1620.学生らの脱出
「あ、そうだ。みんな同じ日に脱出したんですか? それとも、バラバラ?」
ピナの兄貴が聞くと、日記の女子大生が掌で男子高校生を示して答えた。
「同じ日です。私、寮の個室に電話引いてたんで、高校生のレフラーツス君とザパース君の下宿に毎日、安否確認してました」
「大学生の二人は?」
「アペル……こっちの彼は大学が一緒なんで、避難車輌の補強を手伝う時とかに会って話してました」
みんなの目が、薬科大生に集まる。
「レーコマさんの大学は、初日に電話線が切れたみたいで、しばらく音信不通になってました」
二番手の女子大生は、手記を書いただけあってすらすら語る。
一番手の薬科大生が、男子学生アペルの視線に頷いて続けた。
「クレーヴェル東薬科大学は、臨時の救護所にされましたけど、電話回線はラジオでクーデター宣言が出てすぐくらいに切れて、連絡できなくなりました」
教職員と学生は、助けを求めて集まる近隣住民の救護で忙しい日々を送り、外部と連絡を取るどころか、大学の敷地外へ出ることもままならない。
食料は、周辺住民が治療の礼に分けてくれた為、ひもじい思いはせずに済んだ。
約一カ月は激戦だったらしい。十月中は負傷者が次々と運び込まれた。
その後は次第に減ったが、首都クレーヴェル東部で爆弾テロが発生する度に負傷者が押し寄せ、一瞬も気を抜けない。
逃れて来た人々の口からは「隠れキルクルス教徒狩りがある」「爆弾テロの犯人は星の標だ」「魔法使いの医療者はネミュス解放軍に徴発される」「いや、政府軍に入れられるのだ」など、物騒な話が断片的に飛び出した。
ネミュス解放軍が占拠した国営放送と民放のAM局、政府軍が唯一、確保できたFMクレーヴェルが、それぞれ戦闘区域や停戦時間を発表するが、どちらもアテにならない。
発表通りなら、見習いすら休む暇もない程の怪我人など、出るハズがないのだ。
十一月半ばになってやっと、都の病院局と保健所が魔法薬の素材と食料を届けてくれた。
都職員によると、病院は官民ともに負傷者で溢れ、個人病院を中心に機能停止した所も多いと言う。
神殿は、全て避難所と救護所が設置され、住まいを失った都民で足の踏み場もない。自家用車を持つ者は、次々と首都クレーヴェルを脱出した。
大学の敷地から、車中泊の避難民が居なくなったのは、年が明けてからだ。
「隠れキルクルス教徒狩りは、島守の双子のご子息が独断で実行したそうです。ウヌク・エルハイア将軍が気付いてやめさせったって噂が聞こえるようになってから、戦闘も落ち着いてきました」
「それで俺が、無事だった【跳躍】許可地点伝いに跳んで、薬科大の様子を見に行ったんです」
一番手の薬科大生レーコマが淡々と語ると、男子学生アペルがDJの兄貴に得意げな顔を向けた。
「この村、電話がないから、実家とも全然連絡取れなくて……」
眼鏡の男子高校生ザパースが、小中一貫校の校庭をチラリと見る。
いつの間にか登校時間が来たらしく、緑髪の子供たちが簡易テントを横目に校舎へ向かう。
男子小学生の一人が大きく手を振った。人懐こい笑顔と目が合い、モーフが小さく手を振り返すと、少年は全身に喜びを弾けさせて友達と校舎へ駆けた。
「でも、ラジオはずっと戦闘と古典音楽ばっかりで、親も迎えに来るのムリで」
「どうやって脱出したんですか?」
魔法使いの工員クルィーロが聞く。
あの頃、ピナと一緒に居た仲間は、大半が力なき民で、魔法使いは、薬師のねーちゃんと工員の兄貴の二人きりだ。
それでも、秋の内に脱出できた。
……怪我治す見習いのねーちゃんはともかく、他の奴らは何でそんなぐずぐずしてたんだ?
「一月の終わり頃、役所の指示で薬科大の避難所を閉鎖して、負傷者を神殿に移したんです」
「支援の集約ですか?」
ラジオのおっちゃんが聞くと、薬科大生レーコマはちょっと驚いた顔で頷いた。
「役所の人にそう言われました。私は完成したお薬を運ぶのを手伝って」
「俺とアーラは、神殿の補強を手伝ってる時にレーコマさんと会えたんです」
「高専からはザパース君も手伝いに来てて“これ、行けるんじゃない?”ってなって、みんなの作業が終わってから、レフラーツス君の下宿に行ったんです」
二番手の女子大生アーラの声が、やや明るくなった。
徽章を持つ偉い高校生レフラーツスが続ける。
「丁度、夕方の停戦時間だったんで、みんなで荷物持って、電話が繋がるクレーヴェル大学に行こうって決まりました」
「一旦、荷物取りに帰って寮母さんに挨拶して、クレーヴェル大学の女子寮に集まったら、アーラの先輩のご家族がいらしてたんです」
薬科大生レーコマが、二番手の女子大生を見る。
「先輩のご両親が、漁師さんと交渉して、沖の圏外に連れ出してもらえることになったって言われました」
「沖の圏外?」
思わず聞くと、女子大生アーラはモーフをちらっと見て答えた。
「首都とか防壁があるとこは【跳躍】除けの結界があって、その範囲内は魔法で移動できないの」
「丁度、五人揃ってたし、ダメ元で頼んでみようって、みんなで港公園へ跳びました」
眼鏡の高校生ザパースが言うと、モーフの視界の端で緑色の何かが動いた。
漁師の爺さんと薬師のねーちゃんが顔を見合わせ、同時に頷く。
「その……漁船が……乗せてくれたんだね?」
「はい。みんなで手持ちのおカネ全部渡そうとしたんですけど、断られて、逆に魚の干物を一人一匹ずつ下さいました」
女子大生アーラがすらすら答えると、薬師のねーちゃんが息を呑んだ。
漁師の爺さんが自分の胸を片手で押えて聞く。
「その……船か、船長の呼称は……」
アーラは、掠れ声の質問にはっきり頷いた。
「今は……ちょっと思い出せないんですけど、落ち着いてからちゃんとお礼しようと思って、控えてありますよ。五冊目の最後ら辺です」
ラゾールニクが、袋に重ねたノートから素早く一冊抜き、薬師のねーちゃんに渡した。




