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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1665/3515

1623.隣近所の被害

 レフラーツスと下宿のみんなは、約一カ月ぶりに地下室から地上の家へ出た。

 下宿屋の新聞受けと郵便受けは空っぽだ。


 玄関の扉を開けた三人の大学生とレフラーツスは、久し振りに風を感じた喜びが吹き飛び、下宿屋の亭主が暗い顔をした理由を一目で理解した。

 向いの家が瓦礫の山に変わり、屋根が何色だったかさえ思い出せない。平和な日々の記憶が、一瞬で惨状に塗りかえられた。


 久し振りに見上げた空は抜けるような青だが、吹き渡る風に乗って、焦げた臭いがどの方向からも届く。


 向いの街区には家の残骸が何棟もあるが、下宿がある街区は、ほぼ無傷だ。

 「あっち側は、力なき民が多かったんだろうな」

 黒髪の大学生がポツリと言った。


 家屋には建設時に【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の各種防護の術が組込まれる。

 力なき民は、家を守る術を発動するのに【魔力の水晶】か、サファイアなどの魔力を蓄えられる宝石類が必要だ。持続時間は、高くつく割に自前の魔力と比べると短い。クーデターの戦闘で【魔力の水晶】を充填できなかったのかもしれない。


 道の瓦礫はすっかり片付けられ、勤め人たちが足早に通り過ぎた。子供の姿はなく、遊ぶ声もない。雀の囀りだけがやけに耳についた。

 ヘシ折れた庭木は、途中から刃物で切られて短い。力なき民の生存者が、(たきぎ)にしたのかもしれない。

 目を凝らすと、陸の民の服はみんな、呪文や呪印がある。


 この時は、力なき民は停戦時間でも危なくて外出できないか、早々に神殿へ避難したから姿を見ないのだと思った。



 「でも、違いました」

 徽章(きしょう)を持つ高校生レフラーツスは、重い息を長机に吐き出して(うつむ)いた。震える手で紙コップを取り、顔に近付けて深呼吸を繰り返す。


 鎮花茶を一口含み、震えが治まった手で置いた。

 「今から言うコト、村の誰にも内緒にしてもらえませんか?」

 レフラーツスに聞かれ、ラジオのおっちゃんジョールチが頷いた。眼鏡を掛け直して、大人たちを見回す。

 「みなさんも、よろしいですね?」

 誰からも反対の声はなく、モーフたちも規制用のカラーコーンで居住いを正して頷いた。


 子供たちが校舎から飛び出す。休み時間だ。

 催し物用簡易テントには、ラジオのおっちゃんが【防音】の術を掛けたから、声が漏れる心配はない。

 「下宿の斜向(はすむか)いのおばさんが俺たちに気付いて、色々教えてくれました」



 斜向いのおばさんは湖の民で、下宿のおかみさんと映画の趣味が合うとかで、人種は違うが仲がいい。

 小走りに下宿の庭へ入り、学生たちにおかみさんの安否を尋ねた。一人が下宿の扉を少し開けて声を掛ける。おかみさんはすぐ顔を出した。

 おばさんは、おかみさんと一頻(ひとしき)り無事を喜び合うと、下宿の廊下に目を遣って声を潜めた。

 「もう一人の学生さんは?」

 「今、電話してるけど……」

 おかみさんがつられて囁くと、おばさんは「ちょっと待ってて」と自宅へ引っ込んだ。よく見ると、瓦礫の山に面した窓はヒビだらけで、ガムテープが蜘蛛の巣状に貼ってある。


 おばさんは紙袋を持って来て「みんなでお茶にしましょう」と、返事も待たずに上がり込んだ。おかみさんが、電話が終わった学生と、亭主に声を掛け、食堂に案内する。


 斜向(はすむか)いのおばさんは、下宿のおかみさんに香草茶とビスケットを渡すと、問答無用で力なき民の学生に上着を着せた。

 よくある腰丈の貫頭衣(チュニック)で、裾と首回りには緑色の糸で呪文の刺繍がある。

 「どう? 大丈夫?」

 「えっ? どうって、サイズ的にはイケてますけど」

 おばさんにまじまじと見詰められ、学生が困惑する。

 「それね、息子のお下がり。これから実家に帰るまで、ずっと着てるのよ」

 「えッえぇッ?」

 「いいわね? 外へ出る時は勿論(もちろん)、寝る時も脱いじゃダメよ!」

 おばさんは男子学生の両肩を掴んで言い聞かせた。


 「でも奥さん、このコ、力なき民よ」

 おかみさんは、お茶とビスケットを配りながら苦笑したが、おばさんは窓の外へ目を向けて答えない。配り終えたおかみさんがもう一度言い掛けると、おばさんは片手で口元を覆って言った。


 「隠れキルクルス教徒狩りがあるからよ」


 みんなの目が、魔力のない学生に集まる。学生は全力で首を横に振り、乱れた茶髪を手櫛で整えて聞いた。

 「何スか? それ?」

 「ネミュス解放軍がクーデターを起こしたのは知ってるでしょ?」

 地下室に居た七人は、同時に頷いた。


 下宿の亭主が髭を剃ったばかりの顎を撫でて聞く。

 「ラジオで、神政に戻すとか何とか言ってたが……?」

 「じゃあ、都内で星の(しるべ)が爆弾テロを起こした件は?」

 「それもニュースで聞いたよ。自治区からここまでどうやって来たか知らんが」

 「それが、元から都内に居たらしいのよ」

 「えッ?」

 魔法使いの六人は言葉を失ったが、力なき民の学生は着せられた魔法の服を引っ張って腰を浮かした。

 「それって、コレ着てないと殺されるってコトですか?」

 「そうよ。現にお隣さんと裏のご一家と」

 サイレンが鳴り、おばさんは勢いよく立ち上がった。

 「詳しい話はまた明日!」

 お茶に手を付けず、脱兎の如く自宅へ駆け戻る。


 長く尾を引くサイレンの響きが消えると、雀の囀りさえ聞こえなくなった。

 下宿屋の亭主が玄関に【鍵】を掛けに行く。

 みんなは香草茶を口に含んだが、ビスケットには誰も手を付けなかった。


 「あ、そうだ。電話……どうだった?」

 亭主が戻ってすぐ、おかみさんが聞いた。力なき民の学生は暗い顔で答える。

 「リャビーナの親戚には繋がりました。脱出した都民が大勢来て、仮設住宅が満員で、体育館や講堂も神殿の敷地もみんな、足の踏み場もないって言ってました」

 親戚も、ギアツィント市に住む学生の家族とは、連絡がつかないらしい。

 「でも、俺の親に手紙を出しくれるって言ってくれました」


 おかみさんは学生たちに髭を剃らせ、再びみんなで地下室へ降りた。

☆神殿へ避難……「617.政府軍の保護」参照

☆隠れキルクルス教徒狩り……「687.都の疑心暗鬼」「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」「0969.破壊後の基地」参照

☆ネミュス解放軍がクーデター……「599.政権奪取勃発」~「602.国外に届く声」参照

☆都内で星の(しるべ)が爆弾テロを起こした件……「690.報道人の使命」「711.門外から窺う」「715.テロの被害者」参照

☆ニュースで聞いた……「708.臨時ニュース」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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