1624.首都の異教徒
「少し休憩しましょう」
ラジオのおっちゃんジョールチの一言で、みんな魔法が解けたように動きだす。アナウンサーは、催し物用簡易テントのビニール壁の前でごそごそする学生たちに言った。
「再開後、【防音】を掛け直します。今の内にお手洗いなど、どうぞ」
モーフは立ち上がって伸びをした。規制用カラーコーンは、水入りの重しを付けられて安定感はあるが、座る部分が小さ過ぎる。
ピナの妹とアマナがトラックの荷台に上がり、薬師のねーちゃんも続いた。学生たちは連れ立って校舎へ走る。緑髪の後ろ姿はすぐ小さくなった。
「モーフ君、クッションいらないの?」
ピナに声を掛けられ、我に返る。
首都で戦闘が激しかった頃、ピナたちは、都内の帰還難民センターで足留めされた。何日かして、アマナの父ちゃんと再会して、車で社宅に移動。そこで数日過ごし、首都を脱出しようとしたところ、星の標の爆弾テロに巻き込まれた。
少年兵モーフは防壁の門でその轟音を聞き、噴き上がる黒煙を目撃したが、ピナたちはその黒煙の下に居たのだ。
星の標による爆弾テロの話が出た時、少年兵モーフは怖くてピナの顔を見られなかった。いつもの調子で声を掛けてくれてホッとしたが、詳しい話があれば、どうなるかわからない。
カラーコーンは座る所が狭過ぎて、隣に居ても肩を寄せられなかった。
「クッションもいいけどよ、木箱カラにして下ろさねぇ?」
「そうねぇ。一日で終わらないっぽいし」
ピナはすぐ、兄貴に相談した。レノ店長が魔法使いの工員クルィーロに頼んで、木箱に「軽くする魔法」をかけてもらい、中身が詰まったまま下ろし始める。
ラジオのおっちゃんと葬儀屋のおっさんも魔法を手伝って、木箱を三つ下ろした。少し狭いが、子供四人で座る分には問題ない。
薬師のねーちゃんは鎮花茶をビニール袋にたっぷり持ち、漁師の爺さんは大鍋に水を入れて長机に置いた。
すっかり冷えた鎮花茶を飲み干し、三十分くらいで話が始まった。
ラジオのおっちゃんが【防音】を掛け直す間、DJの兄貴がねーちゃんとは別に下ろした香草茶を淹れる。
男子学生アペルが、やたら感激して拝むように飲み、みんなの笑いを誘った。
ラゾールニクに促され、高校生のレフラーツスが話を再開する。
「次の日、朝の停戦時間になってすぐ、斜向いのおばさんが下宿に来ました」
下宿のみんなは、昨夕の停戦時間に大掃除して、この一カ月で涌いた雑妖を退治した。
今朝は、髭を剃ってさっぱりした顔で香草茶を淹れ、おばさんを食堂に迎えた。
斜向いのおばさんは、力なき民の学生の服装を見て満足そうに微笑んだ。彼が着ても、魔法の服の効果を発揮できないが、誤魔化しにはなるだろう。
「クーデターが起きてすぐくらいから、あちこちで爆弾テロがあってね。それが星の標の仕業だってわかったのよ」
「犯行声明でも出たんですか?」
下宿屋の亭主が金色の眉根を寄せる。斜向いのおばさんは険しい顔で頷き、頬に掛かった緑髪のほつれを払いのけて言った。
「ラニスタ共和国の本部が出したらしいよ」
「ニュースで言ってた?」
下宿屋のおかみさんが、亭主と学生たちを見回す。
窓の外は今日もよく晴れ、雀が賑やかに囀る。
レフラーツスも他の下宿人たちも、首を横に振った。
「ウチは先週までちょっとの間、神殿に避難してたのよ。神官様がラクリマリスで救援物資をいただいて来られて、その時に向うの神殿で」
「何でこっちのラジオでニュース流さんのだろうな?」
亭主が首を捻る。おばさんは肩を竦めた。
「そんなの知らないよ。でも、すぐ解放軍の耳に入って、調査が始まって……」
当初は、本当に警察への捜査協力だった。
ネモラリス政府軍とネミュス解放軍の戦闘が続く中、警察だけでは、現場周辺での聞き込みどころか、病院や神殿に運び込まれた生存者への聞き取りも困難だ。
車のナンバーから、所有者はすぐに特定できた。だが、盗難車で、犯人の手掛かりはそこで途切れた。
戦争とテロとクーデターで、それどころではないのもあっただろう。
遺留品をひとつずつ【鵠しき燭台】に掛けられず、【明かし水鏡】は帰還難民センターや銀行でフル稼働が続く。
実行犯は釘やガソリンを満載した乗用車と運命を共にした。
回収できた遺体は、どれが誰の一部か識別する余裕もない。
魔物対策で早々に火葬され、司法当局、政府軍、ネミュス解放軍のいずれも、正確な犠牲者数すら把握できなかった。
ネミュス解放軍は、無差別自爆テロの濡れ衣を晴らす為、最も積極的に動く。両軍の合意で設定された住民を避難させる為の停戦時間をテロ事件の捜査に充てた。
犯行声明の情報が伝わり、力なき民すべてに疑いの眼差しが向く。解放軍による令状のない家宅捜索が行われた。
ある日、ディケア共和国で発行された星光新聞が発見され、所有者の自宅から大量の釘もみつかった。
警察に一家の身柄が引き渡され、参考人として任意で使用した【明かし水鏡】によって、爆弾テロの資材調達を担う隠れキルクルス教徒だと暴かれた。
司法手続きの都合で一旦、帰宅を許されたが、帰路で解放軍に捕えられた。
解放軍は小学生の子供二人から、「星の標の支部が首都クレーヴェルに複数存在する」との情報を得る。
子供に案内させ、星の標の拠点と思しき民家を急襲。製造途中の爆発物を発見、警察に引き渡した。
「ここまではよかったんだけどねぇ」
斜向いのおばさんは、溜め息混じりに言って香草茶を啜り、頭痛を堪えるような顔で続けた。
警察は、テロや戦闘に巻き込まれた罹災者を保護する傍ら、せめてテロだけでも防ぐべく、捜査を強化。空き巣や避難所での置引、痴漢などにも対応しつつ、別の自動車窃盗事件の犯人に繋がる糸口を掴んだ。
☆ピナたちは、都内の帰還難民センターで足留め……「610.FM局を包囲」~「617.政府軍の保護」「619.心からの祈り」~「623.水鏡への問い」「634.銀行の手続き」~「642.夕方のラジオ」「686.センター脱出」参照
☆アマナの父ちゃんと再会……「638.再発行を待つ」「639.一時のお別れ」参照
☆車で社宅に移動……「686.センター脱出」~「688.社宅の暮らし」参照
☆首都を脱出しようとしたところ、星の標の爆弾テロに巻き込まれた……「708.臨時ニュース」~「710.西地区の轟音」参照
☆軽くする魔法……「660.ワゴンを移動」参照
☆あちこちで爆弾テロ……「687.都の疑心暗鬼」「690.報道人の使命」「697.早朝の商店街」「720.一段落の安堵」参照
☆犯行声明/ラニスタ共和国の本部が出した……「708.臨時ニュース」「834.敵意を煽る者」「835.足りない情報」参照
☆【鵠しき燭台】……仕様「0055.山積みの号外」、使用例「500.過去を映す鏡」参照
☆【明かし水鏡】は帰還難民センターや銀行でフル稼働……「564.行き先別分配」「596.安否を確める」「597.父母の安否は」「598.この先の生活」参照
☆星光新聞
アーテル版……「261.身を守る魔法」「339.戦争遂行目的」「369.歴史の教え方」参照
アプリ版……「289.情報の共有化」「630.外部との連絡」参照
リストヴァー自治区版……「630.外部との連絡」「629.自治区の号外」参照
バルバツム本社版……「1107.伝わった事件」「1394.得られた情報」参照




