0174.島巡る地下街
地下は地上より奥行きがある。地下街への入り口だ。
空気はひんやりするが、風がない分マシだ。
この地下街は、ネットの情報によると、ランテルナ島全土に巡らされているらしいが、真偽の程は定かでない。
煉瓦敷きの通路は薄暗く、奥の様子はわからない。所々にぼんやりと灯が点る。二人並んで歩ける幅だが、両側に並ぶ店の看板が置かれて狭い。
ファーキルは身体を斜めにして、人通りの少ない早朝の通路を奥へ向かった。
しばらく行くと、三叉路に出た。店の看板を確認して左へ進む。
シャッターが下りた店もあれば、全面が煉瓦壁で埋まり、ドアだけの店もある。
一店舗の区画の大きさはどれも同じだ。区画毎に壁の色や素材が異なる。ただ、どの壁も天井に沿った上端には、同じ文様が繰り返し描かれる。
魔術の知識があれば一目でわかる。【巣懸ける懸巣】学派の建物を守る術、【魔除け】と【防火】【耐火】【耐震】の印だ。
この地下街は、【巣懸ける懸巣】学派の術で幾重にも守られる。
半世紀の内乱中も、島民を守る砦となったらしい。
ランテルナ島には元々湖の民が多く住み、現在もフラクシヌス教徒の魔法使いが多く居住する。
ラキュス・ラクリマリス共和国が三カ国に分裂した際、どの国が領有するか最後まで揉めたらしい。
どう言う経緯でこうなったのか、ネットで調べてもわからなかったが、この島は現在、アーテル共和国が領有する。
アーテルは科学文明国で、一神教のキルクルス教を国教と定める。
……って言うか、宗教で揉めて分離したんだよな。
住民の人種構成や信仰を度外視した領土分割だ。
ランテルナ島は、アーテル地方に残った力ある民の隔離場所にされ、アーテル共和国の忌地となった。
強制移住に従わない者は、子供でも容赦なく殺されたと噂されるが、本当のところはわからない。
ファーキルは、魔法使いがそんな簡単に殺されるのかと半信半疑だ。
通路の床は清潔で、ファーキルの実家があるイグニカーンス市の盛り場とは比べ物にならないくらいキレイだ。
雑妖だらけの盛り場と、全く日が射さないのに穢れたモノが一匹も視えない地下街では、どちらが住民の質がいいだろう。
通路の天井に点された灯は電灯ではない。魔法の【灯】だ。
ネットの情報によると、半日くらい効果が持続するらしい。昨夜の【灯】がまだ消えずに残る。
……魔法、便利だなぁ。
時々メモ用紙に控えた道順を確め、看板を頼りに歩く。
開店準備に来た人々が、ポツリポツリと現れては、ドアやシャッターの奥へと消える。
魔法で直接、店内に【跳躍】しないのは、【跳躍】除けの結界があるからだ。そうでなければ、泥棒が入り放題になってしまう。
この島……魔法文明の地とファーキルの知る科学文明の地では、常識が根本から違う。
ファーキルは、ひとつの扉の前で足を止めた。
扉には、木製の小さな看板が掛かる。店名はなく、見事な細工で竜胆の透かし彫りがあった。
……ここだ。
ファーキルは心臓が跳ね上がり、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
ノックしようと上げた拳が震える。手を下ろし、ひとつ深呼吸した。地下街の湿った空気を肺に入れ、ゆっくり吐き出す。
木製の扉は磨き込まれ、ファーキルの強張った顔をうっすら映した。
遠慮がちに二回、扉を叩く。
心の中で十数え、今度はやや強く叩いた。
「開いてるぞ」
男のぶっきらぼうな声が応える。
ファーキルは腹に力を込め、把手に手を掛けた。
☆この島は現在、アーテル共和国が領有……「0001.内戦の終わり」参照
☆ランテルナ島は、アーテル地方に残った力ある民の隔離場所……「0118.ひとりぼっち」「0144.非番の一兵卒」参照




