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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1638.ちいさきモノ

 人の気配がする。

 接近を認識した直後、身体の一部をつままれ、全身が宙に浮いた。

 つままれた感触がなくなる。同時に身体の下部でぬくもりを感じた。


 間近に男の顔がある。

 見覚えがある気がしたが、思い出せない。

 盛夏の秦皮(トネリコ)を思わせる緑髪に緑の瞳。若者と中年の中間くらいの微妙な年齢に見えた。白衣の襟には、青糸で呪印を刺繍してある。


 ……誰だ?


 声が出ない。

 男の口が動き、知らない声が耳に届く。


 「あっ、もしかして、寝てた?」

 「それが睡眠をとるのですか?」

 「記録には偶に寝るってあった」


 見えない位置からの問いに答える声は親しげだ。


 「偶にですか? 頻度や条件はどのようなものですか?」

 「不明。なんせ向うの研究所から回収できた資料が少ないからね」

 「調べるにしても、こう真っ黒で目鼻もないのでは……覚醒と入眠をどう見分ければよいのでしょう?」

 「脳波計とかが使えなくて、科学的な手段ではムリってのがわかったよ」

 「過去の研究では、どのような手段を用いたか、ご存知ですしょうか?」

 「契約者には、感覚的にわかるし、寝ろって命令すれば、寝るらしいよ」


 男の横顔が曖昧な笑みに変わる。

 質問者が、息を呑む気配がした。


 「そのような命令が、可能なのですか?」

 「この世の生き物や、魔物相手に【使い魔の契約】を結んだ場合、生理現象までは支配できない。この魔法生物特有の……仕様だろうね」

 「魔法生物は基本的に睡眠が不要ですが、何故、敢えて、そのような機能を付与したのでしょう?」


 質問する男の声は、答える男よりずっと年上のようだ。

 身体の位置が下がり、下部だけでなく、側面にもぬくもりを感じる。白衣の胸が呼吸に合わせて動き、声の響きが身体全体を心地よく揺らす。


 「なんせ、最初の研究所はコイツの暴走で破壊されて、研究資料を殆ど回収できなかったらしいから、ひとつずつ調べ直すしかない」

 「確かに左様でございますが、【使い魔の契約】を禁じられたのでは、進捗が」


 見上げても、髭剃り跡が青く残る顎の裏しか見えない。

 不安に駆られ、身震いした。


 「ん? どうしたんだ?」


 やさしい声と共に顔がこちらを向く。案じてくれる穏やかな視線を受けた途端、不安が氷解した。白衣に身を寄せ、声の主の鼓動を全身で感じる。


 「よしよし」


 やさしい声と共に指がやわらかな身を撫でる。

 喜びで緊張が解け、全身がとろりと脱力した。


 「契約しなくても、わかるコトは色々ある。まずは手を尽くそう」

 「現在も、戦争は継続中なのですが……」

 「だからだよ。研究員が契約者になったら、その人が前線に出る羽目になる。契約者が死なない限り、変えられないんだから、許された条件の中で頑張るしかないんだ」

 「……恐れ入ります」


 話の内容は不穏だが、白衣越しに響く彼の声が心地よく、だんだんどうでもよくなってきた。


 「例えばこれ。人に懐く機能」

 「懐くのですか? これが?」


 年配の男性の声は半信半疑だ。


 「やさしく接してやれば、人間の個体を識別し、契約者以外にも懐き、攻撃性を示さない」

 「元が雑妖の掃除用ですから、人間に対する攻撃性はない筈です」

 「そう思うだろう? でも、違うんだ」

 「と、おっしゃいますと?」


 会話の内容が右から左へ抜けてゆく。


 「人間側が嫌悪感を露わにして接したり、酷いコトをすれば、その場合も人間の個体を識別して、攻撃性を示すようになる」

 「なんと……」

 「学習能力があるんだよ」


 誇らしげに言われ、喜びに身が震えた。


 「よく知る為には、もっと仲良くならないと。……可愛がってあげて」

 「研究班全員にお伝え致します」



 ノックの音で、ルベルは目を開けた。

 斜めに射し込んだ日が、基地の天井をくっきり色分けする。

 「ルベルさん、お加減いかがですか? 食べられそうですか?」

 「あ、はい。大丈夫です」

 急いで起き上り、個室の戸を開ける。


 リハビリの補助員だ。

 ワゴンには五人分の夕飯がある。ルベル以外にもリハビリ中の兵が居るのだ。

 「今朝から三時過ぎまで窓辺に座って、それから部屋を二周したんで……」

 「一人であんまり無理しないで下さいよ」

 リハビリ補助員は苦笑して、ワゴンを部屋へ入れた。

 お盆を書き物机に置き、【操水】でスープを入れる。既に一人で食べられる状態に回復したルベルを椅子に座らせ、他の部屋へ急いだ。



 ……俺が食べても、魔哮砲の餌は雑妖なんだよな。


 ルベルは、口に含んだスープを美味いと思うが、魔哮砲はどうだろう。

 そもそも、味覚があるのか。



 食べながら、先程の夢を思い返す。

 今回は、湖の民と話し相手の声がはっきり聞こえた。

 内容を思い出そうとするが、(たなごころ)から水がこぼれるように掴みどころがなく、思い出そうとすればする程、記憶が溶け崩れて消えてしまう。


 ……魔哮砲の記憶力って、どのくらいあるんだ?


 夢で見た研究員らしき男は、学習能力があると言った。学習能力があるなら、記憶もそれなりに残るだろう。

 魔哮砲の記憶の断片なのか、食い千切られた魔哮砲の断片がどこかで生存し、現在、見たものなのか。それとも、ルベルが魔哮砲と会いたいと思うあまり、願望が表れたタダの夢に過ぎないのか。


 現在か。

 過去か。

 単なる夢か。


 研究員の服装からは、時代がわからない。部屋の様子は、研究員の声とぬくもりに夢中で、壁の白っぽさしか思い出せなかった。



 更に一週間リハビリを重ね、報告書を読み終える頃、見計(みはか)らったようにラズートチク少尉が部屋を訪れた。

 「日常動作に支障ない程度に回復したと聞いた」

 「はい。お待たせ致しました」

 「早速だが、三日後、ラニスタ共和国に潜入する」

 「了解」


 一介の魔装兵でしかないルベルには、逆らうことなどできなかった。

☆【使い魔の契約】……「776.使い魔の契約」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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