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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1627.生存の罪悪感

 「それで……俺……ずっと……アペルたちが迎えに来てくれるまで、怖くて地下室から出られなく……」

 レフラーツスの声が、震えて途切れる。


 漁師の爺さんが魔法で鎮花茶を淹れた。

 一杯だけだが、いつもより濃いお茶が紙コップに収まり、甘ったるい香りが催し物用の簡易テントに行き渡る。


 肩を落として項垂(うなだ)れたレフラーツスは、徽章(きしょう)があっても頼りなげに見えた。

 他の学生たちも初めて聞いたのか、驚きと恐れが入り混じり、信じたくなさそうな目で男子高校生を見る。


 「その、サル・ウル様ともう一人の、えー……似た呼称の人って誰?」

 ラゾールニクが、もう何回もあちこちの村で聞いた癖にすっとボケて聞いた。一番年上のレーコマが、年少の四人をチラ見して答える。

 「この村を含む一帯の地主マガン・サドウィス様のご子息です」

 「地主? この辺って昔、ラキュス・ネーニア家の直轄領じゃなかった?」


 ……何で知らねぇフリすんだ?


 少年兵モーフは、聞きたいのをぐっと(こら)えて見守る。

 この兄貴は、警備員オリョールたちが「ネモラリス憂撃隊」と名乗る前は、あいつらと一緒に居て、警察などに忍びこんで情報収集する役だった。

 諜報(スパイ)活動のコツなのかもしれない。



 「そうです。ラキュス・ネーニア家の本家筋の方々です」

 「昨日、村長さんからも先祖代々ラキュス・ネーニア家にお仕えする村だとお伺いしました。つまり……」

 「ラキュス・ネーニア家の当主シェラタン様の弟マガン・サドウィス様は、島守なのでずっとお留守で、私たちはお目に掛かったコトがありません。代わりに双子のご子息サル・ウル様とサル・ガズ様が、この村を治めておられます」

 アマナの父ちゃんが言い掛けるのを遮って、薬科大生レーコマはイヤそうに言った。


 モーフも、大丈夫そうなコトを聞いてみる。

 「昨日の爺さん……えっと、村長? ……って何する奴?」

 「村長は俺の曽祖父(ひいじい)ちゃんで、ラキュス・ネーニア家を補佐する役目なんだ」

 レフラーツスの顔は、何故か苦しそうだ。


 モーフはさっき聞いた話が頭の中で繋がった。

 「要するに……島守の奴の代わりの双子の代わりが、兄ちゃんの祖父さん?」

 「曽祖父ちゃん」

 訂正に首を傾げる。

 「ひーじいちゃん?」

 「お祖父さんのお父さんってコト」 

 ピナに小声で教えられ、モーフは辛うじて頷いた。


 知る限り、リストヴァー自治区のバラック街には、そんな年寄りは居なかった。

 湖の民だけが暮らすこの村なら、昨日の爺さんの歳まで生きられて、しかも、あんなヨボヨボになっても、まだ働けるのだ。

 モーフは、自分が年寄りになった姿を想像できなかった。

 祖母が何歳だったか知らないが、ここの村長よりずっと年下だろう。


 モーフの物思いを置き去りにして、大人たちの話は進む。レフラーツスの顔は相変わらず暗い。



 「……陸の民の大学生たちは、その日から地下室へ降りずに暮らしました」


 サル・ウルはある程度、話が通じそうな印象だが、街の噂によると、隠れキルクルス教徒を庇う者は、力ある民でも、見せしめに殺したと言う。それを聞いて、逃げ場のない地下室に居られなくなったのだ。



 とうとうレフラーツスが泣き崩れ、ラジオのおっちゃんが【操水】の術で鎮花茶を煮出す。

 薬効のある甘ったるい匂いに頼ってでも、首都クレーヴェルから逃げて来た学生たちから、話を聞き出さなければならないらしい。

 二番手の女子大生アーラが、大きく息を吐いて言った。

 「庶民が、ラキュス・ネーニア家の本家筋のお方の魔力に逆らえるハズないし、助けられなかったのはレフラーツスのせいじゃないよ」

 「逆らったってレフラーツスも一緒に始末されて、もしかしたら下宿の辺りが戦場になったかもしれないんだ」

 男子学生アペルが、泣き止みつつあるレフラーツスの背を軽く叩いた。


 モーフが聞くより先に葬儀屋のおっさんが(いぶか)しげに首を捻った。

 「何でそのコが居なくなったら、下宿が戦場になるんだ?」

 「推測って言うか、希望的観測ですけど、俺たち、寮や下宿がみんなバラバラなんです。でも、五カ所とも戦闘区域になりませんでした」

 「下宿などがあるのは大抵、大学付近の住宅街です。近くに制圧対象の施設がなければ、戦闘に巻き込まれる可能性は低いでしょう」

 二回も戦闘に巻き込まれたラジオのおっちゃんが、低い声で突っ込んだ。


 国営放送の本局もAM放送の民放局も、ネミュス解放軍に攻撃されて乗っ取られた。命からがら首都を脱出したDJの兄貴が、眉間に皺を寄せて、隣に座るラジオのおっちゃんを見る。


 「解放軍の部隊の潜伏場所や、移動中の鉢合わせで、国の施設とかがない住宅街でも、あっちこっち戦闘があったから」


 薬科大生レーコマが、アーラの書いた日記の山を怖そうに見た。


 「地主代理の双子が、あなた方を戦闘に巻き込まぬよう、大学や下宿付近を移動経路や休息場所から除外した、と?」

 ソルニャーク隊長が学生たちを見回すと、大学生三人は頷いたが、高校生二人は動かなかった。

 みんなの目が、二人に集まる。



 「俺たちが、ただそこに居るだけで隣近所みんなが助かるんなら、帰らない方がよかったんじゃないか?」

 レフラーツスが喉の奥から絞り出した声は小さかったが、耳に刺さった。モーフは何故、そんなコトを言うのか聞きたかったが、喉の奥がヒリついて声が出ない。

 ソルニャーク隊長も、ラジオのおっちゃんも、葬儀屋のおっさんも、何も言ってくれなかった。



 「レフラーツスさんが後悔しても、罪悪感で苦しんでも、キルクルス教徒狩りをした人たちはきっと……何とも思いませんよ」



 ピナの声が、手で触れそうな重みを持って、静まり返った簡易テントに現れた。

 高校生のレフラーツスが、また泣きそうな目をしてピナを見る。


 「そうだよなぁ」

 固まった空気をラゾールニクの軽い声が破った。

 モーフには、ピナの話も、ラゾールニクが頷くのもわからない。

 目が合った諜報員(スパイ)の兄貴は、口の端を僅かに上げた。

 「彼らは正しいと思って武装蜂起して、正しいと思って隠れキルクルス教徒狩りをしたんだ。君らがクレーヴェルに留まって、彼らの方針に逆らって力なき陸の民を庇ったら、村で待つ家族も、連帯責任で処刑されたかもしれない」


 「偶然、戦闘区域から外れただけかもしれないし、君たちが脱出した去年の一月以降、戦闘がどう展開したかもわからない」

 DJの兄貴が静かに仮定と不明点を並べると、男子学生アペルは頷いたが、レフラーツスたちは黙って金髪の魔法使いを見た。


 「君たちが無事に帰って、家族が喜んだなら、それでいいじゃないか」

 クーデターの戦闘で家族を失ったDJの兄貴は、泣きそうな震え声で言った。

☆あいつらと一緒に居て、警察などに忍びこんで情報収集する役……「285.諜報員の負傷」参照

☆昨日、村長さんからも(中略)お伺い……「1616.三番目の村で」参照

☆国営放送の本局もAM放送の民放局も、ネミュス解放軍に攻撃……「600.放送局の占拠」「611.報道最後の砦」「661.伝えたいこと」参照

☆命からがら首都を脱出したDJの兄貴……「662.首都の被害は」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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