1675.逃亡犯の依頼
「よぉ、坊主。また来たか。調子はどうだ?」
素材屋プートニクは、先客と入れ違いで入店した三人を愛想よく迎えた。
「あ、は、はい、お陰様で、大丈夫です」
スキーヌムの声は震えて裏返ったが、一応言えた。震えが止まらない手で、呪符屋のゲンティウス店長から預かった封筒を差し出す。
「こないだ採ったばっかの新鮮なのがある。ちょっと待ってろ」
大柄で強面の魔法戦士プートニクが奥へ引っ込むと、スキーヌムは大きく息を吐いた。鞄から、店長に預けられた交換品を出してカウンターに並べる。
この素材屋には、呪符屋のような待合の椅子がない。
カウンターも三人並べばいっぱい。客が大勢来る業種ではなく、安全対策上、商品を店頭に陳列できないから、こんな造りなのだ。
アウェッラーナは、何もない店内を見回して感心した。
……同じ素材屋さんでも、呪符や防具用と、魔法薬用じゃ、全然違うのね。
「じゃ、とっつぁんによろしくな~」
「は、はい! 必ずお伝え致します」
取引はあっさり終わり、スキーヌムはゼンマイ人形のようにぎこちない動きで店を出た。
「おいおい、世間話のひとつもできねぇくらい忙しいのか?」
プートニクが苦笑する。
「えっ? いえ、別に……」
「次は私の用事で別の素材屋さんに行きますけど、そんな急ぎませんよ」
クルィーロが、店の外を覗いて息を呑む。
不穏な空気にプートニクが声を低くした。
「どうした?」
クルィーロは動かない。
「スキーヌム君、久し振り。魔法使いになる決心、ついだんだ?」
口調は親しげだが、得体の知れない何かが粘り付き、薬師アウェッラーナは鳥肌が立った。スキーヌムの応えはない。
プートニクがカウンターに身を乗り出し、アウェッラーナは壁際に寄った。
「あれっ? あなた、ロークさんのお知り合いですよね? こんな所で何を?」
「えっ? 何って仕事だけど。今日、君一人? あのお婆さんは?」
クルィーロの声は感情を押し殺して平板だ。
報告書の記述が、アウェッラーナの脳裡を閃光のように走った。
……もしかして、ルフス光跡教会で司祭を刺した神学生?
クルィーロの背に遮られ、壁際からは外が見えない。一人らしいが、いきなり人を刺した前科のある人物だ。力なき民とは言え、油断できない。
「お仕事って、このお店にお勤めなのですか?」
「まさか。おつかい代行だよ。特定の店に雇われてるワケじゃない」
アウェッラーナは店の壁に張り付き、クルィーロが質問をさりげなく躱すのを聞く。万一、危害を加えられた場合に備え、治療に使う呪文を頭の中で繰り返し確認した。
「そうですか。では、ロークさんに手紙を届けて下さい」
「魔法で行けるの、よく知ってるとこだけだし、どこに居るかわかんない人には届けらんないよ」
「チェルノクニージニクの獅子屋と言う料理店に預けて下さい」
ネモラリス人ゲリラの老婦人シルヴァから、クルィーロたちがランテルナ島に居たコトはとっくに伝わったようだ。土地勘のないフリでは断れない。
「その店で、スキーヌム君と一緒に食事をするのを見ました」
「えぇ? ネモラリス島の街じゃなくて?」
逃亡中の殺人未遂犯は質問を無視し、静かな声で畳みかける。
「有名店ですから、現地で誰かに聞けば、すぐわかりますよ」
「ランテルナ島だったら、お婆さんに預ければいいんじゃない?」
クルィーロは平静を装って遠回しに断る。
「シルヴァさんには知られたくないのです。別行動中にお会いできたのは、天に瞬く知の灯のお導きとしか思えませんよ。ねぇ、スキーヌム君?」
「えっ……えっと、ヂオリート君は、今、この街に住んでいるのですか?」
スキーヌムが明後日の方向へ質問を飛ばす。
元同級生は喉の奥で低く笑った。
「君こそ、こんな魔法使いだらけの街で何をしているのです?」
「あ、あの、僕は……」
「わかった。手紙の配達、引受けるよ。君は力なき民だから、自力でランテルナ島へ渡れないんだよな」
クルィーロは殊更に大きな声で言い、スキーヌムの答えを掻き消した。
「ローク君の返事も、その店へ預けてもらうのか?」
「書いてくれるかわかりませんが、少なくとも、彼の手には渡るでしょう」
「俺がちゃんと届けたか、どうやって確認するんだ? 報酬は?」
クルィーロの疑問は尤もだ。
報酬を先払いすれば、届けずに誤魔化せてしまう。だが、後払いでは、こちらがもらいそびれる。
「読めば、ローク君は必ず動きます。手付はお支払いしますよ。残りは彼が動いてから、獅子屋さんに預けます」
「ん? 君、ずっと王都に居るんじゃなくて、ランテルナ島へ行く予定があるんだ? だったら、自分で預ければいいんじゃない?」
「なるべく早く、伝えたいのです」
逃亡犯ヂオリートの声に苛立ちの棘が生える。
……あんまり刺激しない方がいいと思うけど。
手紙の配達を頼む以上、いきなり刃物で襲いはしないだろうが、痺れを切らして他の者へ依頼されても困る。
ヂオリートがロークに何を伝える気なのか、わからないのは不安だ。
アウェッラーナは息を殺して聞き耳を立てる。
「そんなに急ぐんだ?」
「手紙を書きますから、この間のカフェに行きましょう」
クルィーロが店名を確認する声と、スキーヌムの泣きそうな声が重なる。
「あっ、ま、待って下さい!」
「スキーヌム君は穢れた力があるだけで、魔法使いではないのでしょう? 何もできないのについて来てどうするのです?」
息を呑む音はしたが、返事はない。
「おい、眼鏡の小僧! 忘れモンだ!」
プートニクが怒鳴り、スキーヌムは店内に飛び込んだ。




