1647.島守の関係者
「ま、その辺のコト踏まえて、端末を旧直轄領の村に渡す件、どうする?」
ラゾールニクに言われ、クルィーロは元々何の話か、やっと思い出した。
薬師アウェッラーナが、ハンカチを片付けて言う。
「私の印象では、旧直轄領には、島守と双子のご子息を快く思わない人が多いみたいでした。特に首都から帰った学生さんたちはそうです」
「双子がどっか閉じ込められたって聞いて、安心したって言ってたもんなぁ」
ラゾールニクがしみじみ頷き、アウェッラーナは言葉に勢いを得た。
「だから、口止めしたら、もし、お二人が実家へ帰されても、秘密を守っていただけるんじゃないかと思います」
「隠し事に勘付いて【強制】で自白させられ、端末を取り上げられる可能性があります」
「ジョールチさん、ネットに繋がらない端末でも、村人に渡すの反対なの?」
運び屋フィアールカが半笑いで聞く。
国営放送のアナウンサーは、表情を動かさずに答えた。
「そうではありません」
「じゃあ、何かしら?」
「もっと情報を集め、慎重に対応した方がいいと思うのです」
「島守父子に対して悪感情はあっても、解放軍には好意的な村人が居るかもしれません。それに、島守の妻がどこでどうしているのかも気になります」
呪医セプテントリオーがジョールチに加勢する。
クルィーロは、今の今まで妻の存在に全く気付かなかった。
……そう言や、あのヤバい双子って母親を守るとか何とか言って魔法戦士になったんだったよな。
「奥さんは、ラキュス・ネーニア家の血筋じゃないから、あの島には渡れないんですよね?」
クルィーロが、湖の民の呪医と薬師、運び屋、商社の役員に顔を巡らせると、運び屋フィアールカが頷いた。
「そうね。村に女主人が残ってれば、村人たちは遠慮……と言うか、萎縮して何も言えないかもしれないし、端末を渡そうとしても断られるかもしれないわね」
「その双子、確か二男と三男なんですよね? 長男の他には兄弟姉妹が居ないんですか?」
クラピーフニク議員が運び屋フィアールカに聞いたが、元神官は首を傾げ、小さく肩を竦めた。
「長男は、半世紀の内乱の少し前、共和国軍に就職しました」
「呪医、それ、どこ情報?」
ラゾールニクが意外そうな顔で会議机に身を乗り出す。
「王国軍時代の知人です。当時クルブニーカに居た私に軍医への復職を打診したついでに、シェラタン当主の甥が共和国軍に入った、と教えてくれました」
「長男って何学派?」
「そこまでは聞いていません」
クラピーフニク議員が眉間に皺を寄せる。
「内乱中に戦死した可能性もあるんですね」
「内乱を生き延びても、水軍で指揮を執る立場なら、アーテル軍の攻撃で轟沈した防空艦に乗り組んでいた可能性も考えられます」
アサコール党首が言うと、ラゾールニクはポンと手を打ち、立ち上がった。
「その辺のコトも含めて、村で聞いてみよう」
「じゃあ、その間にどんなデータなら渡せるか、考えます」
ファーキルに言われ、クルィーロはタブレット端末を見た。ダウンロードは済んだが、充電は心許ない。
「そうでうね。まだしばらくは、あの村に滞在する予定ですから、聞き取り調査後、改めてこちらにお伺いします」
ジョールチが紅茶を一息に飲み干して席を立った。
この先、西へ向かえば、ネミュス解放軍が掌握した首都クレーヴェルに到る。
クルィーロは、慎重に慎重を重ねても、まだ足りない気がした。
「端末が要るか要らないかくらいは、聞いてみてもいいんじゃない?」
「あ、そうですよね。学生の、えっと……アーラさんに聞いてみます」
帰り際、運び屋フィアールカに声を掛けられ、アウェッラーナが引受けた。
四人がアミトスチグマ王国の夏の都から、旧直轄領の村に戻ったのは、お茶の時間だ。午後の日差しが、移動放送局のトラックとワゴン、車の間にある簡易テントをやさしく照らす。
簡易テントには、ザパースとアーラの姿もあった。
「ただいまー」
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
アマナは、トラックの荷台から顔を出したが、すぐ引っ込んだ。
何やら忙しそうだ。
長机には、太い蔓草が積まれ、完成品の籠が並ぶ。手慣れたソルニャーク隊長、メドヴェージ、少年兵モーフに加え、老漁師アビエース、葬儀屋アゴーニ、それにクルィーロの父まで、蔓草細工を手伝う。
「父さん、いつの間に作れるようになったんだ?」
「今、教えてもらって、持ち手の部分だけ作ってるんだ。クルィーロも手伝ってくれないか?」
三ツ編にした蔓草を三本束ねて更に三ツ編にし、最後に籠本体と接続する両端を除いて、幅広の革紐で巻く。見るだけなら簡単そうだが、きっと実際にするのは何かと難しいところがあるだろう。
「本体への取り付けは我々が行う。決まった長さに編んでくれるだけでも助かるのだが」
ソルニャーク隊長は、慣れた手つきで蔓草を籠の形に編みながら言った。流石に重い野菜を入れる収穫籠の本体は、素人に任せられないのだろう。
ジョールチが眼鏡を掛け直して聞く。
「アーラさんとザパース君も手伝って下さるのですか?」
「僕は蔓草を採って来ただけです。今は兄さんとアペルとレフラーツスが採りに行ってます」
「私は、家に居ると気詰まりなんで……レーコマは保健室でお薬作ってます」
アーラが言うと、薬師アウェッラーナが、小中一貫校の校舎を見た。
ジョールチが、催し物用簡易テントの支柱に手を触れ、力ある言葉を唱えた。
「今、【防音】を掛けました。幾つかお尋ねしてもよろしいですか?」
女子大生アーラが蔓草の葉を毟る手を止め、国営放送のアナウンサーに身体ごと向き直る。高校生のザパースも、緊張した顔を向けた。
「島守の奥様は今……」
「この村のお屋敷にいらっしゃいます」
アーラが先回りした。
「村の管理は、双子のご子息がなさっておられるのですよね? 二男と三男の」
「えぇ」
「ご長男は、どちらへ?」
「確か、軍のお仕事をなさってるとかで、私は全然お会いしたコトないんです。お役に立てなくてすみません」
アーラが申し訳なさそうに目を伏せる。
「いえいえ、ちょっとご挨拶をと思っただけですから」
「父さんに聞いてみましょうか?」
狩人の息子ザパースが、透明のビニールシート越しに校庭を窺いながら聞いた。
☆島守と双子のご子息を快く思わない人/島守父子に対して悪感情……「1542.神殿を守る民」「1543.名を汚す島守」参照
☆特に首都から帰った学生さんたちはそう……「1617.帰郷した学生」~「1629.支配者の命令」参照
☆【強制】で自白……「1626.異教徒を狩る」参照
☆あのヤバい双子って母親を守るとか何とか言って魔法戦士になった……「1543.名を汚す島守」参照
☆奥さんは、ラキュス・ネーニア家の血筋じゃないから、あの島には渡れない……庶民の認識「1542.神殿を守る民」、実際の状態「1486.ラクテア神殿」参照
☆その双子、確か二男と三男……「1541.競い合う双子」参照
☆アーテル軍の攻撃で轟沈した防空艦……「1171.泳がせて探る」参照
防空艦レッスス……「274.失われた兵器」「279.悲しい誓いに」「284.現況確認の日」「289.情報の共有化」参照
防空艦フーネラーレ……「757.防空網の突破」「766.熱狂する民衆」参照
☆しばらくは、あの村に滞在する予定……「1631.初めての注文」参照
☆アーラさんに聞いてみます……「1617.帰郷した学生」参照
☆僕は蔓草を採って来た……前回「1632.太い蔓草採取」参照




