1661.機材を据置く
レノとクルィーロは、ファーキルからデータが詰まったタワー型パソコンと周辺機器、蓄電池付きの魔力発電機、それに説明書と教材用の冊子を渡され、ネモラリス島南東部へ戻った。
「一日で二カ所って、やっぱ、ゆっくり話す暇なかったな」
「そうだな」
レノの頭の中はパソコンの設置手順で飽和状態。クルィーロの話が右から左へ抜けてゆく。
もう夕方で、旧直轄領の村は、各家庭の夕飯の匂いが入り混じる。
校庭に子供たちの姿はないが、校舎は一部屋だけ明かりが漏れる。
「職員室かな?」
「え? 今から行くのか?」
「校長先生が居たら、忘れない内に説明したいんだけど」
レノは、一晩寝たら忘れる自信がある。
「えーっと、じゃあ、ちょっと話だけしに行こうか。明日以降って言われるだろうけど」
二人は移動放送局のトラックに顔を出さず、明かりが漏れる窓の傍へ行った。
思った通り、職員室だ。
数人の教員が机に向かう姿が見えたが、校長の姿はない。レノは思い切って窓をノックした。一人が気付いて怪訝な顔で窓を開けた。
「どうされました?」
「遅くにすみません。校長先生に頼まれた件、何とかなったので、取り急ぎお伝えしたくて」
「まだ、校長室にいらっしゃいますよ」
緑髪の教員は残業を中断し、わざわざ校舎から出て案内してくれた。
校長室は、職員室と廊下を挟んだ向かいだ。こんな時間にも拘らず、すぐ通してくれた。
教員が自分の仕事へ戻るのを待って、クルィーロが用件を切り出す。
「遅くに恐れ入ります。データ入りの端末が、手に入りました」
「恐れ入ります。今、拝見させていただいてよろしいですか?」
「どこに設置しましょう?」
「設置?」
緑髪の校長は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で聞き返した。
「学校で、子供たちの教育に使うって言ったら、タブレット端末じゃなくて、画面が大きいパソコンと投影機を用意してくれたんです」
「こっちの機械は、それ用の蓄電池付き魔力発電機です」
レノは布袋を上げてみせた。
クルィーロが軽く説明する。
「発電機とパソコンと画面と投影機を繋げば、白い壁とかにOHPより大きくて鮮明な映像を投影できます」
「……と、なると、ここでは狭いか……予備の教室へ行きましょう」
レノとクルィーロは、マスターキーを手にした校長について行った。
理科室の手前の教室に入る。
校長は分厚いカーテンを閉めたまま【灯】を点した。教室には電源がなく、天井にも照明器具がない。
レノはクルィーロと二人で椅子を除け、木製の机四台を黒板とは反対側の壁の前に寄せて、一塊にした。
まず、レノが袋から蓄電池付き魔力発電機を出して置く。
「これが電源スイッチで、必ず切った状態で上の蓋を開けて下さい」
蓋を取って動力源として設置された【魔力の水晶】を見せる。校長は頷きながら手帳に控えた。
「十二個の【水晶】に魔力を充填してから、蓋して下さい」
クルィーロがスーツケースからパソコン本体、マウス、キーボード、液晶画面、プロジェクターとケーブル類、説明書を次々と出して机に並べた。
「こんなに……」
長命人種の校長が息を呑む。機器を初めて目にしたらしく、不安そうに大量の機材を見守る。
「組立ては俺がします。後で外さなければ、大丈夫ですよ」
クルィーロはにっこり笑って手際よく配線を繋ぎ、機械類を使い勝手がよさそうな位置に並べた。タブレット端末で写真を確認して満足げに頷く。
レノは手帳を開いて、手順を確認した。
「まず、発電機のスイッチを入れてから、蓋に書いてある発動の合言葉を唱えて下さい」
校長が恐る恐る操作し、力ある言葉を唱えた。スイッチ横に緑の灯が点灯する。
「次、パソコン本体と画面の電源を入れて下さい」
各機器の説明書は分厚い。ファーキルが、紙一枚に操作手順を図入りでまとめてくれた。クルィーロは、まとめと実際の機器を示しながらゆっくり説明する。
校長が、クルィーロに教えられたパスワードを手帳に控え、指一本でたどたどしく入力した。
ファーキルは手許を見ず、何でもないことのように両手で入力するが、実は凄いことだったらしい。
表示された画面の隅にには、「データ」と書かれた小さい書類入れの絵と、プロジェクターの絵だけがある。
「このフォルダにデータが色々入っています」
クルィーロが、マウスの動かし方を教える。
……いつの間に覚えたんだ?
校長は矢印を明後日の方向に飛ばしつつ、どうにか「データ」のフォルダを開いた。映像、文章、写真、ニュース、取扱説明書。フォルダ内には簡潔な名称のフォルダが並ぶ。
校長はフォルダを順に開け、震える声で礼を言った。
クルィーロが表情を引き締める。
「先生の中には、神政復古派って居ませんか?」
「残念ながら、三人居ます」
レノは今頃、その可能性に気付いた。
「でも、他の先生に内緒って無理だろ?」
「この教室に……扉と窓全部に【鍵】掛けて窓割られないように【頑強】掛けるくらい?」
クルィーロが難しい顔で対策を捻り出すと、校長は同じ顔で頷いた。
「取敢えず、最後まで説明しますね」
クルィーロが、動画の再生方法とプロジェクターの使い方を説明し、当たり障りなさそうな「この大空をみつめて」の動画を白い壁に投影させる。
「天気予報にこんな歌があったんですね」
「えっ? 長命人種の人も知らないんですか」
「レコードあるのに? 発売されなかったのかな?」
レノとクルィーロが首を傾げ、校長も何とも言えない顔で首を捻った。
ニプトラ・ネウマエの歌を最後まで聴いて、クルィーロは各機器の電源の切り方を実演する。
「じゃ、今度は校長先生がイチからしてみて下さい」
校長は手帳を見ながら、おっかなびっくり発電機を起動し、パソコンとプロジェクターを操作する。飲み込みが早く、たった一回の説明で、複雑な操作を間違いなくこなした。
ニュースと文章はすべてPDF化し、書き換えられなくしてある。
「それとこれ、歴史動画の説明書です」
「有難うございます。明日、あなた方とジョールチさんたちも交えて、神官と教職員の試写会をしようと思うのですが、ご都合よろしいでしょうか?」
「俺たちは蔓草細工ができるまで居るんで、別にいいんですけど」
「神政復古派の先生、三人も居るんですよね?」
レノとクルィーロが同時に懸念を口にする。
「神官は三人とも民主派なんです。どうせなら、早めに立会いの下で見せた方がいいと思うのですが、どうでしょう?」
「わかりました。ジョールチさんに聞いてみます」
二人は空の袋とスーツケースを持ち、ひとまず移動放送局のテントに帰った。




