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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十三章 可変

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1692.空費した時間

 ロークは、一人で獅子屋へ行った。

 呪符屋のゲンティウス店長に「今日は交代で一人ずつ昼休みにしろ」と言われたのだ。



 ロークは、クルィーロが獅子屋に預けた手紙を受取った。

 「あなた、ロークって呼称だったのね」

 「ごはん食べるだけだと、なかなか名乗る機会ありませんからね」

 「それもそうね。日替わり定食、もう少し待って下さいね」

 手紙を渡した給仕の女性が、エプロンドレスを軽やかに翻して厨房へ退()がる。


 クルィーロが呪符屋へ行かなかったのは、ヂオリートが獅子屋に確認する可能性があるからだ。仲間の賢明な判断に感謝して開封した。


 昼食時の喧騒が遠くなる。


 ルフス神学校に居た頃、ヂオリートとは付合いらしい付合いがなかった。

 彼の筆跡を知らないのが悔やまれる。

 【()かし水鏡(みかがみ)】か【(ただ)しき燭台(しょくだい)】があれば、誰が書いたか、少なくとも、ヂオリートか否かはわかるが、ここにはなかった。

 再び短文に目を通し、差出人名のない封筒に仕舞う。


 ……早く食べて、クロエーニィエ店長に聞こう。



 ネモラリス憂撃隊が【召喚布】を入手。

 スピナ市立第三中学校で召喚する予定。



 手紙の受取りが遅れたせいで、決行日が明日に迫る。

 クルィーロが獅子屋に手紙を預けた日、スキーヌムが王都へお使いに出された。ロークは一日中、店番の予定だったが、スキーヌムと入れ違いでクラウストラが来た。アミトスチグマ王国のマリャーナ宅への呼出しだ。

 「おいおい、今日はこっちの店の日だろ?」

 「フィアールカさんからの伝言で、アーテル共和国の大統領選挙が近い為、連絡を緊密にしたいとのことです」

 呪符屋のゲンティウス店長は渋い顔をしたが、仕方なくロークを送り出した。


 しかし、そのクラウストラも、運び屋フィアールカから緊急の用で呼出され、報告会の途中で王都ラクリマリスに跳んだ。

 力なき民のローク一人では、アミトスチグマ王国の夏の都から、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに戻れない。

 クラピーフニク議員たちはランテルナ島に土地勘がなく、針子のアミエーラは土地勘はあっても、まだ【跳躍】の術が使えない。

 申し訳なさで小さくなるアミエーラを(なだ)めて待ったが、クラウストラは閉門時間を過ぎても戻らなかった。


 運び屋フィアールカがロークを迎えに来たのは、翌日の夕方だ。

 移動時間を考えると、地下街に着く頃には飲食店の営業時間が終わる。夏の都を囲む防壁の門へ向かう道すがら、サンドイッチを買って歩きながら話を聞いた。


 ……なんでいちいち俺を巻き込むんだよ。


 運び屋から事情を聞いて、所在不明のヂオリートに腹が立った。

 手紙を読んだ今は、当日に受取れなかった行き違いに苛立つ。ロークの手に渡るまで二日も無駄に費やされた。


 数ヶ月前、銀鱗(ぎんりん)虫魚(ちゅうぎょ)が大発生し、アーテル共和国本土で全学校園の休校装置が始まる。

 その前に行われた大統領選第二回予備選は、魔獣の出現で投票率が過去最低を記録した。


 今回は何を召喚するつもりか不明だが、場所は公立中学だ。

 アーテル共和国内の報道によると、電子投票の準備は思うように進まず、紙の投票用紙が郵送された。何事もなければ、来週には期日前投票が始まる。

 恐らく、選挙妨害が目的だろう。

 もしかすると、単純に人が集まる場所を狙って平敷(ひらしき)などを召喚し、効率よくアーテル人を殺傷したいだけかもしれない。


 ……何で俺に犯行予告を?


 逃亡犯ヂオリートの考えが全く読めない。

 アーテル人のヂオリートが、大統領選挙の妨害と無差別大量殺人を予告し、ネモラリス人のロークがそれに気を揉む。

 あべこべの立場も、ロークの神経を逆撫でした。


 定食をもそもそ口に運んで待つ。


 郭公(カッコウ)の巣のクロエーニィエ店長が、いつものエプロンドレス姿で現れた。カウンターで食べるロークの隣に席を取る。

 「あら、あなた一人なんて珍しい。眼鏡の坊やはどうしたの?」

 「今日は店長さんが交代でお昼に行けって。あの、それで、今すぐフィアールカさんに連絡したいんですけど、何とかなりませんか?」


 ロークは封筒の中身を素早く開いた。


 「何これ?」

 「ヂオリートから俺宛です。さっき、ここに預けてあったのを受取りました」

 「あなたを王都へ連れてけばいいのかしら?」

 「いえ、端末は昨日、データの授受で仲間に預けて来たんです」

 ロークは封筒に戻し、クロエーニィエの前に置いた。

 給仕が来て注文を取る。彼はロークに困った顔を向けた。日替わり定食を頼み、給仕が去るのを待って言う。

 「クルィーロさんはどう?」

 「今日の予定はわかりません。一昨日、王都で偶々ヂオリートと鉢合わせして、この手紙を(ことづか)って、依頼通りここに預けて、ネモラリス島へ戻ったそうです」

 「今、彼女の連絡先、わかるかしら?」


 ロークは手帳を捲った。

 落とした時の用心として、誰のメールアドレスも記録しなかった。

 だが、ファーキルのSNSアカウント「真実を探す旅人」は、自己紹介ページのURLを控えてある。


 「ファーキル君のSNS経由で何とかなりませんか?」

 「その前に教えて欲しいんだけど、あなた、このヂオリートってコが、どうしてあなたにだけ教えたか、わかるかしら?」

 「わかりませんよ。何のイヤがらせでこんなコトするんだか」

 ロークが拳を握ると、クロエーニィエは困った顔に微笑を混ぜた。

 「あなたに止めて欲しいんじゃないかしら?」

 「えぇッ? ……そりゃまぁ、知ったからには阻止したいですけど」


 ……こんなコトしたって、アーテル人に逆恨みされるだけで、戦争は終わらないのに。


 「お婆さんの居ない時に偶然会った共通の知り合いに手紙を(ことづけ)て、行きつけのお店に預けるなんて、まどろっこしいコトしてまで、あなたにだけ伝えたのよ」

 「巻き込まれて迷惑ですよ。気が変わって計画を阻止したいなら、警察でもどこでも言えばいいのに」

 「まぁいいわ。あなた自身は、どんな手段を使ってでも、阻止したい?」

 「勿論(もちろん)です」

 考えるまでもなく応える。


 魔物の大量召喚は明日だ。一刻の猶予もなかった。

☆クルィーロが獅子屋に手紙を預けた日……「1675.逃亡犯の依頼」~「1678.電子式血圧計」参照

☆スキーヌムが王都へお使い……「1671.おつかい再び」~「1675.逃亡犯の依頼」参照

☆銀鱗の虫魚が大発生……「1442.大繁盛の理由」参照

☆大統領選第二回予備選は、魔獣の出現で投票率が過去最低……「1343.低調な投票率」~「1346.安定には遠く」参照

☆平敷……「1253.攻撃者の目的」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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