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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1640.写真から読む

 手記と証言のデータは、クラウドに上げないと決まった。

 ラゾールニクと国営放送アナウンサーのジョールチが、ファーキル、運び屋フィアールカと支援者マリャーナ、アサコール党首とクラピーフニク議員と話し合ったと言う。


 マリャーナ宅の会議室には今、彼らに加え、ラクエウス議員と呪医セプテントリオーも同席する。

 一通り挨拶して、薬師(くすし)アウェッラーナが、難民キャンプ用にと魔法薬を渡す。四十万人以上もの難民に対して、微々たるものだが、アミトスチグマ王国に居る仲間はみんな喜んだ。


 ……それだけ、状況が厳しいってコトだよな。


 平和な頃のゼルノー市より人口が多い。

 難民キャンプは都市と呼んでいい程の人口を抱えるが、僅かな畑とちょっとした手仕事、森林内での狩猟採取以外は、仕事も生産手段もなく、生活の大部分を寄付に頼る。

 バザーなどで手芸品などを売るが、すべての難民の口を糊するにも程遠い。

 窮状を何とかしたいとは思うが、クルィーロにできるのは、薬師(くすし)アウェッラーナの手伝いくらいのものだ。



 クラピーフニク議員がカーテンを閉め、ファーキルが白壁にプロジェクターで写真を投影した。

 どこかの街を捉えた航空写真だ。

 真上ではなく鳥瞰図的な構図で、背後の森や山々も写る。


 「クレーヴェルです。ネモラリス建設業協会の支持者が【跳躍】と【飛翔】で、みつからないギリギリの距離まで近付いて、デジタルカメラの望遠を最大にして撮影したものです」


 両輪の軸党のアサコール党首が、投影写真の傍へ移動した。

 指示棒を伸ばし、市街地の同じ形状の平屋がずらりと並ぶ一角を何カ所も示す。

 「かつて公園だったところですが、仮設住宅で埋まりました」

 「レーチカ臨時政府も政府軍も発表しませんが、この仮設住宅は、昨年十月まではなかったそうです」

 クラピーフニク議員が付け加えると、呪医セプテントリオーが緑の目を(みは)った。

 「では、解放軍が首都を完全に掌握したのですね?」

 「外から見た限り、そんなカンジです」

 「この辺りで操業する漁船があります。水軍も近付かないのでしょう」

 アサコール党首が、画像の下部を示した。

 クレーヴェル港のやや南の沖合で、漁船が数隻散らばって操業する。


 「あ、あの、ファーキルさん、後でそこ、拡大して見せてもらえませんか?」

 薬師(くすし)アウェッラーナの声が震え、ファーキルはギョッとした顔を向けた。

 「アサコール党首、今、いいですか?」

 「どうぞ。みなさんもよろしいですね?」

 みんな黙って頷き、アウェッラーナが泣きそうな声で礼の言葉を絞り出した。


 拡大すると、画質が粗くなり、ぼやけて見える。

 しかも、上空からの俯瞰だ。船体に書かれた名称は全くわからない。

 「有難うございます。もしかしたら、この……湖の民が二人見える船、ウチの光福三号かもしれません」

 「えッ?」

 ファーキルが慌てて一隻を更に拡大する。

 画質はますます粗くなり、人と船体の境すら曖昧になる。緑色の頭は帽子かもしれない。


 「で、でも、アレですよ。解放軍の手伝いをするって言って、兄が船長なんですけど、反対したら、追い出されて、船を乗っ取られたって言ってましたから、従兄(いとこ)たちに会えたって、ちゃんと話せるかわかりませんし」

 アウェッラーナはぼやけた漁船を見詰め、早口に言った。


 ……ずっと助け合って生きて来た親戚が、そんな奴らだったなんてな。


 クルィーロは、もし、父とアマナにそんなコトをされたら……と考え掛けたが、やめて顔を上げた。

 「あ、でも、ホラ、その船であの学生さんたち助けたし、根っこのとこのやさしさとか、そう言うの、変わってないんじゃないかなーって……会ったコトない俺が言っても説得力ないんですけど」

 「……有難う」

 緑髪の薬師は、ハンカチで目を覆って(うつむ)いた。


 「アウェッラーナさんのご家族が、学生を?」

 「証言、さっき渡した音声ファイルにありますよ。ノートは五冊目の最後ら辺」

 運び屋フィアールカが聞くと、ラゾールニクが答えた。


 国営放送アナウンサーのジョールチが、()(つま)んで説明する。


 「……では、昨年一月時点での生存は、確実なのですね。貨物船の乗組員に漁船の調査を依頼しましょう」

 総合商社パルンビナ株式会社の役員マリャーナが、さらりと提案する。アウェッラーナはハンカチを下ろして顔を上げたが、言葉が出ない。溢れた涙が白い頬を伝い、会議机を濡らした。

 「何もアウェッラーナさんの為だけではありませんので、遠慮などは無用に願います」

 泣き笑いの複雑な表情が、再びハンカチで隠れた。


 「漁船の調査は入出港時の目視に限られますが、日時、数、大きさ、名称、活動水域の他に必要な情報はありますか?」

 マリャーナが一同を見回す。

 クルィーロも少し考えてみたが、思い付かなかった。アウェッラーナとアビエースの為以外の調査理由もわからない。


 ……そんな情報、どうすんだ?


 「漁の他、解放軍への協力として、水軍を監視する可能性がありますね」

 呪医セプテントリオーが、元軍医らしいコトを言う。

 操業中の漁船なら、ネミュス解放軍の兵士が一人や二人紛れ込んでも、怪しまれないだろう。

 「わざわざ沖合に出て監視するとしたら、解放軍は【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派の哨戒兵が足りないってコトね」

 運び屋フィアールカが、耳慣れない学派名を口にする。この元神官は、軍事にも明るいようだ。


 「入出港時は忙しいですから、漁船の乗組員の動きや、個人の識別までは難しいと思います」

 「単独か、船団を組むか。船団ならその規模をクーデター前と比較できれば、漁船の出入りがある程度わかる」

 マリャーナが断りを入れると、ラゾールニクは白壁に投影された写真に目を向けて言った。

 アサコール党首が、写真のクレーヴェル港から下へ、何もない壁に指示棒を滑らせて頷く。


 「水軍基地は、首都クレーヴェルの真南、ナガー港にありますからね」


 仮設住宅は、クレーヴェル港に面した港公園も埋め尽くす。

 クルィーロは、大荷物を抱えて登った公園の坂を思い出し、身震いした。

☆解放軍の手伝いをするって言って(中略)船を乗っ取られた……「825.たった一人で」~「827.分かたれた道」参照

☆その船であの学生さんたち助けた……「1620.学生らの脱出」「1621.得た手掛かり」参照

☆クルィーロは、大荷物を抱えて登った公園の坂……「576.最後の荷造り」「577.別の詞で歌う」参照


▼地図の文字「首都」の下がナガー港。

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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