1641.データを渡す
「旧直轄領の住民が、インターネットを知っていたとは意外です」
呪医セプテントリオーが話題を変えた。
クラピーフニク議員がタブレット端末を手に聞く。
「ジョールチさん、学生さんの他にわかる村人、居そうですか?」
「神殿関係者や、ここ数年以内に王都で巡礼した方々も、目にした可能性があります」
「これ系のお店もいっぱいありますからね」
クルィーロも、王都ラクリマリスの通りを思い出して言う。
いつからあるかわからない古い飲食店などと、タブレット端末と回線契約の専門店や、充電器の専門店などが軒を並べる。
魔法と科学、古くからの伝統と最新の流行がモザイク状に混在しても、秩序が失われない。不思議な混沌があった。
「時間に余裕があったら、気になって覗くかもしれませんね」
主にラクリマリス王国領内で活動するクラピーフニク議員が納得する。
「フィアールカさんの知り合いの神官も使ってましたし、直轄領の神官も、王都に行った時に向うの知り合いが使うのを見てそうですよね」
「そうね。外国人の巡礼者や観光客が多いから、ないと仕事にならないし、ネモラリス人の神官が使い方を教わっても、不思議はないわね」
クルィーロが言うと、運び屋フィアールカは端末を小突いた。
みんなの端末は、大量のデータを受信中で、今は他の操作をできそうもない。クルィーロの端末もクラウドからダウンロード中で、「完了まで一時間以上」の表示が出たままだ。
「誰が持つかは現地の人に考えてもらうとして、回線契約をせずにデータだけ入れた端末を一台。その村に渡してみるの、どうでしょう?」
ファーキルの思い切った提案に大人たちの視線が集まる。
「ケーブルでパソコンと繋げばイケますけど」
「どんなデータを渡すつもり? それに、スタンドアローンなら、ノートパソコンの方がよさそうじゃない?」
「旧直轄領のその村は、島守が地主なのですよね? つまり、ラキュス・ネーニア家の本家に近い血筋の……」
運び屋フィアールカと呪医セプテントリオー、湖の民二人が疑問と懸念を示す。
「滞在中の村は、双子のサル・ウルとサル・ガズが地主代理です。現在は、積極的に隠れキルクルス教徒狩りを実行した廉で、首都のどこかで閉じ込められているそうですが、人伝に彼らか、その身内や仲間に伝わっても構わない情報は、非常に限られます」
国営放送アナウンサーのジョールチが、滔々と捲し立てた。
ファーキルは、全く動じる様子もなく答える。
「逆に、そう言う人たちに知らせたい情報を渡すんです。端末の種類は現地の人の知識によると思いますけど」
「何の情報を渡すと言うのだね?」
ラクエウス議員が難色を示す。
クルィーロは、どんな情報なら渡しても支障ないか、ネミュス解放軍に伝えるべき情報は何か、考えた。
……難民キャンプの状態……は、ダメだな。困ってる人にカネちらつかせて勧誘しそう。
「ラクリマリスのニュースとか?」
「そうですね。ラクリマリスに限らず、外国の報道機関が、魔哮砲戦争とクーデターをどう報道しているか、外国からの客観的な視点と、どんなプロパガンダに利用されてるか、伝えた方がいいかなって思ってます」
ファーキルがクルィーロに頷いて、大人たちを見回す。
ラクエウス議員は低い声で唸り、腕組みをして目を瞑った。
……そっか。外国の情報が欲しくて、村の神官が王都へ行くんだ。
ファーキルが、運び屋フィアールカと呪医セプテントリオー、壁の前に立つアサコール党首を見る。
「それでしたら、この間作った歴史の動画も入れた方がいいかもしれませんね」
ラクエウス議員が勢いよく瞼を上げた。
「それを入れるなら、聖典を捲る動画も入れねばな」
「じゃあ、PDF化した聖典も要りますね」
「そうですね。キルクルス教の聖典に魔法が幾つもあると知れば……どう動くか未知数ではありますが、良い方へ向かう可能性も全くないとは言い切れません」
ファーキルは打てば響く勢いだが、アナウンサーのジョールチは歯切れが悪い。
「星の標がどうしようもない異端者だってのは、ウヌク・エルハイア将軍とカピヨー支部長……あの時、自治区に居た解放軍の兵士とかはもう知ってるけど、襲撃に加わらなかった人たちに伝えたかどうか、わかんないからね」
ラゾールニクが肩を竦め、リストヴァー自治区に行った呪医セプテントリオーと運び屋フィアールカが頷く。
自治区代表のラクエウス議員は、渋い顔で唇を引き結んだ。
「聖典を知れば、自治区のキルクルス教徒の為との名目で、自治区外で再び、異端者狩りが行われる可能性がありますね」
マリャーナが、みんなの漠然とした不安を言語化した。
「今んとこ、解放軍が星の標の支部を襲ったのも、逆も聞いたコトないけど、その辺どう?」
ラゾールニクが聞くと、クラピーフニク議員は即答した。
「リャビーナ市民楽団の方々からは、特に何もありませんね。例の倉庫会社は普通に業務を続けているそうです」
「解放軍も、星の標の支部くらい把握してそうなモンだけどね」
「監視くらいはしているかもしれませんが、目立った動きはないようです」
クルィーロは、オースト倉庫株式会社の敷地で開催された慈善コンサートを思い出した。
ロークの調査によると、オースト倉庫の社長夫妻は、隠れキルクルス教徒で、星の標リャビーナ支部長だ。その一方で、空襲で焼け出された力なき民の避難民を自社で大量に雇用する。
仮設住宅で暮らすパートやアルバイトにとっては、生命線だ。
オースト倉庫株式会社を星の標の拠点として攻撃すれば、従業員とその家族の暮らしも脅かされる。
ネミュス解放軍が、他の収入源を用意できないなら、そう簡単に潰せない。
……もしかして、他の支部も?
ファーキルが、白壁に投影した画像を切替えた。
☆フィアールカさんの知り合いの神官も使ってました……「735.王都の施療院」参照
☆双子のサル・ウルとサル・ガズが、地主代理……「1627.生存の罪悪感」参照
☆この間作った歴史の動画……「1560.複合的な視点」~「1565.紛争の起爆剤」参照
☆聖典を捲る動画……「0982.番組の準備中」参照
☆星の標がどうしようもない異端者だってのは(中略)兵士とかはもう知ってる……「919.区長との対面」~「921.一致する利害」「0937.帰れない理由」~「0939.諜報員の報告」「0941.双方向の風を」~「0943.これから大変」参照
☆例の倉庫会社……オースト倉庫株式会社「0958.聖典を届ける」「0977.贈られた聖典」「1028.大国の目論見」「1372.ノチリア企業」「1414.放送の管轄区」参照
☆オースト倉庫株式会社の敷地で開催された慈善コンサート……「1445.合同開催計画」「1456.倉庫街で催し」~「1463.駐車場に宿泊」参照
☆ロークの調査……「722.社長宅の教会」~「724.利用するもの」参照
☆空襲で焼け出された力なき民の避難民を自社で大量に雇用……「873.防げない情報」参照




