1640.写真から読む
手記と証言のデータは、クラウドに上げないと決まった。
ラゾールニクと国営放送アナウンサーのジョールチが、ファーキル、運び屋フィアールカと支援者マリャーナ、アサコール党首とクラピーフニク議員と話し合ったと言う。
マリャーナ宅の会議室には今、彼らに加え、ラクエウス議員と呪医セプテントリオーも同席する。
一通り挨拶して、薬師アウェッラーナが、難民キャンプ用にと魔法薬を渡す。四十万人以上もの難民に対して、微々たるものだが、アミトスチグマ王国に居る仲間はみんな喜んだ。
……それだけ、状況が厳しいってコトだよな。
平和な頃のゼルノー市より人口が多い。
難民キャンプは都市と呼んでいい程の人口を抱えるが、僅かな畑とちょっとした手仕事、森林内での狩猟採取以外は、仕事も生産手段もなく、生活の大部分を寄付に頼る。
バザーなどで手芸品などを売るが、すべての難民の口を糊するにも程遠い。
窮状を何とかしたいとは思うが、クルィーロにできるのは、薬師アウェッラーナの手伝いくらいのものだ。
クラピーフニク議員がカーテンを閉め、ファーキルが白壁にプロジェクターで写真を投影した。
どこかの街を捉えた航空写真だ。
真上ではなく鳥瞰図的な構図で、背後の森や山々も写る。
「クレーヴェルです。ネモラリス建設業協会の支持者が【跳躍】と【飛翔】で、みつからないギリギリの距離まで近付いて、デジタルカメラの望遠を最大にして撮影したものです」
両輪の軸党のアサコール党首が、投影写真の傍へ移動した。
指示棒を伸ばし、市街地の同じ形状の平屋がずらりと並ぶ一角を何カ所も示す。
「かつて公園だったところですが、仮設住宅で埋まりました」
「レーチカ臨時政府も政府軍も発表しませんが、この仮設住宅は、昨年十月まではなかったそうです」
クラピーフニク議員が付け加えると、呪医セプテントリオーが緑の目を瞠った。
「では、解放軍が首都を完全に掌握したのですね?」
「外から見た限り、そんなカンジです」
「この辺りで操業する漁船があります。水軍も近付かないのでしょう」
アサコール党首が、画像の下部を示した。
クレーヴェル港のやや南の沖合で、漁船が数隻散らばって操業する。
「あ、あの、ファーキルさん、後でそこ、拡大して見せてもらえませんか?」
薬師アウェッラーナの声が震え、ファーキルはギョッとした顔を向けた。
「アサコール党首、今、いいですか?」
「どうぞ。みなさんもよろしいですね?」
みんな黙って頷き、アウェッラーナが泣きそうな声で礼の言葉を絞り出した。
拡大すると、画質が粗くなり、ぼやけて見える。
しかも、上空からの俯瞰だ。船体に書かれた名称は全くわからない。
「有難うございます。もしかしたら、この……湖の民が二人見える船、ウチの光福三号かもしれません」
「えッ?」
ファーキルが慌てて一隻を更に拡大する。
画質はますます粗くなり、人と船体の境すら曖昧になる。緑色の頭は帽子かもしれない。
「で、でも、アレですよ。解放軍の手伝いをするって言って、兄が船長なんですけど、反対したら、追い出されて、船を乗っ取られたって言ってましたから、従兄たちに会えたって、ちゃんと話せるかわかりませんし」
アウェッラーナはぼやけた漁船を見詰め、早口に言った。
……ずっと助け合って生きて来た親戚が、そんな奴らだったなんてな。
クルィーロは、もし、父とアマナにそんなコトをされたら……と考え掛けたが、やめて顔を上げた。
「あ、でも、ホラ、その船であの学生さんたち助けたし、根っこのとこのやさしさとか、そう言うの、変わってないんじゃないかなーって……会ったコトない俺が言っても説得力ないんですけど」
「……有難う」
緑髪の薬師は、ハンカチで目を覆って俯いた。
「アウェッラーナさんのご家族が、学生を?」
「証言、さっき渡した音声ファイルにありますよ。ノートは五冊目の最後ら辺」
運び屋フィアールカが聞くと、ラゾールニクが答えた。
国営放送アナウンサーのジョールチが、掻い摘んで説明する。
「……では、昨年一月時点での生存は、確実なのですね。貨物船の乗組員に漁船の調査を依頼しましょう」
総合商社パルンビナ株式会社の役員マリャーナが、さらりと提案する。アウェッラーナはハンカチを下ろして顔を上げたが、言葉が出ない。溢れた涙が白い頬を伝い、会議机を濡らした。
「何もアウェッラーナさんの為だけではありませんので、遠慮などは無用に願います」
泣き笑いの複雑な表情が、再びハンカチで隠れた。
「漁船の調査は入出港時の目視に限られますが、日時、数、大きさ、名称、活動水域の他に必要な情報はありますか?」
マリャーナが一同を見回す。
クルィーロも少し考えてみたが、思い付かなかった。アウェッラーナとアビエースの為以外の調査理由もわからない。
……そんな情報、どうすんだ?
「漁の他、解放軍への協力として、水軍を監視する可能性がありますね」
呪医セプテントリオーが、元軍医らしいコトを言う。
操業中の漁船なら、ネミュス解放軍の兵士が一人や二人紛れ込んでも、怪しまれないだろう。
「わざわざ沖合に出て監視するとしたら、解放軍は【飛翔する蜂角鷹】学派の哨戒兵が足りないってコトね」
運び屋フィアールカが、耳慣れない学派名を口にする。この元神官は、軍事にも明るいようだ。
「入出港時は忙しいですから、漁船の乗組員の動きや、個人の識別までは難しいと思います」
「単独か、船団を組むか。船団ならその規模をクーデター前と比較できれば、漁船の出入りがある程度わかる」
マリャーナが断りを入れると、ラゾールニクは白壁に投影された写真に目を向けて言った。
アサコール党首が、写真のクレーヴェル港から下へ、何もない壁に指示棒を滑らせて頷く。
「水軍基地は、首都クレーヴェルの真南、ナガー港にありますからね」
仮設住宅は、クレーヴェル港に面した港公園も埋め尽くす。
クルィーロは、大荷物を抱えて登った公園の坂を思い出し、身震いした。




