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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1675.逃亡犯の依頼

 「よぉ、坊主。また来たか。調子はどうだ?」

 素材屋プートニクは、先客と入れ違いで入店した三人を愛想よく迎えた。


 「あ、は、はい、お陰様で、大丈夫です」

 スキーヌムの声は震えて裏返ったが、一応言えた。震えが止まらない手で、呪符屋のゲンティウス店長から預かった封筒を差し出す。

 「こないだ採ったばっかの新鮮なのがある。ちょっと待ってろ」

 大柄で強面の魔法戦士プートニクが奥へ引っ込むと、スキーヌムは大きく息を吐いた。鞄から、店長に預けられた交換品を出してカウンターに並べる。


 この素材屋には、呪符屋のような待合の椅子がない。

 カウンターも三人並べばいっぱい。客が大勢来る業種ではなく、安全対策上、商品を店頭に陳列できないから、こんな造りなのだ。

 アウェッラーナは、何もない店内を見回して感心した。


 ……同じ素材屋さんでも、呪符や防具用と、魔法薬用じゃ、全然違うのね。



 「じゃ、とっつぁんによろしくな~」

 「は、はい! 必ずお伝え致します」

 取引はあっさり終わり、スキーヌムはゼンマイ人形のようにぎこちない動きで店を出た。

 「おいおい、世間話のひとつもできねぇくらい忙しいのか?」

 プートニクが苦笑する。

 「えっ? いえ、別に……」

 「次は私の用事で別の素材屋さんに行きますけど、そんな急ぎませんよ」


 クルィーロが、店の外を覗いて息を呑む。

 不穏な空気にプートニクが声を低くした。

 「どうした?」

 クルィーロは動かない。


 「スキーヌム君、久し振り。魔法使いになる決心、ついだんだ?」

 口調は親しげだが、得体の知れない何かが粘り付き、薬師アウェッラーナは鳥肌が立った。スキーヌムの応えはない。

 プートニクがカウンターに身を乗り出し、アウェッラーナは壁際に寄った。

 「あれっ? あなた、ロークさんのお知り合いですよね? こんな所で何を?」

 「えっ? 何って仕事だけど。今日、君一人? あのお婆さんは?」

 クルィーロの声は感情を押し殺して平板だ。


 報告書の記述が、アウェッラーナの脳裡(のうり)を閃光のように走った。


 ……もしかして、ルフス光跡教会で司祭を刺した神学生?


 クルィーロの背に遮られ、壁際からは外が見えない。一人らしいが、いきなり人を刺した前科のある人物だ。力なき民とは言え、油断できない。

 「お仕事って、このお店にお勤めなのですか?」

 「まさか。おつかい代行だよ。特定の店に雇われてるワケじゃない」


 アウェッラーナは店の壁に張り付き、クルィーロが質問をさりげなく(かわ)すのを聞く。万一、危害を加えられた場合に備え、治療に使う呪文を頭の中で繰り返し確認した。


 「そうですか。では、ロークさんに手紙を届けて下さい」

 「魔法で行けるの、よく知ってるとこだけだし、どこに居るかわかんない人には届けらんないよ」

 「チェルノクニージニクの獅子屋と言う料理店に預けて下さい」


 ネモラリス人ゲリラの老婦人シルヴァから、クルィーロたちがランテルナ島に居たコトはとっくに伝わったようだ。土地勘のないフリでは断れない。


 「その店で、スキーヌム君と一緒に食事をするのを見ました」

 「えぇ? ネモラリス島の街じゃなくて?」

 逃亡中の殺人未遂犯は質問を無視し、静かな声で畳みかける。

 「有名店ですから、現地で誰かに聞けば、すぐわかりますよ」

 「ランテルナ島だったら、お婆さんに預ければいいんじゃない?」

 クルィーロは平静を装って遠回しに断る。


 「シルヴァさんには知られたくないのです。別行動中にお会いできたのは、天に(またた)()(ともしび)のお導きとしか思えませんよ。ねぇ、スキーヌム君?」

 「えっ……えっと、ヂオリート君は、今、この街に住んでいるのですか?」

 スキーヌムが明後日の方向へ質問を飛ばす。

 元同級生は喉の奥で低く笑った。

 「君こそ、こんな魔法使いだらけの街で何をしているのです?」

 「あ、あの、僕は……」

 「わかった。手紙の配達、引受けるよ。君は力なき民だから、自力でランテルナ島へ渡れないんだよな」

 クルィーロは殊更(ことさら)に大きな声で言い、スキーヌムの答えを掻き消した。


 「ローク君の返事も、その店へ預けてもらうのか?」

 「書いてくれるかわかりませんが、少なくとも、彼の手には渡るでしょう」

 「俺がちゃんと届けたか、どうやって確認するんだ? 報酬は?」


 クルィーロの疑問は(もっと)もだ。

 報酬を先払いすれば、届けずに誤魔化せてしまう。だが、後払いでは、こちらがもらいそびれる。


 「読めば、ローク君は必ず動きます。手付はお支払いしますよ。残りは彼が動いてから、獅子屋さんに預けます」

 「ん? 君、ずっと王都に居るんじゃなくて、ランテルナ島へ行く予定があるんだ? だったら、自分で預ければいいんじゃない?」

 「なるべく早く、伝えたいのです」

 逃亡犯ヂオリートの声に苛立ちの棘が生える。


 ……あんまり刺激しない方がいいと思うけど。


 手紙の配達を頼む以上、いきなり刃物で襲いはしないだろうが、痺れを切らして他の者へ依頼されても困る。

 ヂオリートがロークに何を伝える気なのか、わからないのは不安だ。

 アウェッラーナは息を殺して聞き耳を立てる。


 「そんなに急ぐんだ?」

 「手紙を書きますから、この間のカフェに行きましょう」

 クルィーロが店名を確認する声と、スキーヌムの泣きそうな声が重なる。

 「あっ、ま、待って下さい!」

 「スキーヌム君は穢れた力があるだけで、魔法使いではないのでしょう? 何もできないのについて来てどうするのです?」

 息を呑む音はしたが、返事はない。


 「おい、眼鏡の小僧! 忘れモンだ!」

 プートニクが怒鳴り、スキーヌムは店内に飛び込んだ。

☆素材屋プートニク……「1301.王都の素材屋」「1302.危険領域の品」参照

☆あのお婆さん……「1275.こんな場所で」~「1279.愚か者の灯で」参照

☆ルフス光跡教会で司祭を刺した神学生……「1075.犠牲者と戦う」~「1077.涸れ果てた涙」参照

☆どこに居るかわかんない人……前回会った時、ロークの所在についてとぼけた「1276.腹の探り合い」「1277.噛み合わぬ話」参照

☆その店で、スキーヌム君と一緒に食事……「1119.罪負う迷い子」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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