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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1676/3521

1634.入院中の事件

 ……イグニカーンス市に行った魔獣駆除業者、優秀な人なんだな。


 ランテルナ島にはそれだけの「戦力」が住む。

 だが、アーテル共和国はキルクルス教を国教とする為、本土には魔法使いの居住を認めない。


 ランテルナ島民は、本土との通商に高額な税を課されるが、中央政府の行政サービスは皆無で、住民任せだ。

 アーテル軍の基地と警察の分署はあるが、島民を守る為ではない。

 設置の目的は、島民による暴動に対する抑制と鎮圧だ。星の(しるべ)がランテルナ島内で何度、魔法使いを狙ったテロを起こしても、取締られなかった。



 ランテルナ島民には選挙権がなく、アーテル政府に黙殺された存在だ。

 キルクルス教徒の両親から隔世遺伝で生まれた力ある民の子や、成人後に何かの拍子で魔力が発覚した者は、ランテルナ島に捨てられる。


 自治区と言えば聞こえがいいが、事実上、棄民の隔離場所だ。


 アーテル地方の分離・独立以前からの古い島民は、そもそもアーテル政府の意向を気にしない。

 ランテルナ島民のアーテル本土に対する心証は、決していいものではない筈だ。彼らはそれでも、魔獣駆除業務を請負った。


 首都ルフスや、アケル、サリクス、スピナと言った東部の都市では、市街地の道路や、爆破された物件の瓦礫に巣食う魔物や魔獣は、粗方(あらかた)駆除された。だが、ビルの屋上は手つかずだ。


 この中途半端さが、依頼者側の経済事情に起因する契約の制限か、島民による意趣返しか、駐在武官にも掴めなかった。



 大量に出現した銀鱗(ぎんりん)虫魚(ちゅうぎょ)は、ある日を境にぱったり発生が止んだ。残ったモノを片付けた業者は、大半が島へ引き揚げた。現在も本土で活動するのは、相当な手練ばかりだと言う。

 この戦力が、ネーニア島に向けられるとは思えないが、念の為、警戒するに越したことはない。アーテル領内で活動する際、通信設備の警備などを受託する可能性がある。


 ……そう言えば、スクートゥム王国の軍艦の件、どうなったんだろう?


 あの払暁、ストラージャ湾内巡視船団に遭遇しなければ、魔哮砲が【光の槍】で撃たれて肥大化することもなかったのだ。

 シクールス陸軍将補も、ラズートチク少尉も、スクートゥム王国の動きについて一言も触れない。

 調査しないとは思えないが、ルベルには教えられない事情があるのだろう。一介の魔装兵に過ぎないルベルからは、将官や尉官に根掘り葉掘り質問できなかった。



 意識をタブレット端末に入れられた駐在武官の手による報告書に戻す。

 アーテル共和国の首都ルフスでは、電話回線の復旧が進まず、連日、公衆電話に長蛇の列ができる。


 都内のあちこちで白昼堂々、魔獣が電話行列を襲う事件が頻発した。

 いずれの事件も、双頭狼や四眼狼が単独で出現する。

 無防備なキルクルス教徒を牙に掛け、公衆電話付近を血の海に変えて去る。被害者はすべて外傷による失血死で、肉を食われた「行方不明者」はなかった。


 ……四眼狼が単独で?


 双頭狼は単独行動する個体も多いが、四眼狼は基本的に群れで行動する。

 受肉後ならば日中も活動できるが、目的は勿論(もちろん)、この世の生き物の捕食だ。


 ルフス光跡教会で遭遇した双頭狼のようなモノだろうか。

 あの個体には、ネモラリス人のゲリラと教団に恨みを抱く女性が憑いて、礼拝中のキルクルス教徒を襲った。


 あるいは、ネモラリス人ゲリラが使い魔として使役するモノか。



 ラズートチク少尉と駐在武官は、それぞれ別の事件を目撃したが、アーテル人に紛れて調査する為、魔獣を追跡できなかった。


 駐在武官は自らの目撃に関しては、大量の写真を残した。アーテルの力なき民が魔獣の牙で引き裂かれる様子を克明に記録する。



 魔哮砲を食い千切られた痛みが蘇り、固く目を閉じる。

 魔装兵ルベルは細く、ゆっくり息を吐き、顔を上げた。

 春の空を視界に入れ、震えが治まるのを待つ。いつの間にか雲が消え、窓枠に切り取られた空は、薄い青一色だ。


 ルフス光跡教会も同じくらい凄惨な現場だったが、こんな怯えに囚われたりなどしなかった。ルベル自身の怖れなのか、ルベルを通して惨状を見せられた魔哮砲の怯えなのか。

 ゆっくり深呼吸を繰り返し、震えが治まるまで青空を見上げた。


 ……こんな状態で現場に戻れるのか?


 アーテル領での調査中、魔獣と遭遇して無事でいられる自信がなくなった。

 左手でリハビリ用のゴムボールを握りしめ、腹に力を入れて視線を下ろす。

 右手で素早くタブレット端末の画面を撫でてスクロールするが、赤い画像はいつ果てるともなく続く。このフォルダは最後の一枚まで、赤色の面積が大きかった。



 テキストファイルに戻る。

 駐在武官は、魔獣による襲撃事件に関する新聞記事を収集し、分析もしてくれたらしい。


 最初の襲撃は、昨年十二月のアーテル大統領選挙の第二回予備選投票日だ。

 投票所前の路上が、何カ所も血に染まった。地元警察だけでなく、アーテル陸軍の対魔獣特殊作戦群も出動したが、仕留められたのはたったの二頭に終わる。


 この件は入院前で、ルベルも把握済みだ。


 投票率の大幅な下落要因のひとつで、アーテル政府は報道規制を実施。ルベルはアーテル軍の戦果までは知らなかった。

 アルトン・ガザ大陸のルニフェラ共和国から呼び戻された駐在武官は、情報収集に長けたベテランらしい。


 ……初心者の俺じゃなくて、この人がずっと……あっ、それじゃ、向こうが手薄になるのか。


 今年の三月からは、新聞の社会面に小さなベタ記事が載るようになった。複数の場所で同時に出現する日はあるが、同じ現場に続けて出現することはない。

 限られた新聞紙面に全ての事件を掲載するのは不可能で、氷山の一角に過ぎないが、毎週三回か四回は発生し、一カ月経った四月現在も続く。


 駐在武官は、報道された事件を一覧表にまとめてくれた。


 発生日時、場所、魔獣の数と種類、犠牲者数、駆除の成否――


 この情報から何が読みとれるのか。

 魔装兵ルベルは、駐在武官の考察ファイルを開く前に自分で考えてみた。

☆ランテルナ島民は、本土との通商に高額な税を課される……「532.出発の荷造り」参照

☆島民を守る為では……「176.運び屋の忠告」「1135.島民の選挙権」参照

☆ランテルナ島民には選挙権がなく……「1135.島民の選挙権」「1209.二カ所の情報」「1583.政策的な棄民」参照

☆隔世遺伝で生まれた力ある民の子や、成人後に何かの拍子で魔力が発覚した者……「795.謎の覆面作家」「812.SNSの反響」「1484.民心への干渉」参照

☆大量に出現した銀鱗の虫魚……「1442.大繁盛の理由」「1476.本選前の状況」「1478.葬儀屋の買物」「1484.民心への干渉」参照

☆あの払暁、ストラージャ湾内巡視船団に遭遇……「1401.人を殺さずに」「1423.あたたかな闇」参照

☆公衆電話に長蛇の列……「1519.学習機会喪失」~「1521.新旧の電話機」参照

☆魔獣が電話行列を襲う事件……「1523.庁舎前の惨事」参照

☆双頭狼は単独行動する個体……「1061.下す重い宣告」参照

☆ルフス光跡教会で遭遇した双頭狼のようなモノ/ルフス光跡教会も同じくらい凄惨な現場……「1074.侵入した怨念」~「1077.涸れ果てた涙」参照

☆最初の襲撃は、昨年十二月のアーテル大統領選挙の第二回予備選投票日……「1344.投票所周辺で」「1345.当落要因分析」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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