1653.教会の勉強会
「そっちどうだったー?」
「受験に関係ある棚は空っぽばっかりだったよ」
今日のロークとクラウストラは【化粧】の首飾りで顔を変え、高校生っぽい服装で来た。休校で勉強できなくなって、図書館へ来た設定だ。
「えー? じゃあ、どうするの?」
「教会行く?」
「でも、図書館とか教会とか行くんじゃ、休校の意味なくなーい?」
貸出窓口の司書は、歩きながら声高に話す二人を見たが、何も言わなかった。
タブレット端末でダウンロード済みの地図を見ながら、住宅街へ向かう。
インターネットが使えなくなり、通信事業者が軒並み終戦まで手を出せないとの主旨の声明を出した為、街のあちこちに物体の掲示板が新設された。
バス停脇の掲示板には、古着回収のお知らせ、陸軍の新規隊員募集広告、教会で学習会をするとのボランティア団体の告知が貼り出してある。
端末は相変わらずインターネットに繋がらないが、撮影とデータの保存には支障ない。二人は、バス停を含めて掲示板全体と、各貼紙を個別に撮った。
バス停の支柱は、塗替えられたばかりなのか、随分キレイだ。クラウストラが支柱の根元を撮る。歩道のタイルも新しく、周囲のくすんだ色とは明らかに違う。
……あ、ここの小型基地局が爆破されたからか。
バス停には、それらしい機械が見当たらない。
歩道とバス停は役所やバス会社がすぐ修理できるが、通信設備は、大元の通信衛星アンテナと湖底ケーブルが復旧しなければ、末端の小型基地局だけを修理しても仕方がないからだろう。
アーテル共和国内だけの回線も、あちこちで交換局などがビルごと爆破され、電話すら使えない地区が未だに多い。
連続爆破から五カ月余り経つが、交換局の完全復旧もまだまだ先だ。
二人は、アパートや質素で小ぢんまりとした戸建住宅が並ぶ下町に入った。地図と撮ったばかりの貼紙で確認しながら歩く。
一車線道路を挟む小さな家々は、決して裕福とは言えない佇まいだが、清潔で、狭い路地を覗いても、雑妖は視えなかった。
道に人影はないが、洗濯機や掃除機の稼働音や、子供の声は聞こえる。
……魔獣と鉢合わせしたら終わりだし、家をキレイにして雑妖を寄せ付けないくらいしか、できるコトないもんな。
先日、調査したサリクス市でもそうだった。
商店街はシャッター街、スーパーと公衆電話に人が群がり、図書館は空っぽ。書店には何種類もの参考書が平積みされ、大手予備校が出版したものは並べる端から売れてゆく。
地方都市には、何とも言えない閉塞感が漂う。
家々の屋根の向こうに教会の塔が見え始めると、数人で連れ立って歩く中高生が何組も現れた。みんな、手提げ鞄や通学鞄を手にするが、学校はどこも魔獣対策で休校だ。
腕時計は、午前十時四十三分。
ロークは端末で、貼紙の画像を確認した。教会の中高生向け勉強会は、午前十一時からで、ボランティアが振舞う昼食を挟んで午後三時まで続く。
礼拝堂を覗くと、既に備えつけの長椅子はいっぱいだ。若い司祭とボランティアらしき男性たちが、壁際にパイプ椅子を並べる。
「お手伝いします」
「有難う」
ロークは司祭から二脚受取り、クラウストラと一脚ずつ広げる。ボランティアからも受取り、並べながら言う。
「ここも、もういっぱいなんですね」
「君は……初めましての子かな?」
「はい。ガレチャーフキって言います。ウチの教区は受験生優先で、他の学年は予約も受け付けてもらえないんです」
サリクス市のスーパーで耳にしたおばさんたちの愚痴だ。
「あー……今はどこもそんな感じですよね」
「ここは炊き出しも兼ねて、朝は小学生、昼は中高生に分けてるから、人数的にはアレだけど」
「うん。受験生優先って方針も、間違いではないと思うし、難しいよね」
ボランティアたちが、口々に同情や共感を寄せる。
「他の教区から来て、ごはんまでいただくの厚かましいですし、席も足りないみたいですし、教科書、撮らせていただけるだけでも有難いんですけど」
「紙の教科書は全然足りないからねぇ」
「教会を何カ所も回って集める子、大勢居るから」
「教科は何が足りないの?」
「ごはんも遠慮しないでね」
「最初はみんな撮るだけで、本格的に勉強するの二回目からなんだよ」
「席も足りないから、撮るだけ撮って、家で自習する子も結構居るし」
ロークは弱々しい微笑を浮かべ、親切なキルクルス教徒たちに感謝してみせる。
「有難うございます。図書館も空っぽで、ホント、困ってたんです」
ボランティアと中高生の流れに乗って、説教壇脇に設けられた撮影コーナーに移動した。
中高生が教科書を広げた長机を囲み、タブレット端末で熱心に撮る。たくさんのシャッター音が重なり、さながら記者会見会場だ。
「学年別で分けてあって、中学生は説教壇の反対側」
「有難うございます。高一と高二なんですけど……」
「じゃあ、こっちが一年生、二年生は隣」
ロークとクラウストラは、別々の長机に分かれ、撮影する高校生を観察する。
高校二年生の教科書は、五冊しかなく、どれも撮影中だ。
ロークの他に五人が、じれったそうに順番を待つ。服装に着古した感じはなく、栄養失調と言う程には痩せてもいない。貧困状態に転落したのは、比較的最近なのだろう。
教科書のデータがある子は、長椅子の肘掛けに画板を乗せて、ノートを広げる。学生ボランティアが通路を回り、手を挙げた子にわからないところを教えに行く。
学校の授業のようにみんなで同じコトを学ぶのではない。
家である程度、自習してから来る仕組みらしい。
貧困層の間でも、学力格差が広がりつつあった。




