩をつつかれた。

 「手当て」

 「あッ……」

 鞄を探って鎮花茶の残りをクラウストラに渡し、【魔力の水晶】を握って【癒しの風】を(うた)う。運転席の扉が開け放たれた車の辺りから、骨が砕けるらしきイヤな音が聞こえた。



 食用魚なら大型だが、魔獣としては小型だ。【魔力の水晶】で発動させた【魔除け】程度で防げ、普通の警棒や、拳銃の通常弾でも倒せるくらい弱い。

 だが、魔術による護りを捨てた力なき民のキルクルス教徒にとっては、簡単に死の淵へ引きずり込まれる脅威だ。



 クラウストラがトートバッグから【無尽の瓶】を出し、鎮花茶を煮出した。

 ロークは【癒しの風】を二度繰り返す。

 「彼は今、術で応急処置をしています」

 警察官二人の顔色が幾分かよくなり、クラウストラが説明した。ロークが(うた)う呪歌【癒しの風】は、童歌(わらべうた)めいた明るい旋律で、場違いこの上ない。


 「君たちは一体?」

 「駆除屋です」

 クラウストラが短く応え、校庭を悠々と泳ぐ土魚(どぎょ)群を油断なく睨む。


 「何でこんな時間に?」

 「情報屋からテロのタレコミがあって」

 「何故、先に通報……」

 「電話もネットも使えないし、ここ初めてだから、来るの時間掛かったし、警察に教えたって、どうせこんなカンジで負けるだけなのに?」

 クラウストラは批難がましい質問を遮り、早口で答えた。


 警察官が歯を食いしばる。

 呪歌は終わったが、二回(うた)っても、塞がったのは浅い傷だけだ。骨が見える程の傷からは、出血が止まない。


 「土魚(どぎょ)は土の中しか移動できないの。日中は光を避けて土中に潜るけど、車の影があるから、校庭はずっと危険だと思って」

 「どうすれば……」

 「そのくらい自分で考えなさいよ」


 クラウストラはロークの腕を掴み、【跳躍】を唱えた。

☆青く光る壁/何らかの魔法障壁=【真水(さみず)(さみず)の壁】

 使用例……「487.森の作戦会議」「488.敵軍との交戦」「917.教会を守る術」参照

 呪符もある……「881.農村への手紙」参照


☆ヴィユノークがくれた護符……「0060.水晶に注ぐ力」「0131.知らぬも同然」参照

☆情報屋からテロのタレコミ……「1692.空費した時間」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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