1632.太い蔓草採取
「何でまた、そんなたくさん? この村にゃ、職人さんが居ねぇのかい?」
葬儀屋のおっさんが、報告書を隣の木箱に置いてモーフの横に来た。
蔓草細工の籠は、モーフとメドヴェージのおっさんがさっきから拵えた五つだけだ。もうすぐ材料がなくなる。
「居ましたが、クーデターの少し前、サル・ウル様に連れられてクレーヴェルに行ったきり、戻らないのです」
ザパースの兄貴が困った顔で、同じ緑髪の葬儀屋に向き直った。兄貴の首にぶら下がる徽章は、ランテルナ島に居たネモラリス人ゲリラの武器職人と同じ【飛翔する鷹】だ。
「父と私は森番の狩人ですが、真ん中の弟は畑をしております。『収穫籠が傷んできたけど、職人さんが帰って来ない』としょっちゅうぼやいているのですよ」
兄貴の隣で、眼鏡の高校生ザパースがこくりと頷く。
葬儀屋のおっさんが、冗談混じりに聞く。
「弟さんちの畑で百個も使うのかい?」
「村人個人の畑はなくて、この辺一帯、すべてラキュス・ネーニア家から管理を任された畑なのですよ」
「こっ……ここ全部?」
モーフは思わず声が裏返った。見回したが、学校の塀と家が邪魔で、村の外までは見えない。道中に通った畑は、トラックでも結構な距離があった。
「そうです。村のみんなで作業するのですが、一年以上も職人が留守なものですから、色々傷んできましてね」
「他所の村には頼めねぇのかい?」
「輸入が滞ったせいで、どこも自分の村の代替品を作るだけで精一杯で……」
「術は僕と兄さんで頑張ります。本体だけ、お願いできませんか?」
「勿論、お代はきちんとお支払します」
「……だとよ。どうするよ?」
葬儀屋のおっさんが振り返る。
我に返ったメドヴェージが、モーフに聞いた。
「坊主、頑張れそうか?」
「いつまでここに居んのかわかんねぇけど、五十個も百個もって、材料は?」
モーフは未使用の蔓草を数えた。四本しかないのでは、作りかけの三個目すら、持ち手が少し足りない。
「森で調達しましょう。ご一緒します」
強そうな兄貴が請合う。メドヴェージが完成品の籠をひとつ、兄貴に寄越した。南瓜をふたつ入れただけでいっぱいになる大きさだ。
「コイツは買物籠のつもりで拵えたんだがよ、野菜の収穫用も、この大きさでいいのか?」
「もっと大きくできましたら、その方が助かります」
「ウチにある分、お持ちしますね」
ザパースは返事も待たずに駆け出した。
兄貴が後ろ姿を見送って、独り言のように言う。
「無事に帰れたのはいいのですが、あれからずっと一日中家に籠もって、話し掛けても殆ど喋らなかったんです」
今朝、モーフが話を聞いた感じでは、全然そんな風には見えなかった。
「みなさんに話を聞いていただいてから、急に元気になって……」
「この移動放送局の者は、後から加わった二人を除いて、クーデター発生後の都下に居ました。星の標のテロに巻き込まれた者や、目撃者も居ます」
ラジオのおっちゃんジョールチが静かな声で言うと、ザパースの兄貴は頷いてみんなを見回した。簡易テントの外で、子供らも神妙な顔をする。
「同じ苦しみを知る方々に聞いていただいて、気持ちの整理がついたのかもしれません」
強そうな兄貴は、泣きそうな顔で何度も礼を言った。
ザパースが持って来た籠は、体操座りした小学生がすっぽり入る大きさだ。背負う用の幅が広い革紐を付けた部分は蔓がヘタり、次に重い物を入れたら千切れそうな気がした。
「こりゃ、蔓もこっちのに合わせて太い種類にせにゃなぁ」
「群生地にご案内します」
メドヴェージが言うと、狩人の兄貴は気安く言った。
「僕もご一緒します」
「無理しなくていいんだぞ?」
「大丈夫」
ザパースが笑顔で応え、その肩を葬儀屋のおっさんがポンと叩く。
「じゃ、俺も荷物持ちすっか」
モーフとメドヴェージも断る理由がない。五人は連れ立って村を出た。
村の門を出てすぐ、地元の二人がモーフたちと手を繋いで【跳躍】する。
跳んだ先は、森の中の少し拓けた場所だ。
点々と残る切り株が小さな枝を伸ばす。周囲の木々には太い蔓が巻き付き、淡い青色の花が葡萄の房のように垂れ下がる。
「このくらいの太さでよろしいですか?」
兄貴が腰のベルトから鉈を外しながら聞く。
太い蔓の表面は木肌に似て、触ると硬いが、引っ張るとよく曲がった。
メドヴェージも具合を確かめて頷く。
「大きいのは、太い方が編みやすくていいな」
兄貴が鉈で根元を切り、モーフとメドヴェージが木から外すと、大きくて丸っこい蜂が何匹も飛び去った。
蔓を動かす度に房から小さい花がぽたぽた降って、甘い匂いを振りまく。葬儀屋のおっさんが、葉を千切って蔓だけにして束ねた。
眼鏡のザパースは、突っ立って他所見して、一人だけ何もしなかった。
……昨日まで家から一歩も出らンなかったっつってたし、ちょっとヤル気出したからって、すぐには働けねぇよな。
モーフは、木みたいにゴツい蔓を普通の木から引き剥がしながら、一人で納得した。みんなも、黙々と作業する。
「兄さん! 火の雄牛です!」
汗だくになる頃、ザパースの鋭い声が飛んだ。
狩人の兄貴が、何やら呪文を唱えながら弟の指差す方へ走った。ザパースはその場に留まったまま、力ある言葉を早口に唱える。
ザパースの方が先に終わり、木立の間から拳大の石が、驚いた兎のように飛び上がった。茂みの上に浮いた石が幾つも、兄貴の先へ飛んでゆく。
石の行く手には、赤い角を光らせ、姿勢を低くする緑色の魔獣が居た。
ランテルナ島の森で、ソルニャーク隊長と運び屋フィアールカが仕留めたのと同じ種類だ。
雄牛の鼻先に石飛礫が立て続けに当たり、角の光が消えた。兄貴の振りかぶった鉈が白い光を纏う。一撃で魔獣の首が飛び、血飛沫を上げる胴体が、あっけなく倒れた。
……何もしねぇんじゃなくて、見張りだったのか。
しかも、魔法で魔獣に立ち向かい、先手を取ったのだ。
モーフは、サル・ガズがネミュス解放軍の戦力として、ザパースを欲しがった理由がわかった気がした。




