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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1659.足りない教材

 「じゃ、ピナとティス、お菓子配り頼む」

 「うん。お兄ちゃんも、呪符よろしくね」

 レノは翌朝、妹たちに昨日焼いた菓子の件を頼み、クルィーロと二人で旧直轄領の村を出た。行き先は、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニク。いつもの呪符を買いに行く。



 呪符屋に入ると丁度、運び屋フィアールカの姿があった。

 カウンターには珍しく、ロークともう一人の店番が揃う。

 「あら、おはよう。今日は早いのね」

 「おはようございます。午前中に済まそうかなって思って」

 緑髪の運び屋が愛想良く笑い、つい先日、アミトスチグマ王国で会ったばかりのクルィーロが応じる。


 眼鏡の少年スキーヌムが、以前より慣れた手つきで紅茶を淹れる。フィアールカの前に置いた紅茶はいい色だ。


 ……ちゃんとできるようになったんだな。


 レノの口許が我知らず(ほころ)ぶ。

 スキーヌムは、薬罐からティーポットにお湯を注ぎ足し、茶器を二脚並べた。

 ポットを掴んだ手をロークが止める。

 「ちょっ……それ、店長さんたちに出涸らし出す気か?」

 「えっ……?」

 「あー、いいよいいよ。お茶っ葉ちょっと足してくれたら」

 レノが言うと、スキーヌムは泣きそうな目でティーポットを置いて(うつむ)いた。


 「私も今来たとこ。丁度いいから、あなたたちも彼の報告、聞いてく? 急ぐんなら後でデータだけ渡すけど」

 「いえ、そんなに急がないんで、大丈夫です」

 クルィーロが言って、カウンター席に腰を下ろす。レノも座って、必要な呪符のメモをロークに渡した。

 フィアールカの前には、タブレット端末が二台ある。


 ロークはメモを見て、呪符の棚に手を伸ばして言った。

 「この間から、アーテル本土の教会と図書館を調べてるんです」

 「図書館? 調べ物?」

 レノが聞くと、ロークは呪符を出す手を止めず、肩越しに振り向いて答えた。

 「本がどれくらい残ってるか、調べに行ったんです」

 「えっ? 中身じゃなくて、本自体?」

 クルィーロが青い目を丸くする。


 「この紅茶、ちゃんと美味しいわよ」

 フィアールカが茶器を手にして微笑むと、スキーヌムはやっと顔を上げて動き出した。ロークは一瞬、同僚に不快げな視線を投げたが、すぐ表情を消して報告を続ける。

 「予想通り、受験関係の本は一冊も残ってませんでした」

 「え? それって全部貸出中? それとも、泥棒?」

 「貸出中でした。参考書すら買えない貧困層が、図書館で紙の本を借りて家で勉強するんです」

 「あー……ん? でも、魔獣が出るから外出禁止で学校休みなんだろ?」

 クルィーロが首を傾げる。


 スキーヌムは、呪符を出すロークをちらちら窺いながら、茶器に紅茶を注いだ。


 「教会も、学習会で人いっぱいでしたよ」

 ロークの声音には、皮肉な笑いが混じる。

 公衆電話の順番待ちなど、人の集まる場所は魔獣に襲われがちだ。

 「食品会社から寄付された期限切れの保存食とかも配ってました」

 「教会に人が集まり過ぎて、いつかルフス光跡教会みたいになりそうよね」

 運び屋フィアールカが、端末を二台同時につついて言う。一台に表示されるのは地図らしい。レノの位置からは、もう一台の表示までは見えなかった。


 「学習会や食糧配布は、貧困家庭が多い地区の教会だけでした。紙の教科書が少ししか残ってなくて、教科も揃ってませんでした」

 「アーテルって、紙じゃない教科書、あるんだ?」

 レノはロークの背中に聞いたが、答えたのは元神学生のスキーヌムだ。

 「はい。電子書籍の教科書が増えました。ダウンロードせず、出版社のクラウドに読みに行く方式だと、インターネットが使えない今、勉強できなくて困る人が多いでしょう」

 専門用語が多くてよくわからなかったが、レノには何をどう聞けばいいかわからなかった。


 クルィーロにはわかるらしく、当たり前のような顔で話を進める。

 「アーテル人って、みんな端末持ってるんじゃなかった? ファーキル君がしてるみたいに学校のパソコンに配線繋いでコピーとかできない?」

 「無断複製されると出版社が困りますから、コピーできない仕組みなのです」

 「それに、貧しい家は、子供の端末まで用意できませんよ。学校内では授業中だけ貸してもらえるけど、今は休校で使えなくて」

 「アーテル人も勉強できないんだ?」

 店番二人の答えにクルィーロが意外そうな声を出す。


 ……ピナたちも学校行けないけどな。


 「本屋さんでは、紙の参考書が爆発的に売れてますけど」

 「貧乏人置いてけぼりね。魔獣に襲われる覚悟で、教会の学習会へ通うしかないなんて」

 フィアールカが鼻で笑う。


 ロークが呪符を揃えて言った。

 「アーテルはギチギチの学歴社会だから、イイ学校出てないと就職が難しいそうです」

 「えぇッ? それって貧乏人は死ねってコト?」

 レノはアーテル政府の非情さに呆れた。

 「学校で教材印刷して配るとか、何かありそうなモンなのにな」

 「電子化とペーパーレス化が同時に進んで、印刷の予算が足りない学校が増えているのです」

 「へぇー、流石、詳しいんだなぁ」

 レノが感心すると、スキーヌムはほんのり頬を染めた。


 メモと呪符の現物を確認したロークが、封筒に入れながら言う。

 「中小の印刷会社がいっぱい潰れた後で降って湧いた特需だから、残った業者が死にそうになりながら刷ってますよ」

 「幾ら刷っても、おカネなかったら買えないよな」

 クルィーロが苦笑する。


 レノはふと疑問が口を衝いて出た。

 「キルクルス教って、“魔法に頼らないで勉強頑張ろう”みたいな教義なのに、勉強できない子が大勢居ンの、何で?」

 「学費は無料ですけど、どうしようもなく貧しい家の子は、生活費を稼ぐ為に高校や大学を中退して、軍に入ってますよ」

 レノは、ロークの淡々とした説明に冷や水を浴びせられた。

 出会ったばかりの頃、少年兵モーフが見せた荒んだ目を思い出す。


 「もしかして、兵隊にする為にわざと?」

 「そこまではわかりません」

 「難民キャンプもネモラリス本国の一部も、教材がなくて勉強できない子が多いけど、臨時政府は、学校辞めさせてまで軍に入るように仕向けてないわよ」

 「自主的に解放軍や憂撃隊に入る人は居ますけどね」

 アクイロー基地で戦ったロークが、イヤそうに言う。


 「難民キャンプ用の教材は、最近そこそこ寄付が集まったけど、アーテルの兵員増加対策もしなきゃなんないワケね」

 運び屋フィアールカは面倒臭そうだ。


 スキーヌムが急に思い出した顔で、紅茶を茶器に注ぐ。やや渋いが、飲めない程ではなかった。

☆アミトスチグマ王国で会ったばかりのクルィーロ……「1640.写真から読む」~「1647.島守の関係者」参照

☆以前より慣れた手つき……「1297.やさしい説明」参照

☆ルフス光跡教会みたい……「1072.中途半端な事」~「1077.涸れ果てた涙」参照

☆学習会や食糧配布……「1655.憎しみの連鎖」参照

☆アクイロー基地で戦ったローク……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照

☆難民キャンプ用の教材は、最近そこそこ寄付が集まった……「1592.勉強しない訳」→「1595.流出した人材」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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