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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1663.もう一度学ぶ

 ファーキルが編集した歴史動画には、レノの知らない情報が多かった。


 フラクシヌス教の神話に科学的な裏付けがある。

 この一事だけでも、レノには衝撃だ。


 ……科学でも、こんな大昔のコトまでわかるのか。


 てっきり、【(ただ)しき燭台】か何か魔法の道具で調べたのだとばかり思った。

 キルクルス教徒は、ラキュス湖の出現年代が、地質調査で特定されたことをどう解釈するだろう。


 徐々に拡大したのではなく、一気に現在と同じ領域が水没したらしい。湖底となった低地に住む者たちは、無事に逃げられただろうか。

 旱魃(かんばつ)の龍の乾きを生き延びても、飛べない生き物は湖水の底だ。


 ……力ある民は【跳躍】とか【飛翔】で逃げられるけど。


 フラクシヌス教は、ラキュス湖と、旱魃の龍の封印を維持する為に作られた。

 キルクルス教は、兵器化した魔法生物の暴走による惨禍の反省から生まれた。


 成立の経緯が全く違う。

 価値観が異なるのは、当たり前だ。


 レノは、白壁に投影された動画を瞬きも忘れて見詰める。

 平和な頃なら、この歴史動画が退屈で居眠りしただろう。

 今のレノは、ラキュス湖地方と、他地域の歴史をもっと知りたいと思う。

 何が異なり、何が共通するのか。


 ……学校でもっとちゃんと勉強しとけばよかったな。


 あまり勉強が得意ではなく、体育と家庭科以外はギリギリの成績でどうにか卒業した。聞いてもわからない授業は、何をどう質問すればいいかすらわからず、退屈で居眠りが多かったせいだ。

 そっと教室を見回したが、旧直轄領の村の神官も、先生も、村長と身内も、誰も居眠りなんかしない。地図と短い文章、音楽で構成された動画を食い入るように視聴する。



 三界の魔物が実戦で使われた古代の大戦争は、約四千三百年前、アルトン・ガザ大陸北部の国から始まったらしい。

 だが、兵器である三界の魔物が、軍の手を離れて暴走。人間同士の戦争どころではなくなった。


 ……改めて説明されると、バカみたいなコトしてたんだな。


 レノはキルクルス教が学問を重視する理由がわかった気がした。

 三界の魔物の最初に作られた最大の一体を封印したのは、開発、兵器化したアルトン・ガザ大陸の人々ではなく、ラキュス湖周辺地域、特に湖北地方の人々だ。

 最後の戦いには、当時のプラティフィラ帝国だけでなく、世界中から強力な魔法戦士や優秀な研究者が、この地域に集まった。

 現在、ラキュス湖周辺地域で暮らす陸の民の肌や髪、瞳の色は様々だ。


 最古にして最大の三界の魔物が、ラキュス湖北地方、現在のムルティフローラ王国に封印された件は、キルクルス教の聖典にも明記された。

 レノには、それを知りながら何故、キルクルス教徒が魔法使いを白眼視するのかわからない。

 困惑を置き去りにして、ファーキルが作った歴史動画は、どんどん進む。



 BGMは「神々の祝日の為のメドレー」だ。

 フラクシヌス教の神々を讃える曲と、キルクルス教の聖歌が、切れ目なく綴り合わされ、ひとつの流れを成す。



 ラキュス湖半とアルトン・ガザ大陸で、それぞれ時代が流れ、数百年前まで年表が進む。

 アルトン・ガザ大陸北部には、魔法文明国も両輪の国もない。すべて、キルクルス教を信仰する科学文明国だ。

 バルバツム連邦など、信教の自由を憲法に明記する国はあるが、キルクルス教徒が圧倒的多数を占め、社会はキルクルス教を中心に回る。


 アルトン・ガザ大陸南部は、三界の魔物との戦いで弱体化したものの、魔法文明圏だ。

 三界の魔物との戦いで土地の魔力が減少し、魔法文明は衰退したが、まだ魔法を使えるが故に科学文明があまり発達しなかった。現在も、魔法と科学、どちらも中途半端な両輪の国が多い。


 北部の国々は、科学文明を著しく発展させ、銃火器など新しい兵器による強力な武力で、南部の「劣った国々」を植民地化した。



 〈民族自決〉



 白壁に現れた文字を目にした瞬間、レノは胸の奥が痛んだ。

 報告書で何度も目にした。


 ……半世紀の内乱の原因。


 動画は、アルトン・ガザ大陸南部の独立戦争を語る。

 植民地支配からの解放――自由と独立を求める闘争。

 遠く鵬大洋(ほうたいよう)を越え、ラキュス湖畔からも、独立を支援する者が現れた。


 アルトン・ガザ大陸の地図が表示され、南部の各地で発生した独立戦争の名称と年代が、現れては消える。



 ラキュス湖畔へのキルクルス教の伝道と、民主主義の概念の伝播は、同じ時期の出来事だ。当時は、どちらも大して問題視されず、なんとなく受け容れられた。


 キルクルス教は当時、力なき民が多く居住するアーテル地方、ラニスタ王国、湖東地方で静かに広がった。

 ラキュス・ラクリマリス王国は、フラクシヌス教の聖地を擁するが、力なき民の改宗を黙認する。神々の祝日には、キルクルス教徒も祭に加わり、互いの神を讃えて信仰を認め合った。



 ラキュス湖周辺地域には、「植民地」の概念自体がなかった。

 キルクルス教と共に伝来した〈民主主義〉と、独立戦争を支援した者たちが持ち帰った〈民族自決〉の思想は、コップの水にインクを垂らしたように広がる。


 ふたつの色の内、民主主義の方が先に染み渡った。


 時代の波に押され、ラキュス湖畔の王国も、次々と民主化する。

 植民地支配などの隷属関係がなく、王家と民の関係が良好な国でも、熱に浮かされたように統治権が民の手に譲渡された。


 ラキュス・ラクリマリス王国も、そんな無血革命が行われた国のひとつだ。

 レノにとっては、産まれる遙か以前の歴史の一コマだが、五百年以上生きる葬儀屋アゴーニにとっては、若い頃に経験した思い出だ。


 アゴーニの表情は動かず、どんな思いでこの動画を見るか、わからなかった。

☆ファーキルが編集した歴史動画……「1563.ふたつの歴史」~「1565.紛争の起爆剤」参照


☆旱魃の龍

 現在の状態……「684.ラキュスの核」参照

 神話の絵本……「671.読み聞かせる」参照

 湖水との関係……「821.ラキュスの水」「874.湖水減少の害」「1391.二年目の舞台」参照

 信仰上の認識……「534.女神のご加護」「542.ふたつの宗教」「579.湖の女神の名」「1307.すべて等しい」「1309.魔力を捧げる」参照

 民衆の認識……「0234.老議員の休日」「487.森の作戦会議」「536.無防備な背中」「604.失われた神話」「605.祈りのことば」「670.避難者の憂鬱」参照


☆成立の経緯が全く違う……「1026.関心が異なる」参照

☆三界の魔物が(中略)キルクルス教の聖典にも明記……「1072.中途半端な事」「1073.立ち止まろう」参照

☆神々の祝日の為のメドレー……「295.潜伏する議員」「310.古い曲の記憶」参照


☆バルバツム連邦など、信教の自由を憲法に明記する国……「0203.外国の報道は」「290.平和を謳う声」参照

 バルバツム連邦……「434.矛盾と閉塞感」「812.SNSの反響」「0993.会話を組込む」「1027.工業団地計画」「1033.拒絶をほぐす」「1425.掴めない糸口」参照


☆無血革命……「0059.仕立屋の店長」「370.時代の空気が」「858.正しい教えを」「1564.壊された平和」参照

☆力なき民の改宗を黙認……「588.掌で踊る手駒」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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