0168.図書館で勉強
メドヴェージがカーラジオのスイッチを入れ、アクセルを踏む。
トラックは天気予報をBGMに瓦礫を片付けた道を走りだした。
助手席のクルィーロは毛布を肩に掛け、メドヴェージは膝に掛け、運転の邪魔にならないように一方の端をシートベルトに挟む。
クルィーロは、バックミラーから下がった小袋を外して中身を確認した。
袋はロークが持つのと同じ【魔除け】で、中身は【魔力の水晶】だ。【水晶】は魔力切れで冷たい。
クルィーロは右手に袋、左手に氷より冷たい【水晶】を握って、背後の小窓に顔を向けた。
「【水晶】と【魔除け】の護符があったぞ。今、魔力入れてるから」
「よかった! 安心が増えたね!」
アマナが立ち上がって小窓から覗こうとする。
「危ないから座ってろよ」
クルィーロが軽く叱ると、妹は小さく舌を出して座り直した。
ラジオからは、いつものBGMに乗せて、今夜から明日に掛けての天気を読み上げる声が淡々と流れる。
ネモラリス島北部から順に聞き慣れた順で天気予報が続いたが、ネーニア島中部の天気は、クルィーロたちが居る東部だけでなく、西部も読み上げられなかった。
続いて、政府の広報。
戦況は膠着状態。湖上に展開した守備隊が、新兵器「魔哮砲」で敵機を全て迎撃した。
ネモラリス政府には交戦の意思がなく、この戦争はアーテル共和国から一方的に仕掛けられたものである。
隣のラクリマリス王国は中立を保ち、ネモラリス共和国に救援物資を供出する。ラニスタ共和国はアーテルに与して武器などを供与した。
アーテルが国連を脱退し、国連経由での停戦協議ができず、ネモラリス政府は話し合いの場を設ける為、対応を協議中である。
政府は、仮設住宅や公営住宅だけでなく、民間アパートを借り上げて被災者の住居に充てる。
湖上で食い止めたとは言え、戦闘は継続中で、立入制限区域のネーニア島中部、クブルム山脈付近の都市には近付かないこと……云々。
感情のない声がゆっくり読み上げ、十人は無言で耳を傾けた。
……立入「制限」区域……? じゃあ、許可がある奴は出入りできるのか。
クルィーロは、どう受け止めればいいか判断しかねた。
この状況では恐らく、政府か軍の関係者だけだろう。
保護してもらえればいいが、処罰されるのでは困る。
流石に子供たちは罪に問われないだろう。だが、レノや自分が居なくなれば、妹たちはどうなるのか。
それに、自分たちは今、キルクルス教徒のテロリストと行動を共にする。
彼らは、自治区から無許可で外出した罪にも問われる。
それでも、彼らなしでは生き延びられないと、充分思い知らされた。
……いい人たちっぽいんだけどなぁ。
信仰を越えて助けてくれたことに感謝もある。
特にトラックの運転免許を持つメドヴェージが居なければ、どこにも行けない。
だが、政府軍に発見された場合、どうすればいいのか。今の内に考えておく必要があった。
十分程度で図書館に着いた。
クルィーロは、トラックでたった十分の距離がこんなに遠かったことに虚しさを覚えた。
道路が瓦礫で埋まらなければ、もっと早い時期に移動できたのだ。
ここから先は道がある。
どこまで行けるかわからないが、そこを通るしかなかった。
荷台の扉を開けると、アマナが飛び出した。
「お兄ちゃん、着いたの?」
「落ち着けよ。図書館だ」
クルィーロは妹を抱き止めて苦笑した。他の面々もぞろぞろ降りて来る。
ピナティフィダが見回して呟いた。
「この辺は、空襲……マシだったのね」
「役所の建物は、魔法で守られていますから」
「あっ……」
アウェッラーナが遠慮がちに説明すると、ピナティフィダだけでなく、エランティスとアマナも絶句した。
「あの、でも、そのお蔭で、何日か避難所みたいになってたみたいで、それで、この先の道が片付いてるんです」
女の子たちは、アウェッラーナに言われた道の先を見た。
瓦礫と廃墟の中に一筋の道が通る。
クルィーロは腰を屈めてアマナの肩を抱いた。
「で、この先、何があるかわかんないから、図書館で役に立ちそうなことを調べて、メモして行こうってことになったんだ」
アマナは唇をきゅっと引き結び、兄の目を見て頷いた。
「坊主は何か調べる前に、まず、字の稽古をせにゃならん。おっちゃんが教えてやるから、何か読みたい本、探せや」
メドヴェージが、少年兵モーフの頭を掌でポンと叩きながら言う。
モーフは少し考えて答えた。
「それって、本じゃなくてもいいのか?」
「お? 何だ?」
「レコード。天気予報の裏に何かいっぱい書いてある奴」
「何かいっぱい……? あぁ、能書きか。いいぞ。字ならなんでも」
メドヴェージが笑って、少年兵の頭をわしゃわしゃ撫で回す。
少年兵モーフは、その手をするりと抜けて荷台に戻った。すぐ、天気予報のBGM「この大空をみつめて」のレコードを大切に抱えて飛び下りる。
メドヴェージは、レコードをひょいと取り上げ、ジャケットの裏を見た。
「こりゃ歌詞だな。天気予報にこんな歌がついてるなんざ、知らなかった」
レコードを少年兵の手に返してニッと笑う。
「ちっと難しい言葉もあるが、まぁ、頑張れや」
トラックをしっかり戸締りし、全員で図書館に入った。




