1631.初めての注文
学生たちは、昼飯を食べながら、フツーに雑談して帰った。
モーフは、さっき聞いた「クーデターの戦闘に巻き込まれた話」が頭の中でグルグル回って、平和な雑談が右から左へ抜けてしまった。
学生たちが持って来たパンが、鮮やかな緑色だったコトだけが記憶に残る。
クルィーロとラゾールニクが、せっせとノートの続きを撮る。
ピナと兄貴が、もらった野菜と果物を荷台に片付けて、晩メシ用のパンの仕込みを始めた。ピナの妹とアマナは、荷台で繕い物をする。
薬師のねーちゃんは荷台の奥に引っ込んだから、多分、魔法薬を作るのだろう。
葬儀屋のおっさんが、下ろした木箱を開けて報告書を読む。ソルニャーク隊長たちは、クルィーロたちの作業を静かに待った。
「坊主、ヒマそうだな。蔓草細工でもすっか?」
メドヴェージのおっさんも、するコトがないのだろう。
特に反対する理由はなく、蔓草が入ったゴミ袋を受取る。
採って何日も経つ蔓は、乾いてすっかり硬くなってしまった。これでは、作業中に切れてしまうかもしれない。
「アビエースさん、ちょっといいっスか?」
「なんでしょう?」
メドヴェージが声を掛けると、タブレット端末で撮るノートを横から読むのをやめて、こちらを向いた。漁師の爺さんの顔は随分、疲れて見える。
「蔓草が乾いちまったモンだから、ちょっと煮込んでくんねぇか?」
「おやすいご用ですよ」
爺さんは表情を和らげて【操水】の呪文を唱えた。
モーフとメドヴェージのおっさんは、宙に浮いた水にどんどん蔓草を入れる。
袋が空になったところで、二人が一歩退がると、爺さんはもう一回、力ある言葉で何か言った。
モーフは何回聞いてもわからないが、水にはわかるのか、一気に沸き上がった。宙で煮え滾る熱水の中で、蔓草が生き物のように踊る。
……例えば、コイツを浴びせられたら、火傷でイチコロなワケだ。
隠れキルクルス教徒狩りは止んだらしいが、星の標の爆弾テロで、キルクルス教徒に恨みを抱く都民は多いだろう。
普段使いのこんな術でも、力なき民にとっては大きな脅威になる。
警備員オリョールのような魔法戦士でなくとも、魔法使いはみんな、少年兵モーフよりずっと強いのだ。
星の道義勇軍の偉い人は、ゼルノー市には力なき陸の民が多いからと、制圧作戦を立てたが、結果は惨敗だった。
指揮官は、魔法使いの力を知らなかったのかもしれない。
少年兵モーフは、リストヴァー自治区を出てから、この二年、魔法使いと寝食を共にし、たくさんのコトを学んできた。
改めて振り返ると、二年前のゼルノー市襲撃作戦がどれだけ無謀だったかよくわかる。
……もし、アーテルの空襲がなかったら、自治区はどうなってたんだろうな。
考えても仕方のないコトに向かい掛けた意識を引き剥がし、宙に浮いた水が蔓草と共に渦巻くのを見守る。渦が水平に広がり、蔓が横へ伸びた。
「冷ましたんで、もう大丈夫ですよ」
「助かる! ありがとよ」
メドヴェージのおっさんが手を伸ばすと、蔓の束が水から落ちて腕に収まった。まだ温かい蔓草の束を半分渡され、簡易テントの出入口に一番近い席で、おっさんと差し向かいに座る。
移動販売店の蔓草細工部門で一番売れたのは、買物籠だ。作るのは大変だが、簡単な物をたくさん作って在庫を抱えるのはよくない。
何を作るか決まったら、後はひたすら編むだけだ。無心で手を動かす。
「お姉ちゃんの髪、畑の土と同じ色ね」
「陸の民だからね。あなたの髪は今の時期の麦と同じ色ね」
ピナの声で顔を上げる。
籠は三つ目の途中だ。
いつの間に出たのか、ピナと妹、アマナは簡易テントの前で鞄を持つ小学生たちの真ん中に居た。地元の小学生はみんな、鮮やかな緑髪だ。陸の民三人を物珍しげに眺め、次々と質問を繰り出す。
「ずっと放送の旅をしてるの?」
「何で?」
「空襲で街が焼けて、住むとこなくなっちゃったからね」
「たいへーん」
「かわいそう」
「うちに泊まってく?」
「ありがとうね。でも、トラックに泊まるから大丈夫よ」
同情を向けられたが、ピナはやんわり断った。
「どうして放送するの?」
「少しでも早く戦争が終わるようによ。外国で仕入れた情報とかも放送するの」
ピナは妹よりずっと小さい小学生にも、きちんと説明する。妹とアマナは、何事もなければ中学生の年齢だ。
……そう言や、ここの校長先生は、俺らに学校来てもいいって言わなかったな。
どうせすぐ出てゆくと思われたのだろう。
この村は、旧直轄領の他の村よりずっと大きくて立派で、周りは森と畑だが、町と呼んでもよさそうな所だ。先に通ったふたつの村には学校がなかった。他所の村の子も通うから、教室の席に余りがないのかもしれない。
「ラジオで戦争終わるの?」
「放送でどうなるの?」
「ラジオで言ったら、アーテルの人、爆弾落とすのやめてくれるの?」
モーフは、湖の民のチビたちの質問にひとつも答えられる気がしない。だが、ピナは困った顔をしながらも、ひとつずつ丁寧に答えた。
「すぐ終わるワケじゃないけど、この国は今、民主主義だから、みんなが戦争やめようって言ったら、クリペウス首相とかが、アーテルの大統領と戦争をやめる話し合いをしてくれるかもしれないからね」
眼鏡の高校生ザパースが、大きな木皿を抱えて戻って来た。似た顔立ちの強そうなおっさんも一緒だ。小学生の群がさっと退く。おっさんは遠慮なく催し物用の簡易テントに入って来た。
モーフは、さっき昼メシを食べたばかりだが、旨そうな匂いに唾を飲んだ。
「弟がお世話になりまして恐れ入ります。先程獲った兎です。お夕飯にどうぞ」
メドヴェージのおっさんが籠を除けると、ザパースが皿を置いた。山盛りの焼き肉が湯気を立てる。
一頻り礼を言い合い、ザパースの兄貴が帰り際、籠に目を留めた。
「見事な細工物ですね」
「編んだだけで、魔法も何もねぇけどよ」
メドヴェージが苦笑すると、ザパースの兄貴は真顔で言った。
「魔法はこちらで何とかしますので、収穫用に五十個でも百個でも、なるべくたくさん売っていただけませんか?」
モーフとメドヴェージは、突然の大口注文に驚いて声も出なかった。
☆警備員オリョールのような魔法戦士……「460.魔獣と陽動隊」「462.兵舎の片付け」~「464.仲間を守る為」「470.食堂での争い」参照
☆二年前のゼルノー市襲撃作戦……「0011.街の被害状況」「0013.星の道義勇軍」「034.高校生の嘆き」~「036.義勇軍の計画」参照
☆先に通ったふたつの村……「1530.旧直轄領の村」「1534.森の村と神殿」「1554.村落の繋がり」参照




