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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第九章 行く

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0167.拓けた道の先

 放送局前から警察署前まで、片道一車線分の瓦礫の撤去に半月掛かった。


 子供らを含む半数は、放送局に残って保存食を作る。

 道がどこまで残ったかわからないが、移動距離は長くなるだろう。いつも調理できるとは限らない。


 道の先が(ひら)けた瞬間、レノは達成感や喜びではなく、虚脱感に襲われた。

 警察署前は特に瓦礫が多く、疲れたせいもある。

 クルィーロの顔を見ると、魔法使いの工員も憔悴しきって、喜ぶ元気もない。


 レノたちは、ふらつく足で警察署まで歩いて階段に腰掛けた。

 誰も何も言わない。 

 少年兵モーフが道の先を呆然と見る。


 ……これでやっと市外に出られる。


 挿絵(By みてみん)


 もう月末だ。

 途中、少し雪が降った日もあり、レノは他に取り残された生存者が気になった。

 皆無と言うことはないだろう。

 特に農村地帯のゾーラタ区では、民家と民家の間が離れ、人口が少ない。わざわざそんな所まで爆撃するとは思えなかった。


 ゾーラタ区に生存者が居たとしても、どんな人物かわからない。

 ニュース原稿では、略奪などもあったらしい。略奪者が居着いた可能性もある。


 レノたちのトラックには水と食糧と燃料がある。そして、女子供が多い。

 略奪者にとっては恰好(かっこう)のカモだろう。

 いっそ、誰も居ない方がいいとさえ思う。


 ……人の生活がちゃんと成り立ってるとこに着くまで、気を抜けないよなぁ。



 ネーニア島は、クブルム山脈沿いの内陸部に魔物が多い。

 ネモラリス共和国が領有する北の内陸は、湿地が多く、地形的にも、家や畑を作れない土地が多いので都市はない。

 南のラクリマリス王国領も、内陸部は山から続く山林に覆われて魔物が多い。


 湖岸に沿って都市が発展し、港を持つ街が栄える。

 半世紀の内乱から三十年経ったが、まだ各地に傷跡が残り、都市の規模は往時より縮小した。


 挿絵(By みてみん)


 レノは高校で習ったことを思い出して道の先を見た。

 見える範囲は全て、廃墟が点在する焼け跡だ。

 遠目には無事に見えた役所や図書館は、近付くと放送局同様、窓ガラスが割れ、爆風で中をやられていた。



 レノは立ち上がり、みんなに向き直った。

 「ひとつ、提案があるんですけど……」

 「何だ?」

 ソルニャーク隊長に促され、レノは背筋を伸ばして答えた。


 「図書館で三日くらい、日にちを決めて、もっと呪文を書き写して行った方がいいかなって……みんなでやれば、なぁ……?」

 最後は、クルィーロに向けて言う。


 この先、何があるかわからない。

 少しでも備えを増やしたい。

 レノたちでも【魔力の水晶】から力を借りれば使える術をもっと知りたかった。


 クルィーロは、図書館をチラリと見てレノに向き直った。

 「力ある言葉は字の形がややこしくて、よく似てるのも多いから、書き写すのは俺とアウェッラーナさんでする方がいいだろうな」


 クルィーロが言葉を切り、ソルニャーク隊長と少年兵モーフに視線を送る。

 隊長は顎を小さく引いて同意を示した。少年兵が隊長を見て(うなず)く。


 キルクルス教徒の星の道義勇兵たちが、魔法の本を触るとも思えない。

 彼らに強制する訳にはいかない。

 それに、他は兎も角、少年兵モーフは読み書きが苦手らしい。


 同意するだけでも、彼らにとっては大きな譲歩だ。


 「レノたちは本棚から使えそうな本を探して、書き写すページに栞を挟んでくれないか?」

 「うん、わかった」



 放送局に戻って開通を伝えると、喜びが弾けた。

 アマナは口にこそ出さないが、両親を捜しに行けるようになって、嬉しいのだろう。涙を浮かべて「よかった」と繰り返す。


 ピナとティスも明るい顔でレノたちを(ねぎら)った。

 夕飯後、クルィーロが図書館の件を説明すると、緑髪の薬師(くすし)アウェッラーナも賛成した。



 夜が明けてすぐ、簡単に朝食を済ませて作業を始めた。

 トラックの荷台は、床と天井の四隅にタイルが接着してある。【魔除け】と【結界】の呪文と印を焼き込んだ物だ。

 タイルを踏まないように荷物を入れる。


 運転席と助手席は、シートを倒せばそのまま休めるので毛布を一枚ずつ。

 荷台には、棚代わりの長机とベッド代わりの長椅子。長椅子を二脚、向かい合わせに並べ、ガムテープで脚を巻いて繋ぐ。


 通路と荷物の搬入出場所が足りず、長机は四台から一台に減らした。

 布団は、長椅子のベッド二台と奥の小部屋、その前にも各一枚ずつ敷く。


 袋と段ボールに食糧や細々した物を入れ、重い物は机の下、軽い荷物は机の上に積む。

 段ボールにゴミ袋を被せた簡易バケツで水も持って行く。

 もう少し場所があるので、長机を一台折り畳んで積んだ。



 各自の私物も積み込み、玄関ホールがほぼ空になったのは、昼前だった。

 「昼メシは、図書館で食うか」

 メドヴェージが額の汗を拭って言った。

 誰からも反対は出ず、荷台に乗り込む。薬師アウェッラーナがペンに【灯】を点した。


 レノが、ティスを抱き上げて荷台に乗せると、クルィーロもそうしてアマナを乗せ、自分は荷台から飛び降りた。

 「お兄ちゃんッ?」

 「俺、助手席に乗るから。レノ、アマナをよろしく」

 「えっ……あ、あぁ」

 レノが戸惑いながら頷くと、ピナがアマナの手を引いて奥へ連れて行く。

 全員乗ったのを確認して、メドヴェージが荷台の扉を閉めた。



 トラックの荷台に窓はなく【灯】なしでは何も見えない。

 外の景色はわからないが、どうせ廃墟だ。見えない方がいいかもしれない。


 奥の係員室の戸は開けたまま、布団と荷物で押さえてある。レノは少し息苦しさを感じ、布団を踏まないように奥の小部屋に入ってみた。


 運転席と助手席の間にある連絡用の窓を開けた。それだけで大分マシになる。

 ドアが開き、二人が乗ると風が吹き込んだ。


 「アマナちゃん、こっち来て、クルィーロの後ろに座りなよ」

 レノが声を掛けると、アマナはパッと明るい顔になって部屋に飛び込んだ。

 アマナを中継スタッフ用の席に座らせる。

 「後ろはシートベルトも何もねぇからな、気合い入れて椅子に座ってろよ」

 メドヴェージが小窓から声を掛け、エンジンを始動した。


 「よぉし、出発だ!」

☆警察署前は特に瓦礫が多く……「0145.官庁街の道路」「0146.警察署の痕跡」参照

☆農村地帯のゾーラタ区……「0153.畑の道を行く」「0160.見知らぬ部屋」参照

☆ニュース原稿では、略奪などもあった……「0129.支局長の疑惑」参照

☆遠目には無事に見えた役所や図書館……「0147.霊性の鳩の本」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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