1630.首都での予定
「クレーヴェル東地区朝霧通のパニセア・ユニ・フローラ神殿……知ってる?」
ラゾールニクが聞くと、ラジオのおっちゃんジョールチとDJの兄貴、それにアマナの父ちゃんが頷いた。
「ウシェールィエ神官にも、何度かお会いしたコトがあります」
ラジオのおっちゃんの口振りは残念そうだ。ややこしい呼称の神官は、ネミュス解放軍の手先になるような奴じゃないのかもしれない。
DJの兄貴が、誰も居ない校庭を見て、首都から逃げ果せた学生たちに笑顔を向けた。
「みんな、辛いことを頑張って話してくれて有難う。お昼、どうする? 一緒に食べる?」
モーフの腹が鳴った。ラジオのおっちゃんが、催し物用の簡易テントに掛けた魔法は、音を防ぐだけで、昼メシを用意する匂いまでは防げない。
「もう作ってると思うんで、えーっと……持って来てご一緒させていただいていいですか?」
最年長の薬科大生レーコマが言って、年下の四人を見た。
男子学生アペルが、立ち上がって頭を掻く。
「緑青がアレで、レーフさんをご招待できないのが残念です。でも、ここでご一緒させてもらえたら嬉しいです」
「俺もだ」
DJの兄貴が笑うと、学生たちも笑顔で礼を言って簡易テントを出た。
移動放送局のみんなも、大急ぎで昼メシを用意する。
ピナの兄貴が仕込んであったパンを焼き、漁師の爺さんと薬師のねーちゃんが魚の干物と乾物の野菜でスープを作る。
葬儀屋のおっさんと工員クルィーロが、軽くする魔法で木箱を長机に寄せてくれた。モーフたちも、食器を並べて手伝う。
みんな、すっかり慣れた動きで、あっという間に終わる。
パンの焼ける香ばしい匂いは、何回嗅いでも嬉しくなる。
「午後からはノート、撮らせてもらって、終わった分から読んでってくれる?」
ラゾールニクの横では、クルィーロが早速、女子大生アーラが書いた日記をタブレット端末で撮り始めた。メドヴェージのおっさんは、せっせとノートを捲ってはページを押え、撮影の手伝いをする。
二一九一年の二月、魔哮砲戦争が始まった。
同じ年の九月、首都クレーヴェルでクーデターが発生してから、二一九二年一月に故郷へ帰るまでの記録だ。
モーフには、そんな辛い目に遭ったコトをわざわざ書き残す発想がなく、アーラの気持ちや考えがわからない。
……ヤなコトなんざ、とっとと忘れちまやいいのによ。
街や村で情報収集する時のメモは、後でラジオのおっちゃんジョールチが放送用の原稿を書く。ファーキルたちにも渡して、報告書にまとめてもらい、大勢の同志が色々なことに使うから、必要だ。
モーフはまだ、字が上手く書けない。一緒に行く大人に書いてもらうしかなく、荷物持ちくらいしかできなかった。
大人たちは手帳にたくさん書くが、モーフには色々な人から聞いた話の内、何をどう書けばいいのか、わからなかった。
「手記は五冊。三日間お預かりする約束ですから、手分けして五人……」
アマナの父ちゃんがみんなを見回して、ラジオのおっちゃんで視線を止めた。
「私とレーフ、パドールリクさん、ソルニャークさん、それから……アビエースさん、お願いしてよろしいでしょうか」
「俺とクルィーロ君は撮った分、端末で読んで、明後日の朝、アミトスチグマに行くよ」
ラジオのおっちゃんとラゾールニクに反対する声は出なかった。
モーフは、学生たちからちょっと聞いただけでおなかいっぱいだ。
ピナたちは、妹たちが大怪我するなど、首都クレーヴェルのクーデター後、酷い目に遭った。
学生たちは、怪我こそなかったものの、五人ともそれぞれが大変な思いをさせられたらしい。
薬科大生レーコマは、まだ薬師の修行中なのにプロと一緒に怪我人の治療をさせられた。
前に葬儀屋のおっさんが、クレーヴェルには百万人も居ると言った。きっと、北の村に居た頃の薬師のねーちゃんみたいにヘトヘトのボロボロになるまでコキ使われたのだろう。
……あ、でも、爺さんとねーちゃんの身内のコトもちょっとわかったし、いいコトも書いてあンだよな?
女子大生アーラは他に何を見て、どう書いたのか。
知りたいような、怖いような気がして、むずむずしてきた。
日記を書いたアーラと、男子学生アペルは同じ大学で、家を作る魔法を勉強中らしい。アペルは、大学へ逃げて来た車に魔法を掛けて頑丈にし、炊き出しや神殿の修理を手伝ったと言う。
……修理?
さっき、高校生のレフラーツスは、神殿で星の標が爆弾テロをしたと言った。
五人の話が次々と頭の中で繋がって、モーフは身震いした。
ピナの兄貴が、焼き上がったパンを皿に盛りながら、誰にともなく聞く。フライパンで焼いてくれたのは、いつもの千切りパンだ。
「首都に入ったら、まず公衆電話を探して電話帳でウハー鮮魚店を調べて、連絡して、それから東地区の朝霧神殿?」
「そうですね。次の行動は、魚屋さんのお返事次第で、神殿と二手に分かれるかどうかは、首都の状況によりますね」
ラジオのおっちゃんジョールチが、薬師のねーちゃんを見たが、ぼんやり鍋を掻き混ぜて返事がない。
漁師の爺さんも、鍋を見詰めて物思いに耽る。
光福三号は、元々この爺さんの船だった。だが、ラジオでクーデターの件を聞いた親戚が、爺さんを船から叩き出して乗っ取り、首都クレーヴェルに行ってしまったのだ。
漁船を返してもらえるだろうか。
……会っても嬉しくねぇとか? いや、でも、さっきは泣いて喜んでたし。
親戚と再会できたら無事を喜ぶのか。
とっちめて漁船を取り返したいのか。
緑髪の兄妹は難しい顔で、モーフには二人がどうしたいかわからない。
学生五人とその親たちが、お盆に食べ物を盛って戻って来た。
「ジョールチさん、みなさんも、ウチの子の話を聞いて下さって、有難うございました」
「お陰様で、痞えが取れたみたいにすっきりした顔になって……」
「やっと笑顔を見られて、ホントに……ホントに……ありが……」
親たちの何人かは涙ぐみながら、生の野菜や果物を置いて行った。
☆ピナたちは(中略)酷い目に遭った……「708.臨時ニュース」~「710.西地区の轟音」参照
☆前に葬儀屋のおっさんが、クレーヴェルには百万人も居ると言った……「659.広場での昼食」参照
☆北の村に居た頃の薬師のねーちゃん……「1281.寝込めるヒマ」「1284.過労で寝込む」~「1286.接種状況報告」参照
☆ウハー鮮魚店……「1621.得た手掛かり」参照
☆光福三号は、元々この爺さんの船……「825.たった一人で」~「827.分かたれた道」参照




