1685.感知する才能
「あ、ロークさん。お久し振りです」
針子のアミエーラは、久し振りに見た元気な姿に思わず頬が緩んだ。
一緒に来た若い女性は、初めて見る顔だが、大人っぽく結った黒髪に青薔薇の髪飾りがある。ラゾールニクから紹介された同志クラウストラだろう。
会う度に顔が違い、どれが本当の姿かわからない。
「こんにちは。アミエーラさん。しばらく会わない内にすっかり魔法使いらしくなりましたね」
「これ、練習で作った服なんです。昨日完成したばっかりで、ちゃんと魔力が巡るか、今日一日、試しに着てみようかなって」
アミエーラは、リストヴァー自治区に居た頃に聞いたら耳を疑うような言葉が、自分の口からさらりと出たのを不思議な気持ちで聞いた。
「えっ? これ、刺繍も全部アミエーラさんがしたんですか?」
「今回は、職人さんに入れる場所だけ指示してもらって、布に書き写すところからしたんです」
「服の形を縫うのとは、全然違うんですか?」
ロークは裁縫の経験がないのかもしれない。
マリャーナ宅の長い廊下を歩きながら話す。
「刺繍は縫うって言うか、糸で描く感じですね。職人さんに確認してもらってから刺しましたけど、自分では魔力の循環が上手く行ってるのか、まだよくわからなくて」
クフシーンカ店長にもらった肌着にも【魔除け】などの刺繍はあったが、あの頃も、魔力の流れなどは感知できなかった。
山中のクブルム街道で雑妖がアミエーラを避けたのは、別に持たされた護符のお陰かもしれないが、どちらの効力かさえ、わからなかった。
「ちょっといいですか?」
クラウストラに声を掛けられたが、応える間もなく、左肩に手を置かれた。
「魔力、ちゃんと巡ってますよ」
「えッ、ホントですか? 私、ちゃんとできてます?」
戸惑いが一瞬で吹き飛んで声が弾む。
「逆に、魔力の循環がわからないと言うのがわかりません」
「あっ……」
一気に心が凋んだ。
クルィーロは、郭公の巣のクロエーニィエ店長に教えられて、魔力の循環効率を知り、以前より魔法を上手く使えるようになったらしい。
アミエーラは、やっと呪歌【癒しの風】を覚えたばかりだ。呪文の歌詞と音程を間違えないように謳うだけで精一杯。魔力の流れを確認する余裕もなかった。
魔法の刺繍も、見本通りに刺すだけで精一杯。力ある言葉の組合せや配置も、まだ覚えられない。
「感覚的なもので、言葉で説明するのは難しいんですけど、いずれ、わかるようになりますよ」
「そう……ですか?」
クラウストラに慰めのように言われたが、以前、ピアノ奏者スニェーグと呪医セプテントリオーにも似たようなコトを言われた。
難民キャンプで【道守り】を謳う手伝いはできるようになったが、まだ一人では【癒しの風】すら発動させられない。
ランテルナ島に居た頃、力なき民のピナティフィダたちは、作用力を補う【魔力の水晶】を握れば、呪文の歌詞と旋律を覚えるのとほぼ同時に【癒しの風】を発動させられるようになった。
……私って、魔力があるだけで、魔法使いの才能……ないのかな?
今日は日曜で、ファーキルはパソコン部屋に入れてもらえない。
マリャーナ宅の使用人が呼びに行き、いつも会議に使わせてもらう部屋で合流した。
ラクエウス議員とクラピーフニク議員、同じく休みの呪医セプテントリオーと針子の後輩サロートカ、平和の花束の四人も居る。
会議机だけを置いた白壁の部屋は、十一人集まっても窮屈さがない。
使用人がお茶を置いて退室すると、早速、ロークが報告を始めた。
「先週の日曜から五日間掛けて、カクタケアファンの男子高校生と一緒にルフスの古本屋巡りをしました」
光ノ剣と名乗る少年は、待合せ場所のショッピングモールに首都ルフスの古書店一覧を持って来た。ダウンロード済みの地図アプリで位置を調べたと言う顔は、やけに得意げだ。
「わぁー。有難うございます」
女子高生ファクスに扮したクラウストラが喜んでみせると、「べ、別にこんなの大したことじゃないし、普通の準備だよ。フツーフツー」などと言いつつ、即座に顔が茹で上がる。
営業状況を確認したくても、まだインターネットは殆ど使えず、電話も不通の地区が多かった。
「どうせ学校はずっと休みだし、毎日でも行けますよね?」
光ノ剣は下心丸出しで聞いたが、クラウストラは即座に同意した。
ロークは焦ったが、仕方がない。初日は何食わぬ顔で予定をこなすと決めた。
「兄が、ラニスタに出張してて、その関係でウチは衛星移動体通信のシステムが手に入ったんですよ」
「えぇー? スゴーい! あれってすっごく高いんでしょう?」
「会社関係だから経費で落ちたって。それで、ウチはネットが繋がるようになったんですけどね」
「じゃあ、大聖堂とかカクタケアの公式とか、見られるの?」
「それが、回線細くてテキストくらいしか送受信できなくて、画像が重いサイトはパソコンがフリーズして全然ダメ」
光ノ剣はクラウストラの反応を予習してきたかのようにすらすら言う。
「でも、ラニスタの兄とは連絡できるようになったんで、向こうの辞書と教科書と参考書、集めて送ってくれるように頼んどきました」
「えっ? アーテルとラニスタって、教科書一緒なの?」
「違うと思いますけど、同じ湖南地方のキルクルス教国ですし、理数系と語学系は似たようなもんじゃないかなって」
「要は、社会人として通用する知識が身に着けばいいんですからね」
ロークが言うと、光ノ剣は頷いてクラウストラに言った。
「兄も、紙の本が手に入るかわかりませんし、こっちはこっちで古本屋さんで探しましょう」
このショッピングモールには古書店がない。
減便した路線バスで、古くからある商店街へ移動した。
ロークとクラウストラも、地図アプリで行き先を確認する。
近くにルフス光跡医科大学とルフス外語大学があり、古書店は六軒もあった。
「全部、開いてたらいいんですけどね」
ロークは言いながら記憶を手繰った。
確か、この商店街も、半分以上シャッターが下りたままだ。
……真っ先に切られる系の業種だよな。
車窓を流れる首都ルフスは、日曜の繁華街とは思えないくらい、人出が少なかった。
☆クフシーンカ店長にもらった肌着……「0081.製品引き渡し」参照
☆クブルム街道で雑妖がアミエーラを避けた……「0134.山道に降る雨」参照
☆別に持たされた護符……「0091.魔除けの護符」参照
☆クルィーロは(中略)魔力の循環効率を知り……「454.力の循環効率」参照
☆ピアノ奏者スニェーグと呪医セプテントリオーにも似たようなコト……「872.流れを感じる」参照
☆難民キャンプで【道守り】を謳う手伝い……「804.歌う心の準備」「928.呪歌に加わる」「929.慕われた人物」参照
☆日曜で、ファーキルはパソコン部屋に入れてもらえない……「729.休むヒマなし」「730.手伝いの手配」参照




