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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1674/3517

1632.太い蔓草採取

 「何でまた、そんなたくさん? この村にゃ、職人さんが居ねぇのかい?」

 葬儀屋のおっさんが、報告書を隣の木箱に置いてモーフの横に来た。

 蔓草(つるくさ)細工の籠は、モーフとメドヴェージのおっさんがさっきから(こしら)えた五つだけだ。もうすぐ材料がなくなる。


 「居ましたが、クーデターの少し前、サル・ウル様に連れられてクレーヴェルに行ったきり、戻らないのです」

 ザパースの兄貴が困った顔で、同じ緑髪の葬儀屋に向き直った。兄貴の首にぶら下がる徽章(きしょう)は、ランテルナ島に居たネモラリス人ゲリラの武器職人と同じ【飛翔する(タカ)】だ。


 「父と私は森番の狩人ですが、真ん中の弟は畑をしております。『収穫籠が傷んできたけど、職人さんが帰って来ない』としょっちゅうぼやいているのですよ」

 兄貴の隣で、眼鏡の高校生ザパースがこくりと頷く。

 葬儀屋のおっさんが、冗談混じりに聞く。

 「弟さんちの畑で百個も使うのかい?」

 「村人個人の畑はなくて、この辺一帯、すべてラキュス・ネーニア家から管理を任された畑なのですよ」

 「こっ……ここ全部?」

 モーフは思わず声が裏返った。見回したが、学校の塀と家が邪魔で、村の外までは見えない。道中に通った畑は、トラックでも結構な距離があった。


 「そうです。村のみんなで作業するのですが、一年以上も職人が留守なものですから、色々(いた)んできましてね」

 「他所の村には頼めねぇのかい?」

 「輸入が滞ったせいで、どこも自分の村の代替品を作るだけで精一杯で……」

 「術は僕と兄さんで頑張ります。本体だけ、お願いできませんか?」

 「勿論(もちろん)、お代はきちんとお支払します」


 「……だとよ。どうするよ?」

 葬儀屋のおっさんが振り返る。

 我に返ったメドヴェージが、モーフに聞いた。

 「坊主、頑張れそうか?」

 「いつまでここに居んのかわかんねぇけど、五十個も百個もって、材料は?」

 モーフは未使用の蔓草を数えた。四本しかないのでは、作りかけの三個目すら、持ち手が少し足りない。


 「森で調達しましょう。ご一緒します」

 強そうな兄貴が請合う。メドヴェージが完成品の籠をひとつ、兄貴に寄越した。南瓜をふたつ入れただけでいっぱいになる大きさだ。

 「コイツは買物籠のつもりで(こしら)えたんだがよ、野菜の収穫用も、この大きさでいいのか?」

 「もっと大きくできましたら、その方が助かります」

 「ウチにある分、お持ちしますね」

 ザパースは返事も待たずに駆け出した。


 兄貴が後ろ姿を見送って、独り言のように言う。

 「無事に帰れたのはいいのですが、あれからずっと一日中家に籠もって、話し掛けても(ほとん)ど喋らなかったんです」


 今朝、モーフが話を聞いた感じでは、全然そんな風には見えなかった。


 「みなさんに話を聞いていただいてから、急に元気になって……」

 「この移動放送局の者は、後から加わった二人を除いて、クーデター発生後の都下に居ました。星の(しるべ)のテロに巻き込まれた者や、目撃者も居ます」

 ラジオのおっちゃんジョールチが静かな声で言うと、ザパースの兄貴は頷いてみんなを見回した。簡易テントの外で、子供らも神妙な顔をする。


 「同じ苦しみを知る方々に聞いていただいて、気持ちの整理がついたのかもしれません」

 強そうな兄貴は、泣きそうな顔で何度も礼を言った。



 ザパースが持って来た籠は、体操座りした小学生がすっぽり入る大きさだ。背負う用の幅が広い革紐を付けた部分は蔓がヘタり、次に重い物を入れたら千切れそうな気がした。


 「こりゃ、蔓もこっちのに合わせて太い種類にせにゃなぁ」

 「群生地にご案内します」

 メドヴェージが言うと、狩人の兄貴は気安く言った。

 「僕もご一緒します」

 「無理しなくていいんだぞ?」

 「大丈夫」

 ザパースが笑顔で応え、その肩を葬儀屋のおっさんがポンと叩く。

 「じゃ、俺も荷物持ちすっか」

 モーフとメドヴェージも断る理由がない。五人は連れ立って村を出た。



 村の門を出てすぐ、地元の二人がモーフたちと手を繋いで【跳躍】する。

 跳んだ先は、森の中の少し拓けた場所だ。

 点々と残る切り株が小さな枝を伸ばす。周囲の木々には太い蔓が巻き付き、淡い青色の花が葡萄の房のように垂れ下がる。


 「このくらいの太さでよろしいですか?」

 兄貴が腰のベルトから(なた)を外しながら聞く。

 太い蔓の表面は木肌に似て、触ると硬いが、引っ張るとよく曲がった。

 メドヴェージも具合を確かめて頷く。

 「大きいのは、太い方が編みやすくていいな」


 兄貴が鉈で根元を切り、モーフとメドヴェージが木から外すと、大きくて丸っこい蜂が何匹も飛び去った。

 蔓を動かす度に房から小さい花がぽたぽた降って、甘い匂いを振りまく。葬儀屋のおっさんが、葉を千切って蔓だけにして束ねた。

 眼鏡のザパースは、突っ立って他所見して、一人だけ何もしなかった。


 ……昨日まで家から一歩も出らンなかったっつってたし、ちょっとヤル気出したからって、すぐには働けねぇよな。


 モーフは、木みたいにゴツい蔓を普通の木から引き剥がしながら、一人で納得した。みんなも、黙々と作業する。



 「兄さん! 火の雄牛です!」

 汗だくになる頃、ザパースの鋭い声が飛んだ。


 狩人の兄貴が、何やら呪文を唱えながら弟の指差す方へ走った。ザパースはその場に留まったまま、力ある言葉を早口に唱える。

 ザパースの方が先に終わり、木立の間から拳大の石が、驚いた兎のように飛び上がった。茂みの上に浮いた石が幾つも、兄貴の先へ飛んでゆく。


 石の行く手には、赤い角を光らせ、姿勢を低くする緑色の魔獣が居た。

 ランテルナ島の森で、ソルニャーク隊長と運び屋フィアールカが仕留めたのと同じ種類だ。


 雄牛の鼻先に石飛礫(いしつぶて)が立て続けに当たり、角の光が消えた。兄貴の振りかぶった鉈が白い光を纏う。一撃で魔獣の首が飛び、血飛沫を上げる胴体が、あっけなく倒れた。


 ……何もしねぇんじゃなくて、見張りだったのか。


 しかも、魔法で魔獣に立ち向かい、先手を取ったのだ。

 モーフは、サル・ガズがネミュス解放軍の戦力として、ザパースを欲しがった理由がわかった気がした。

☆ランテルナ島に居たネモラリス人ゲリラの武器職人……「361.ゲリラと職人」~「364.国際政治の話」参照

☆ソルニャーク隊長と運び屋フィアールカが仕留めたのと同じ種類……「477.キノコの群落」~「479.千年茸の価値」参照

☆サル・ガズがネミュス解放軍の戦力として欲しがった……「1629.支配者の命令」参照


▼【飛翔する鷹】学派の徽章

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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