0171.発電機の点検
図書館に来て三日目。
みんな頭が飽和状態なのか、黙々と地図を書き写す作業に専念する。
レノは一人、図書館の玄関先で保存食の堅パンを焼く。
クルィーロが熾してくれた魔法の【炉】は火力が一定だ。
オーブンのように放置できず、手でフライパンの高さを変えて火加減を調節しなければならない。
今日も空はよく晴れて、風は冷たかった。
……パン、焼き上がったら、何を勉強しようかな?
少し視線をずらせば、人気のない廃墟の街だ。
人の暮らしのある場所でなければ、これまでの知識は通用しない。
そこに辿り着くまで、なんとか生き残らなければならない。
力なき民の自分たちが、なるべくクルィーロたち「魔法使い」に負担を掛けないようにしたい。
……もうちょい役割分担しっかりして、クルィーロたちは、魔法使いにしかできないことに専念してもらいたいよな。
この【炉】もそうだ。燃料があれば、わざわざ魔法を使ってもらわなくて済む。
何から何までおんぶにだっこでは、二人の負担が大き過ぎる。
……野営の本、読もうかな?
レノは人っ子一人居ない街を見ながら、堅パンを焼き続けた。
昼食後、レノはしっかり冷まして湯気を飛ばした堅パンを保存容器に小分けし、トラックの荷台に片付けて図書館に入った。
軍事の棚で野営の本を探す。ミリタリーマニア向けの読み物がみつかった。
レノは、書き物台に座ってページを捲る。
目次をざっと見て、火の熾し方、飲料水の調達方法、寒さの凌ぎ方、魔物の防ぎ方などの項目を読む。
装備品は、軍用と民生で違うものが多いらしい。
そもそも今は、何も手に入らない。
……魔法や便利な道具がなくても案外、何とかなることって多いんだな。
魔力なしで魔物から身を守る方法として、ソルニャーク隊長たちが言ったのと同じ手段をみつけた。
気休め程度だが、全く無意味ではないと言う趣旨の言葉が添えてある。
絶望して取り乱せば、生存率が下がる。
自分に何ができて、何ができないか。よく弁えて、事前の準備を怠りなく、手持ちの道具を最大限に活用することが重要だ。
ひとつ、とても有用な情報がみつかり、レノは胸が躍った。
発生直後の弱い雑妖は、天日干しの塩を撒けば追い払える、とあった。
神殿では、年始に呪印を刺繍した小袋に詰めた塩をもらえるが、お布施が高いのでオレオール家では買ったことがない。
……家の中は掃除が大変そうだけど、外なら遠慮なくイケるな。
レノは、ラキュス湖沿岸部の方が、内陸部よりも魔物が少ない理由がわかった気がした。
大いなるラキュスは塩湖だ。湖岸の土地は塩分を多く含む。
これが、昔から言われる「湖の女神のご加護」であり、魔法使いが居ないリストヴァー自治区の住民が、全滅しない理由のひとつなのだろう。
湖水に棲む魔物は、既に塩が効かないくらい強い。
放送局の厨房から持ち出した塩は多くない。
レノは少し考え、護符代わりに一人当たり大匙一杯分ずつ配ることにした。
湖岸沿いの道に出れば、いくらでも補充できる。
身を守る手段がみつかってペンを持つ手が軽い。
各項目の要点をまとめ、ティスが作った即席のメモ帳に記録した。
「今日、ここを出る前にちょっと、発電機がちゃんと動くかどうか、試してみたいんだ」
朝食を摂りながら、クルィーロが言った。
運転席の後ろの小部屋で、発電機の取扱説明書をみつけた。
発電機は小部屋の床下に格納してある。燃料はトラックと同じ軽油だ。
「どのくらい掛かりそうだ?」
「動くかどうか見るだけなんで、すぐですよ。走行中は無理なんで……」
ソルニャーク隊長の問いにクルィーロが簡潔に答える。
ロークが恐る恐る質問した。
「あの……それ、もし壊れてたら、スイッチ入れた途端に爆発とか……」
「少し前まで普通に使ってたみたいだし、大丈夫だと思うよ」
「あの、心配でしたら、排気孔以外を水で包みますよ?」
クルィーロとアウェッラーナに言われ、ロークは納得して頷く。
それ以外は特に反対が出ず、朝食後すぐ点検することになった。
念の為、他のみんなは図書館で待つ。
アウェッラーナが図書館の玄関前に立ち、【操水】で水を起ち上げた。クルィーロの誘導で車体の下に格納された発電機を囲む。
勿論、ただの気休めだ。
こんな所で爆発すれば、トラックは走行不能になってしまう。
クルィーロは大丈夫だと思ったからこそ、気休めでロークを誤魔化したのだ。
燃料はタンクの九分目くらいある。クルィーロは取扱説明書を見ながら発電機を起動した。
☆ソルニャーク隊長たちが言ったのと同じ手段……「0069.心掛けの護り」「0096.実家の地下室」参照




