1695.魔力源の捜索
ロークとクラウストラを乗せた乗用車は、人通りのない高級住宅街を抜けると、速度を上げた。
「そう言えば、自家用車の都市間移動の制限って……」
「通信途絶で緩和されたよ。直接会わないと仕事の話できなくなったし」
クラウストラが答えると、アニモシタスがバックミラー越しにロークを見た。
「私は、娘が亡くなるまでは、スピナ市教委で事務員をしておりましたので、今年いっぱい、サリクス市とスピナ市の通行許可証が使えます」
ロークはミラー越しに頷くに留めた。
十五時過ぎの高速道路はガラガラだ。
アニモシタスが遠慮なくアクセルを踏み込み、すぐ時速百キロを越えた。輸送トラックが多い。次いで生コン車、鋼材を運ぶトレーラー、タンクローリー。高速道路を降りるまでに見た普通車は、一台だけだ。
スピナ市の歩道は、サリクス市以上に人通りが少なかった。
「スピナ市民のみなさん。こちらは、スピナ市危機管理対策室です。本日午後、スピナ市立第一小学校を爆破するとの犯行予告がありました。現在、陸軍の爆発物処理班が対応中です。スピナ市立第一小学校から半径一キロメートル以内は立入禁止です。解除まで、不要不急の外出を控えるよう、お願いします」
役所の広報車が、スピーカーで同じ警告を繰り返しながらゆっくり走る。
「私たちの同志も、複数の班に分かれて市内を捜索中です」
「どうやって連絡を?」
アニモシタスが、バックミラー越しにチラリとクラウストラを窺う。
「ネットが繋がる場所で、担当区域を分けてから来ました。私たちは、予告状にあったスピナ市立第三中学校を中心に投票所に指定された施設を回ります」
「魔物の召喚は明日決行だそうですけど」
ロークが付け足すと、アニモシタスは正面を向いたまま言った。
「犯人が正直に言った保証がありません。イタズラかもしれませんが……どちらにせよ、夜八時までに一旦戻らないと、職務質問が厄介です」
彼女がスイッチを入れると、運転席と助手席の間に設置された小型ディスプレイに地図が表示された。タブレット端末の地図同様、インターネットが使えない為、現在地は表示されない。
「公立学校の場所は知っていますが、他の投票所まではちょっと……」
「調べて来ました。近くまで行ったら、速度を落として下さい」
「降りて調べなくていいんですか?」
「魔力を持つ存在を検知する術を使います。何かあれば、降ろして下さい」
「わかりました」
ロークとクラウストラも、端末の地図と実際の街並を見比べ、案内に備える。
すれ違うのは業務用車両と役所の広報車、パトカーだけだ。歩行者は居ない。
「もうすぐ公民館です」
クラウストラが声を掛け、アニモシタスは減速した。アーテル人の運転手は、黒髪の魔女が小声で呪文を唱える様子を鏡越しに見詰める。
ロークは耳を澄ましたが、力ある言葉の並びは初めて耳にした単語が多く、殆ど拾えなかった。
術者の声が不意に終わる。
ロークは身構えたが、特に何か起きた様子はない。後部座席の隣で、クラウストラがここではないどこかに視線を飛ばす。
「この付近には、力ある民の術者は居ません。呪具の類もないようです。次、行きましょう」
「力ある民の術者は? 力なき民の即席魔法使いは、大丈夫なんですか?」
ロークが聞くと、速度を上げた乗用車が再び減速した。
「魔力の供給源になる【水晶】や、呪符、【召喚布】などの呪具の存在も検知できませんでした」
「今の、どんな術なんですか?」
「効果範囲内にある魔力の発生源を検知する術です。【歩む鴇】学派の【魔力検知】は、元々遺跡探査の為に開発された術だそうです」
「あぁ、成程。犯人が力ある民なら、本人の魔力、力なき民なら、道具の魔力で位置がわかるのですね?」
アーテル人のアニモシタスは、意外と飲み込みが早かった。
クラウストラが市民劇場と児童館の近くでも、同じ呪文を唱える。
「ここも、現在は何もありません」
「召喚の予告は明日ですし、まだ来てないだけの可能性もありますよね?」
ロークは堪らず不安を口にした。
「予告状では【召喚布】の使用を仄めかしていましたが、非常に高価な魔法の道具です。以前から、死体や恨みを呑んだ【魔道士の涙】を放置して扉にする遅行性の召喚テロも実行していますから、念の為、それも調べた方がいいでしょう」
クラウストラは、窓の外を向いたまま言った。ロークではなく、アニモシタスに聞かせる説明だ。
ロークはそっと運転手を窺ったが、鏡に映る彼女の表情は変わらなかった。
日が傾き、すべての影が曖昧になる。
道路の先で赤い光が明滅するのが見えた。
減速して再び【魔力探知】を唱え、乗用車が灯に近付く。
道路上にバリケードが設置され、警告灯が赤く明滅するのがわかった。その向うにパトカーが三台停まり、警察官が二人、赤い光を点した誘導棒を振る。
エンジンを切らずに停車すると、三人目の警察官が窓をノックした。
「どちらへ?」
「親戚の子を塾へ迎えに行くところなのですが……事故でもありましたの?」
「いえ、この少し先で、魔獣の駆除作業を行っています」
アニモシタスは息を呑んだ。顔色を失ったのは、演技ではなさそうだ。
「お、おばさん、しっかりして!」
「ここからじゃ全然見えないし、大丈夫だよ。ねぇ、お巡りさん、大丈夫ですよね?」
クラウストラが親戚のフリで声を掛け、ロークも続いた。
警察官が、緊張した顔に安心させる為の微笑を作り、腰のホルスターを叩く。
「規制線は何重も張ってあります。万が一、業者が取り逃がしても、警察が射殺します」
「えッ? 今、戦ってるの、軍の特殊部隊の人じゃないんですか?」
ロークが驚いてみせると、警察官は苦い顔で頷いた。




