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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第九章 行く

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0172.互いの身の上

 アミエーラは左腕の腫れと熱が引き、身の周りのことを少しずつ自分でできるようになってきた。


 農家の老婆は、農作業の合間に何くれとなく世話を焼いてくれる。

 アミエーラのコートの内側には【耐寒】などの術が仕込んであった。それを見たのか、老婆は何の疑問もなく彼女を魔法使いだと思ったようだ。



 「あの……すみません。私、魔法……使えないんです」

 数日迷って決心し、消え入りそうな声で恩人に告白した。

 老婆は一瞬、驚いた目をしたが、すぐに表情を和らげ、アミエーラの肩をやさしく抱いた。


 「作用力がないんだね。かわいそうに」


 アミエーラは「作用力」が何かわからない。だが、老婆が何か都合よく勘違いしたのはわかった。

 自治区民であることを伏せて身の上を語る。



 母と弟妹はずっと以前に流行り病で亡くなり、父娘二人きりになった。

 その父も避難の途中ではぐれ、アミエーラは一人、炎を避けて山へ逃げた……と説明した。


 老婆はアミエーラの身の上を哀れに思い、涙を流して同情した。

 騙したことに胸が痛んだが、自治区民と知った上で(かくま)うのとはワケが違う。老婆の安全の為にも本当のことは言えなかった。


 完全に嘘ではない。魔力はあっても、魔法が使えないのは本当だ。

 一人で山に入り、生きて人里へ戻れたのは魔法の道具のお陰だった。


 クブルム山脈へ逃げた理由は、幼い頃に祖母と木の実を拾いに行って、安全な道を教えてもらったからだと説明した。

 「山の中に道なんてあるのかい?」

 老婆が目を丸くする。

 アミエーラは、この辺りで最も山に近い家の者が知らないことに驚いた。

 「えっ? ご存知ないんですか?」

 「私らの村じゃ、門より上には行かないからねぇ」


 アミエーラは、それで登山道の門からこの農家までの道が、きちんと手入れしてあったのだと納得した。

 雑妖を発生させない為、また、山で生じた雑妖を通さない為に清掃するのだ。



 「祖母の話では、ずーっと昔にクブルム山脈の西から東へ、街道が作られたそうですよ」

 「何の為に山の中に道を通したんだろうね?」

 「さぁ? 祖母もそこまでは……ただ、ホントに山の中なのに石畳で【魔除け】の印の入った道があって、私はそこを通って来たんです」

 老婆はベッド脇の椅子に座り、アミエーラの話に何度も相槌を打って聞き入る。


 「それに、朽ちてましたけど、林業組合の小屋もありました。道を使ってた人は割と居たみたいですね」

 「林業組合……? あぁ、そう言や、炭を作る職人が居るらしいね」

 「そうなんですか。道はその為にできたのかも知れませんね。赤いお花の咲く並木道もあってキレイでしたよ」

 「へぇ。山の中にそんな夢みたいにキレイな道が通ってんのかい」

 老婆は感心してみせたが半信半疑だ。


 ……仕方ないか。私だって、自分が歩いたんじゃなきゃ信じられないし。


 アミエーラは、老婆が淹れてくれた香草茶を味わいながら思った。 

 骨折以外……打撲や切り傷などはかなりよくなった。


 「ちょっと寒いけど、たまにゃ空気を入れ替えた方が身体にいいからね」

 老婆はそう言いながら、立って窓を開けた。

 肌着にも【耐寒】が掛けてある。大きく開け放たれた窓から朝の冷たい風が吹き込んでも、寒くはなかった。


 「お嬢ちゃん、行く(あて)はあるのかい?」

 椅子に腰を落ち着け、老婆が思い出したように聞いた。

 アミエーラは即答する。

 「はい。ネモラリス島に親戚が居るんです。祖母の姉なんですけど、長命人種(ちょうめいじんしゅ)だから、今も若くて元気なので……」

 「そうかい。ラジオの話じゃ港があちこちやられて、ネモラリス島へは、トポリ港からしか渡れないみたいだよ」

 その情報に愕然(がくぜん)として老婆を見た。


 トポリ港は、ネーニア島の北東端だ。

 今居るのは、ネモラリス共和国領のほぼ最南端。どうやって行けばいいか途方に暮れる。


 「お嬢ちゃんさえよければ、怪我が治った後も、ずっと居てくれていいんだよ」

 老婆がやさしい声で言い、自分の身の上を語り始めた。



 息子たちは、都会のギアツィント市に引越してしまった。

 残って農作業するのは、老夫婦と長男一家だけだ。その長男一家も、今回の空襲でネモラリス島に行ってしまった。


 ……ん? ここは被害を受けてないのに?


 アミエーラは引っ掛かったが、老婆の身の上話に相槌を打つ。

 「じいさんと二人じゃ、淋しくてねぇ……」

 老婆は、胸の奥底から漏れた溜め息で話を締め括った。

 アミエーラは曖昧な表情で相槌を打って、聞いてみる。


 「ご近所の方は……」

 「近所ったってちょっと遠いし、まぁ、寄り合いはあるけど、空襲でどっか行った家も多いからねぇ」

 再び溜め息を()く。


 一度目の空襲は(まぬか)れられたが、いつ二度目が来るとも知れない。

 ここがいつまで安全か、どこなら安全なのか。

 今のアミエーラには何の情報もなく、判断できなかった。


 「あのー……息子さんの所へは……」

 「じいさんが居るし、畑の面倒もみなきゃいけないからねぇ」

 首を横に振り、口許に淋しげな笑みを浮かべる。

 アミエーラはここに来てから、この老婆以外の人を目にしなかった。


 ……おじいさん、病気か何かで動かせなくて、世話が必要なのかな?


 アミエーラの世話をする分、老夫の世話が減ってしまうのは申し訳ない。だが、こんな身体では看病を手伝えそうもないのがもどかしい。


 「あ、あの、おじいさんの看病で大変な時に助けていただいて、本当にありがとうございます」

 「いやいや、いいんだよ。困ってる人を放っておくなんてできっこないからね。ゆっくりしてお行き」

 改めて礼を言って頭を下げるアミエーラに老婆は笑って応えた。


 「そうだ。そろそろ、じいさんにも会ってもらおうかね。孫たちも息子が連れてったもんで、話し相手を欲しがってるんだよ」

 老婆が腰を浮かせる。

 今のアミエーラでも、そのくらいならできる。

 怪我人の自分でも役に立てることがみつかり、喜んで老人が寝かされた部屋について行った。

☆母と弟妹はずっと以前に流行り病で亡くなり……「0031.自治区民の朝」「0090.恵まれた境遇」参照

☆その父も避難の途中ではぐれた……「0054.自治区の災厄」参照

☆自治区民と知った上で(かくま)う/老婆の安全の為……「0118.ひとりぼっち」参照

☆魔力はあっても、魔法が使えない……「0091.魔除けの護符」参照

☆幼い頃に祖母と木の実を拾いに行って……「0101.赤い花の並木」「0102.時を越える物」参照

☆登山道の門からこの農家までの道がきちんと手入れされていた……「0153.畑の道を行く」参照

☆林業組合の小屋……「0134.山道に降る雨」参照

☆赤いお花の咲く並木道……「0101.赤い花の並木」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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