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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十三章 可変

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1691.夜の気晴らし

 ラゾールニクは、レフレクシオ司祭の反応を意に介さず、説明を続ける。

 「端末、動画と小説のデータ入れて、三日以内に返すよ」

 「小説……ですか?」

 寝間着姿の若手司祭が、怪訝(けげん)な顔で問い返す。


 「アーテルの若いコに人気の娯楽小説。外伝一本と一巻から三巻まで、共通語訳できたから、司祭様も辞書ナシで読めるよ」

 「あぁ、例の小説ですね。恐れ入ります」

 「次に会う時、動画と小説の感想聞かせて」

 「いつ頃になりそうですか?」

 首都ルフスの司祭館から、ランテルナ島の廃港へ連れ出されたレフレクシオ司祭が、恐る恐る聞く。


 「来月半ばに大統領選やるみたいだし、しばらく忙しくなりそうだからなぁ」

 「動画は三本とも二時間くらい、小説も文庫本四冊分あります。そんなに急ぎませんから、ゆっくりでいいですよ」

 ファーキルが言うと、レフレクシオ司祭は頬を緩めた。

 「当分、退屈しなさそうですね。有難うございます」

 「司祭様でも退屈するんだ?」

 ラゾールニクが物珍しげな目で無遠慮に言う。


 「退院以来、一度もルフス光跡教会の敷地から出していただけないのですよ」

 「えっ? じゃあ、アーテルの街の様子とか……」

 ファーキルが、淋しげに笑う顔に聞くと、まだ二十代の司祭は溜め息混じりに応じた。

 「テレビでしか見られません。司祭館の窓からも少し見えますが……」

 「じゃあ、ちょっと散歩でもしてみる?」

 「よろしいのですか?」

 魔法使いの青年に軽いノリで言われ、流石のエリート司祭も面食らう。

 「司祭様が眠くなきゃ、ちょっとくらい大丈夫だ」



 魔法のテントから出ると、ラゾールニクは【灯】を掛けた小石を足下に置き、枯枝を拾って同じ術を掛けた。淡い光源がふたつになったが、効果範囲外の廃墟は闇に包まれ、なんとも心許ない。

 ファーキルはテントを手早く畳んで筒状の袋に片付けた。


 ……散歩って言うか、ほぼ肝試しじゃないかな?


 「廃墟の中は、魔物と雑妖の巣なんで、近付かないで下さいねー」

 クラウストラが明るい声で注意を与えると、司祭は表情を引き締めた。


 ファーキルはテントの袋を肩に掛け、【魔力の水晶】を握って呪文を唱える。

 「日月星蒼穹巡(ひつきほしそうきゅうめぐ)り、(うつ)ろなる闇の(よど)みも(あまね)く照らす。

  日月星、生けるもの(みな)天仰(てんあお)ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る」


 レフレクシオ司祭が目を丸くした。

 「あなたも魔法使いだったのですか?」

 「力なき民ですけど、【水晶】があれば、【魔除け】とかは使えますよ」

 「魔力の外部供給による一時的な魔法使い……ですか」

 レフレクシオ司祭が、寝間着姿で難しい顔をして呟く。

 ふたつの【灯】で照らされても、夜の廃港は不気味だ。


 二車線道路を隔てた森から、いつ魔物や魔獣が現れるとも知れない。ファーキルは一刻も早く帰りたいが、司祭の気持ちもわかり、何も言えなかった。

 「雑妖くらいは()けられるんで、イヤじゃなければ、念の為にどうぞ」

 ファーキルは、真珠色の光に包まれた【魔力の水晶】を差し出した。レフレクシオ司祭が、ファーキルと【水晶】を見比べて気遣う。

 「あなたは大丈夫なのですか?」

 「手袋に似た効果があるんです」

 呪印が刺繍された手袋を見せると、司祭は頷き、迷いなく【水晶】を手にした。



 ラゾールニクが、ラキュス湖の方へ歩きながら言う。

 「半世紀の内乱って知ってる?」

 「端末に入れて下さった情報には目を通しました」

 「話が早くて助かるよ。このランテルナ島は、南北のヴィエートフィ大橋でネーニア島とアーテル地方を繋ぐ交通の要衝だった」

 「民族紛争の戦闘が激しかったのですね?」

 「その通り。小さな漁師町や農村は全滅。カルダフストヴォー市と地下街チェルノクニージニクしか残らなかった」

 「大都市だったから、ですか?」

 司祭が、ラゾールニクの隣に並んで聞く。


 クラウストラも、枯枝を拾って【灯】を(とも)した。


 ラゾールニクが、壊れた岸壁の手前で振り向く。

 「チェルノクニージニクは、腥風樹(せいふうじゅ)に対抗する為に作られた要塞都市だ。どんな植物か、知ってる?」

 「いえ」


 ラゾールニクは、異界の植物との戦いの歴史を簡潔に語った。

 ファーキルが以前、ここで呪医セプテントリオーから聞いた話と同じ内容だ。


 「地下に築かれた要塞都市は……見ればわかるけど、床も通路も天井も全部、呪文や呪印がびっしりだ。【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の何種類もの防護の術を発動させるには、膨大な魔力が要る」

 「つまり……堅固な地下都市には、キルクルス教徒が一人も居らず、空爆や毒ガスから守られたから、ですか?」

 「ご名答。司祭様が聡明な人で助かるよ」

 ラゾールニクは【灯】を点した枯枝を手に道路へ出た。


 廃墟には小石の【灯】も転がるが、魔法使いから離れるのは心細い。ファーキルとレフレクシオ司祭は、小走りに追いついた。振り向いて、もう一本の【灯】を持つクラウストラの姿に安心する。


 ラゾールニクは、車道の真ん中で足を止めた。

 夜の森からは、得体の知れない生き物の声が幾つも重なって聞こえる。

 木立の間から雑妖が滲み出し、アスファルトの道に流れたが、【魔除け】に阻まれ、ラゾールニクの周囲を避けて通る。


 レフレクシオ司祭が、溶け崩れた生き物の残骸のような雑妖の流れを目で追う。森から滲み出たドブのような穢れの群は、南北に分かれて流れた。


 「昔、道路より湖岸側には漁港の施設、こちら側には住宅街と商店街があった」


 今は闇に包まれた森だ。


 「内乱が始まった割と早い段階で焼討ちされて、生き残りは南のチェルノクニージニクか、北ヴィエートフィ大橋経由でネーニア島へ渡った」

 「漁船を使わなかったのですか?」

 「皆殺しが目的なら、真っ先に足を奪うよね。【跳躍】の術は知らないとこに行けないし」


 焼失した漁師町の廃墟は、百年足らずで森に呑まれた。

 一体どれだけの人々が、弔いもなくこの森で眠るのか。


 ……その時の遺体が扉になって、魔物が現れて、魔獣が居着いたのか。


 誰からともなく、黙祷を捧げ、帰路に就いた。

☆例の小説ですね……「1426.真夜中の湖畔」参照

☆手袋に似た効果/呪印が刺繍された手袋……【退魔】と【不可視(みえず)の盾】「0175.呪符屋の二人」参照

☆腥風樹に対抗する為に作られた要塞都市……「382.腥風樹の被害」「383.空の路線バス」参照

☆床も通路も天井も全部、呪文や呪印がびっしり……「0174.島巡る地下街」「334.接続料の補充」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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