0167.拓けた道の先
放送局前から警察署前まで、片道一車線分の瓦礫の撤去に半月掛かった。
子供らを含む半数は、放送局に残って保存食を作る。
道がどこまで残ったかわからないが、移動距離は長くなるだろう。いつも調理できるとは限らない。
道の先が拓けた瞬間、レノは達成感や喜びではなく、虚脱感に襲われた。
警察署前は特に瓦礫が多く、疲れたせいもある。
クルィーロの顔を見ると、魔法使いの工員も憔悴しきって、喜ぶ元気もない。
レノたちは、ふらつく足で警察署まで歩いて階段に腰掛けた。
誰も何も言わない。
少年兵モーフが道の先を呆然と見る。
……これでやっと市外に出られる。
もう月末だ。
途中、少し雪が降った日もあり、レノは他に取り残された生存者が気になった。
皆無と言うことはないだろう。
特に農村地帯のゾーラタ区では、民家と民家の間が離れ、人口が少ない。わざわざそんな所まで爆撃するとは思えなかった。
ゾーラタ区に生存者が居たとしても、どんな人物かわからない。
ニュース原稿では、略奪などもあったらしい。略奪者が居着いた可能性もある。
レノたちのトラックには水と食糧と燃料がある。そして、女子供が多い。
略奪者にとっては恰好のカモだろう。
いっそ、誰も居ない方がいいとさえ思う。
……人の生活がちゃんと成り立ってるとこに着くまで、気を抜けないよなぁ。
ネーニア島は、クブルム山脈沿いの内陸部に魔物が多い。
ネモラリス共和国が領有する北の内陸は、湿地が多く、地形的にも、家や畑を作れない土地が多いので都市はない。
南のラクリマリス王国領も、内陸部は山から続く山林に覆われて魔物が多い。
湖岸に沿って都市が発展し、港を持つ街が栄える。
半世紀の内乱から三十年経ったが、まだ各地に傷跡が残り、都市の規模は往時より縮小した。
レノは高校で習ったことを思い出して道の先を見た。
見える範囲は全て、廃墟が点在する焼け跡だ。
遠目には無事に見えた役所や図書館は、近付くと放送局同様、窓ガラスが割れ、爆風で中をやられていた。
レノは立ち上がり、みんなに向き直った。
「ひとつ、提案があるんですけど……」
「何だ?」
ソルニャーク隊長に促され、レノは背筋を伸ばして答えた。
「図書館で三日くらい、日にちを決めて、もっと呪文を書き写して行った方がいいかなって……みんなでやれば、なぁ……?」
最後は、クルィーロに向けて言う。
この先、何があるかわからない。
少しでも備えを増やしたい。
レノたちでも【魔力の水晶】から力を借りれば使える術をもっと知りたかった。
クルィーロは、図書館をチラリと見てレノに向き直った。
「力ある言葉は字の形がややこしくて、よく似てるのも多いから、書き写すのは俺とアウェッラーナさんでする方がいいだろうな」
クルィーロが言葉を切り、ソルニャーク隊長と少年兵モーフに視線を送る。
隊長は顎を小さく引いて同意を示した。少年兵が隊長を見て頷く。
キルクルス教徒の星の道義勇兵たちが、魔法の本を触るとも思えない。
彼らに強制する訳にはいかない。
それに、他は兎も角、少年兵モーフは読み書きが苦手らしい。
同意するだけでも、彼らにとっては大きな譲歩だ。
「レノたちは本棚から使えそうな本を探して、書き写すページに栞を挟んでくれないか?」
「うん、わかった」
放送局に戻って開通を伝えると、喜びが弾けた。
アマナは口にこそ出さないが、両親を捜しに行けるようになって、嬉しいのだろう。涙を浮かべて「よかった」と繰り返す。
ピナとティスも明るい顔でレノたちを労った。
夕飯後、クルィーロが図書館の件を説明すると、緑髪の薬師アウェッラーナも賛成した。
夜が明けてすぐ、簡単に朝食を済ませて作業を始めた。
トラックの荷台は、床と天井の四隅にタイルが接着してある。【魔除け】と【結界】の呪文と印を焼き込んだ物だ。
タイルを踏まないように荷物を入れる。
運転席と助手席は、シートを倒せばそのまま休めるので毛布を一枚ずつ。
荷台には、棚代わりの長机とベッド代わりの長椅子。長椅子を二脚、向かい合わせに並べ、ガムテープで脚を巻いて繋ぐ。
通路と荷物の搬入出場所が足りず、長机は四台から一台に減らした。
布団は、長椅子のベッド二台と奥の小部屋、その前にも各一枚ずつ敷く。
袋と段ボールに食糧や細々した物を入れ、重い物は机の下、軽い荷物は机の上に積む。
段ボールにゴミ袋を被せた簡易バケツで水も持って行く。
もう少し場所があるので、長机を一台折り畳んで積んだ。
各自の私物も積み込み、玄関ホールがほぼ空になったのは、昼前だった。
「昼メシは、図書館で食うか」
メドヴェージが額の汗を拭って言った。
誰からも反対は出ず、荷台に乗り込む。薬師アウェッラーナがペンに【灯】を点した。
レノが、ティスを抱き上げて荷台に乗せると、クルィーロもそうしてアマナを乗せ、自分は荷台から飛び降りた。
「お兄ちゃんッ?」
「俺、助手席に乗るから。レノ、アマナをよろしく」
「えっ……あ、あぁ」
レノが戸惑いながら頷くと、ピナがアマナの手を引いて奥へ連れて行く。
全員乗ったのを確認して、メドヴェージが荷台の扉を閉めた。
トラックの荷台に窓はなく【灯】なしでは何も見えない。
外の景色はわからないが、どうせ廃墟だ。見えない方がいいかもしれない。
奥の係員室の戸は開けたまま、布団と荷物で押さえてある。レノは少し息苦しさを感じ、布団を踏まないように奥の小部屋に入ってみた。
運転席と助手席の間にある連絡用の窓を開けた。それだけで大分マシになる。
ドアが開き、二人が乗ると風が吹き込んだ。
「アマナちゃん、こっち来て、クルィーロの後ろに座りなよ」
レノが声を掛けると、アマナはパッと明るい顔になって部屋に飛び込んだ。
アマナを中継スタッフ用の席に座らせる。
「後ろはシートベルトも何もねぇからな、気合い入れて椅子に座ってろよ」
メドヴェージが小窓から声を掛け、エンジンを始動した。
「よぉし、出発だ!」




