1677.分かれて行動
念の為、時間をずらしてカフェを出て、別の道から素材屋へ戻った。
先に戻った薬師アウェッラーナを素材屋プートニクの困った顔が迎える。
「遅くなってすみません」
「いいってコトよ。金髪の兄ちゃんは? 先にランテルナ島へ跳んだのか?」
「いえ、もうすぐ来ます」
スキーヌムはカウンターの端に寄り、何もない壁に向かって啜り泣く。
……二手に分かれた方がいいのかな?
クルィーロは次の店には行かず、すぐにでもランテルナ島へ跳んでもらう。
アウェッラーナとスキーヌムは、予定通り魔法薬の素材を買って、明日は神殿書庫へ行く。今のスキーヌムは、美術全集を眺める気にはなれないかもしれないが、今回を逃せば、次はいつ来られるかわからないのだ。
「姐ちゃんたち、あの逃亡犯の知り合いか?」
「私は面識ありませんけど、共通の知人が何人か居ます。クルィーロさんは去年の秋、別の知り合いと一緒に居るとこに出会って、少し話しました」
「坊主と逃亡犯の関係は、さっきちょっと聞いた」
プートニクが、まだ店の隅で泣き続ける元神学生スキーヌムを顎でしゃくる。
……フィアールカさんたちにも相談した方がいいよね?
クルィーロが、周囲を警戒しながら素材屋に入り、後ろ手に扉を閉める。
薬師アウェッラーナが予定を提案すると、スキーヌムが振り向いて、怯えた目で連れの魔法使い二人を見た。
「ラゾールニクさん……は今、ランテルナ島だから、メール届かないな。じゃ、取敢えずフィアールカさんにメールしてみます」
クルィーロは、スキーヌムの視線を全く意に介さず、タブレット端末をつつく。
プートニクが奥へ引っ込んだ。
「三人一緒に居るのをシルヴァさんたちにみつかるのは、よくないと思うんですけど、アウェッラーナさんがスキーヌム君と一緒ってのも、それはそれでマズいって言うか」
「あぁ……確かに、知り合いなのがバレると面倒なコトになりそうですよね」
老婦人シルヴァは、武装してアーテル軍の基地を襲った元キルクルス教神学生のロークだけでなく、ゲリラに魔法薬を提供した薬師アウェッラーナも、再び仲間に引き入れたいらしい。
スキーヌムは、レフレクシオ司祭を刺して逃亡犯となったヂオリートを未だに同級生としての目で見るようだ。ヂオリートに問われれば、自分たちの居所や勤務先を無警戒に教えてしまいかねない。
警備員ジャーニトルによると、現在、ネモラリス憂撃隊の指揮を執るのは、同じく魔法戦士の警備員オリョールだ。彼は、去る者追わずで、ジャーニトルたちが抜けるのを快く承諾した。
それ以前にも、アウェッラーナたち移動販売店プラエテルミッサの者たちを逃がしてくれた。
だが、老婦人シルヴァは、あの手この手で、ゲリラの人員を補充する。オリョールの意向とは別に動く可能性が高い。
「あ、返事、来ました」
クルィーロが、運び屋フィアールカからのメールを読み上げる。
〈三人バラバラに行動した方がいいわね。
今から私とクラウストラさんが行くわ。
素材屋さんの地図を送ってちょうだい。〉
「……だそうですけど、どうします?」
「つまり、クルィーロさんは今すぐ、獅子屋さんに手紙を預けに行って、私とスキーヌム君は、どちらかが付き添ってくれるってコトよね?」
「まぁ、そうでしょうね」
クルィーロは頷いたが、スキーヌムは魔法使い二人に怯えた目を向けるだけで、何も言わない。
「神殿書庫の件も伝えたから、スキーヌム君には多分、フィアールカさんが付き添ってくれると思うよ」
「で、でも、こんな時に……」
やっと発した声は、怯えに揺れる。
「今を逃したら、次はないかもしれないのに直帰するのか?」
スキーヌムは息を呑み、眼鏡の奥で淡い色の目を見開いた。
クルィーロは返事を待たず、端末をつつく。
「どっち途、この店の地図は送んなきゃなんないし、返事するよ」
「あ、あの、店長さんに無断でそんな……」
震える声で抵抗を試みるが、クルィーロは呆れ声を返した。
「ネットに公開されてる情報だし、二人が知り合いなの、君も知ってるだろ?」
薬師アウェッラーナは、買物の一覧を確認して心を落ち着かせる。
兄は最近、血圧が上がり始めた。【見診】の術では正確な数値まではわからないが、年齢的によくない傾向だ。どの薬が合うか【見診】で確認しながら、何種類か試したい。
ホールマ市で買った【思考する梟】学派の魔道書で素材を確認し、手帳に控えて来た。
いずれも、【思考する梟】学派か【飛翔する梟】学派の資格がなければ購入できない。完成品の薬も、処方箋なしでは患者に渡せないものだ。
難民キャンプでも需要が高そうだが、あちらはファーキルとマリャーナが何とかするだろう。
ノックの音で、スキーヌムが壁に張り付いた。
返事を待たず、声と同時に扉が開く。
「お待たせー」
運び屋フィアールカとクラウストラの組合せは、初めて見た。扉を閉めると、五人でぎゅうぎゅうだ。
素材屋の店主プートニクが、奥から顔を出す。
「商売の邪魔しちゃって悪いわね。すぐ出るから」
「別に構わんが、大丈夫なのか?」
「流石に王都で荒事はないでしょうよ。腐ってもフラクシヌス教徒なんだから」
「まぁな」
「クルィーロさんは、このまま獅子屋さんに跳んで。ローク君には私から説明するから、呪符屋には寄らないですぐ移動放送局へ帰って」
「了解」
「後の二人は、別々に宿を押えたわ」
「えッ?」
運び屋の一方的な説明に元神学生が不安を漏らす。
「おいおい、坊主、薬師の姐ちゃんと同じ部屋に泊まる気か?」
「いッ、いえ、そうではありませんが……」
プートニクが茶化すと、スキーヌムは真っ赤になって俯いた。
「坊やは今から宿へ行って、一歩も出ないで。食事は部屋に運ばせるわ」
「えッ……」
「西神殿の書庫には、私が明日、案内するから」
顔を上げたスキーヌムが渋々頷く。
「薬師さんには、私が付き添います」
クラウストラは会う度に顔が違い、青薔薇の髪飾りがなければわからない。
「有難うございます。よろしくお願いします」
念の為、三組は少しずつ時間を置いて素材屋を出た。
☆武装してアーテル軍の基地を襲った元キルクルス教神学生のローク……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆ゲリラに魔法薬を提供した薬師アウェッラーナ……「323.街へのお使い」参照
☆レフレクシオ司祭を刺して逃亡犯となったヂオリート……「1075.犠牲者と戦う」~「1077.涸れ果てた涙」「1119.罪負う迷い子」参照
☆ジャーニトルたちが抜けるのを快く承諾……「837.憂撃隊と交渉」「838.ゲリラの離反」参照
☆移動販売店プラエテルミッサの者たちを逃がしてくれた……「470.食堂での争い」「471.信用できぬ者」「472.居られぬ場所」参照
☆二人が知り合いなの、君も知ってる……「1339.熟練工の喩え」「1340.向こう岸では」参照
☆ホールマ市で買った【思考する梟】学派の魔道書……「1507.魔道書の本屋」参照




