表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1671/3516

1629.支配者の命令

 サル・ガズが足を止めて振り返る。

 部隊は彼を中心に散開し、周囲を警戒する。

 ザパースは、何度か父に連れて行かれた魔獣狩りの現場を思い出した。


 「ご婦人、昨夜のラジオは聞いたか?」

 「は、はい。あの、その子は……」

 「この者は狩人の息子で【飛翔する(タカ)】学派の使い手だ。今は少しでも戦力が欲しい。連れ行くぞ」

 「あ、あの、その子は大人しい子で、戦いなんて、そんな……」

 下宿の大家さんが、必死に食い下がる。


 「魔獣狩りではこの者も【鎧】を纏い、何度も生きて帰った。だからこそ、今もここに居るのだ」

 「えぇッ? そんなまさか」

 大家さんが視線でザパースに確認を求めた。

 サル・ガズに手首を掴まれたザパースは逃げられない。嘘を()けば殺されるかもしれないとの恐怖で、小さく顎を引いた。

 大家さんの老いで(たる)んだ(まぶた)が持ち上がり、サル・ガズに顔を向ける。


 「この者は三男で、跡継ぎではないが、十三歳になってからは何度も魔獣狩りに参加した。この者がクレーヴェルで建築を学びたいと言った時、偏狭なサル・ウルは反対したが、私は別の技術を学ぶのも悪くないと思い、許可と学費を出してやったのだ」


 サル・ガズが、初対面の庶民に嘘偽りなく、きちんと事情を説明した。ザパースは意外に思いながら、半ば他人事(ひとごと)のような諦めを(いだ)いて二人の遣り取りを見守る。

 大家さんは、どこか遠くから爆発音が届く度にビクリと身を(すく)ませるが、下宿のみんなが居る食堂へ引っ込まず、玄関で頑張ってくれる。


 「私はこの下宿の大家です。その子を無事に親御さんの許へお返しする責任があります」

 「大した職業倫理だ。褒めてつかわす」

 大家さんは面食らい、鷹揚に笑うサル・ウルを頭のてっぺんから爪先までジロジロ眺めた。


 外見は二十代前半くらいだが、半世紀の内乱が始まる少し前に生まれた長命人種で、大家さんより少し年上だ。

 ザパースより頭ひとつ分背が高く、がっしりした体格と自信に満ちた態度は、ただそこに居るだけで見る者を圧倒する。

 今は様々な防禦の呪文と呪印が赤い糸で刺繍された【鎧】を纏い、腰に長剣を()く。首から()げた徽章(きしょう)は魔法戦士の証【急降下する(ワシ)】学派。彼が何者か知らない者でも、逆らおうなどとは思わないだろう。


 だが、大家さんは震えながらも、ザパースの為に引き留めた。

 下宿人は他人だ。それでも、命懸けで助けようとしてくれる。


 ザパースは両足でしっかり道を踏みしめ、腹に力を入れて声を出した。


 「あ、あのっ、サル・ガズ様」

 「何だ?」

 向けられた緑の瞳に怒りの色はないが、村の支配者と目が合った瞬間、ザパースは胃がきゅっとした。

 「僕は……し、市街戦の経験がありません」

 「森で魔獣相手に戦う方が難易度は上だぞ」

 「人間を相手にた……たた……たっ戦う訓練も……ぜっ全然」

 「(おそ)れながら、サル・ガズ様。この少年の様子、多少【飛翔する(タカ)】の心得があろうとも、前線に投入すれば必ずや、足手纏いになりましょうぞ」

 静かだが、よく通る声が割り込む。年配の魔法戦士だ。


 言葉通り、邪魔にしかならない素人の参入を戦術上の理由で防ぎたいのか。怯えるザパースが可哀想になり、見兼ねて助けてくれたのか。

 (いわお)のような顔は表情が乏しく、意図はわからなかった。


 サル・ガズは彼への信頼が厚いのか、話の腰を折られても怒らなかった。逃げ腰になるザパースの手首を引き寄せ、滔々(とうとう)と捲し立てる。


 「昨夜、ラジオで流した声明の通り、この国を秦皮(トネリコ)の枝党などと言う民草共の手に(ゆだ)ねてはならない。奴らは他の多くの民を欺き、密かに魔法生物の兵器利用を進めてきた。アーテルのキルクルス教徒共が、どのような手段で情報を得たか不明だが、魔哮砲こそが、戦争の原因だ」


 ザパースと大家さんが、勢いにつられて思わず頷く。


 「ラクリマリス政府が証拠を突きつけても、奴らは黙して語らぬ。残念なコトにアル・ジャディ・ラキュス・ネーニア将軍ともあろうお方が、そんな政治家に(くみ)しておるのだ。わかるか? 森番の子ザパースよ」


 「わかりません……難しくて」

 消え入りそうな声で答えると、サル・ガズは鼻を鳴らした。

 「では、教えてやろう。ラキュス・ネーニア家の手に権力を取り戻さねば、この国が……いや、ラキュス湖が干上がり、周辺の国々も全て滅ぶ。影響が湖北地方のムルティフローラ王国まで及べば、最悪の場合、三界の魔物の封印が解ける」

 「ッ……そんな……」

 「民主主義などと言うものを押し付けたキルクルス教徒共には、それがわからんのだ。そもそも、ほんの数年の任期付きで、一時的に権力を付与されただけに過ぎぬ民草風情が、我らラキュス・ネーニア家の者や、ラクリマリス王家の者と同等の責務を果たせる筈がなかろう」


 大家さんの息を呑む音が、ザパースの耳まで届いた。


 戦闘の破壊音が次第に大きくなる。

 サル・ガズは、ザパースから手を放した。


 「ザパース。お前には呪符作りをさせてやろう。決心がついたら、東地区朝霧通のパニセア・ユニ・フローラ神殿へ行き、ウシェールィエ神官に言え」


 一方的に言って爆音のする方へ駆けてゆく。部隊の者たちも後に続いた。

 年配の魔法戦士は彼らを見送り、ザパースの肩に分厚い掌を乗せて言う。


 「少年よ。故郷へ帰れ」


 返事を待たず、(きびす)を返して部隊を追う。

 彼らの姿が見えなくなっても、ザパースの肩には、魔法戦士の手の重みとぬくもりが残った。



 「お兄ちゃん、その神殿……行ったの?」

 ピナの妹が聞くと、ザパースは勢いよく首を横に振った。

 「場所を知らないし、知ってても……人殺しの手伝いなんて……」

 ザパースが眼鏡を外して涙を拭い、レフラーツスがその背をさする。


 「正直……うちに帰るのも、サル・ガズ様に怒られるかもって怖かったんです。でも、帰ったら、隠れキルクルス教徒狩りの件でウヌク・エルハイア将軍からお叱りを受けて、クレーヴェルのどこかに閉じ込められてるって聞いてホッとして」

 ザパースは眼鏡を握って(うつむ)いたまま、一気に言葉を吐き出した。

☆昨夜、ラジオで流した声明……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照

☆ラクリマリス政府が証拠を突きつけ……「500.過去を映す鏡」「580.王国側の報道」「581.清めの闇の姿」参照

☆ラキュス湖が干上がり(中略)三界の魔物の封印が解ける……「821.ラキュスの水」「874.湖水減少の害」三界の魔物の封印「403.いつ明かすか」参照

☆民主主義などと言うものを押し付けたキルクルス教徒……「370.時代の空気が」参照

☆隠れキルクルス教徒狩りの件でウヌク・エルハイア将軍からお叱り……「1552.首都圏の様子」「1553.贖罪で生かす」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ