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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1628.翌朝の訪問者

 ラジオのおっちゃんジョールチが、背筋を伸ばして学生たち五人を見回す。

 「あなた方が生き延びて、今日ここに居て下さったから、我々に首都クレーヴェルで何が起こったか、伝わったのです」

 「でも……」

 「放送は致しません。しかし、あなた方からいただいた貴重な情報は、武力に依らず平和を目指す同志にお伝え致します」

 「今すぐ状況を動かす力はありませんが、首都の様子がわからなければ、対策も善後策も立てられません」

 ラジオのおっちゃんがレフラーツスを遮り、アマナの父ちゃんが畳みかけた。


 葬儀屋のおっさんが鎮花茶を淹れ直して言う。

 「まだ、もう一人の坊主のハナシを聞いてねぇ」

 みんなが、最後の一人……眼鏡の男子高校生に向き直った。


 休み時間になり、子供らが校庭に出て来たが、今度は誰も移動放送局の車に近付かない。先生に何か言われたのだろう。



 「僕は、クレーヴェル高専で【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の勉強を……あっ、呼称はザパースって言います」

 「ザパース君、ゆっくりでいいよ、ゆっくりで」

 ラゾールニクはいつもの軽いノリで言ったが、ザパースは硬い表情で眼鏡を掛け直した。

 「父と長兄が狩人で、僕も【飛翔する(タカ)】学派を少し教わりました。でも、戦いとか苦手なので、建築の勉強をすることにしたんです」

 「あれっ? 呪符とか呪具とか作る術もなかったっけ?」

 魔法使いの工員クルィーロが意外そうに突っ込むと、ザパースは(うつむ)きながら首を横に振った。

 「ちゃんと修行してしまったら、物作り専業ではいられなくなるんです」

 「えッ? 何で?」

 「魔物や魔獣が出たら、退治に動員されます」

 「あッ……」


 ……向いてねぇ魔法は、習わねぇ方がいいのか。


 親兄弟に教えてもらえるのは得な気がしたが、そうでもないらしい。

 少年兵モーフは、学ぶ機会を自ら蹴った眼鏡の少年を見た。確かにひょろくて弱そうだが、魔法使いの強さは外見からはわからない。


 「現に……クーデターの次の朝、下宿にサル・ガズ様が来られて……」



 ザパースの下宿は、レフラーツスの下宿から歩いて三分の所だ。電話したが、誰も出なかった。

 この家屋に組込まれた術は【魔除け】【耐震】【耐火】【耐暑】【耐寒】だ。手持ちの呪符素材は【頑強符】用が三枚分と、【耐火符】用が一枚分しかない。


 「でも、一枚あれば、何日かはイケるんだろ?」

 ネーニア島サカリーハ市出身の大学生が、みんなの不安を代弁する。

 ザパースは泣きたくなったが、どうにか正直に説明した。

 「呪符だと、一枚で守れる範囲が狭いんです」

 大家のお婆さんが、手の中で前掛けの(すそ)を揉みながら聞く。

 「どのくらい守れるの?」

 「……この食堂くらいがギリギリです」


 十二人掛けの大きな食卓と食器棚、雑誌用の小棚と共用の本棚、それに長椅子が置かれ、談話室を兼ねる。

 それなりの広さだが、下宿人全員が寝起きするには狭い。

 カーメンシク市出身の大学生が、食堂を見回して呟いた。

 「個室だと二部屋……と、半分くらい……か?」

 現在の入居者は八人で、お婆さんが一人で切り盛りする。


 いつもはシャキシャキ元気な大家さんは、遠くから爆発の轟音が届く度に身を(すく)ませ、落ち着かない目で周囲を窺った。

 下宿人は湖の民が五人、力ある陸の民が三人、大家さんも湖の民で、魔力は充分な気がする。


 「神殿へ避難した方がいいんじゃないか?」

 「待て待て! 夜に出歩くのは危ないって」

 「今! 正に! 戦闘の最中なんだぞッ!」

 「でも、この辺まで来たら、留まるよりは」

 「流れ弾が飛んでくるかもしれないのに?」

 「身体に直撃するより【耐震】だけでも、ないよりマシじゃないかな?」


 下宿のみんなは食堂に集まって一睡もできず、結局、結論も得られずに夜明けを迎えた。

 ザパースは黙々と、クレーヴェル高専で学んだばかりの【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の呪符【頑強符】と【耐火符】を作った。



 日の出と共に戦闘の音が小さくなり、近くの街路樹で雀が(さえず)る。

 やや気が緩み、何人かがうとうとし始めた頃、下宿の戸が乱暴に叩かれた。

 徹夜明けの心臓が跳ね上がり、誰も動けない。

 更に戸が叩かれ、聞き覚えのある声で呼称を呼ばれた。


 「ザパース! ザパース! 居ないのかッ?」


 故郷の村を支配する双子のいずれか、ザパースには区別がつかない。

 みんなの視線が刺さった。

 「ザパース君、おうちの人が迎えに来てくれたんじゃないの?」

 「いえ……村の……近所の人……です」

 口がカラカラに乾き、舌が上顎に貼り付いたが、何とか大家さんに応えて席を立つ。銀のペンを握ったまま、左手を廊下の壁につき、なかなか言うことを聞いてくれない足を辛うじて前へ進めた。


 呼称を叫ぶ支配者の声に苛立ちが混じる。早く出なくてはと思うが、震える足は鉛のように重い。


 掠れた囁きでも、扉に掛けられた【鍵】は反応した。

 双子のどちらでも、たかが庶民の魔力で掛けた【鍵】くらい、容易(たやす)く解除できる筈だが、そうしないだけの分別はあるらしい。

 あるいは、彼にとってザパースは、そこまでして会う程の価値がないか。意識の片隅で考えながら、物体の戸を開ける。


 「お……お待たせ致しまして、申し訳ございません」

 「お前も来い」

 有無を言わさず、手首を掴まれた。

 支配者の背後に控えるのは、魔法の【鎧】を纏った緑髪の魔法戦士たちだ。七人とも、旧王国時代の剣を()く。

 「あ、あの、サル・ガズ様……?」

 「お前も【飛翔する(タカ)】学派の端くれ。頭数(あたまかず)程度にはなるだろう」

 イチかバチか呼んだ名は、当たりだった。


 ザパースの手を引くサル・ガズを先頭に部隊が動く。


 「あ、あの……もし……どちらへ?」

 大家さんが手の中で前掛けを()ねながら、玄関先で声と勇気を振り絞った。

☆【飛翔する(タカ)】学派/呪符とか呪具とか作る術……「0216.説得を重ねる」「0221.新しい討伐隊」「1302.危険領域の品」参照

☆【頑強符】……【頑強】の術の使用例「896.聖者のご加護」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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