1619.あの日の大学
「まぁ、落ち着いて聞いてくれる?」
DJの兄貴が手振りで眼鏡の男子高校生を座らせる。
「成行きでちょっと顔を合わせて、少し話しただけだよ」
「ウヌク・エルハイア将軍は、勝手に部隊を動かしてリストヴァー自治区を攻撃した幹部を止めに行ったくらい、戦いたくないんだよ」
「えぇッ?」
五人の学生から驚きが漏れる。
説明したラゾールニクは、笑いを含んだ声で続けた。
「だって政府軍の基地を攻撃したら、勝っても負けても国民に大量の死傷者が出るだろ?」
「キミも想像つくよね?」
「えっ? えぇ、まぁ、戦闘、むちゃくちゃ激しくなりそうです」
レーフに聞かれた男子高校生は、宙に答えを探すように眼鏡越しの目線を泳がせた。ソルニャーク隊長が頷く。
「政府軍の損耗が激しければ、ネモラリス全土に散らばる一般国民の命も危険に晒される」
「えっ? 何でっスか?」
「巻き添えとかですか?」
モーフと男子学生の声が重なった。
「政府軍はアーテル軍の空襲を防ぐ為、北ザカート市付近に駐留し続け、各地の防壁修理にも人員を割く」
「坊主、もう忘れたのか?」
隊長の隣で、メドヴェージのおっさんがひょいっと片眉を上げる。
「何のハナシだよ?」
「ヤーブラカに居た時、でっかい蜘蛛が暴れて農家の連中が助けてくれっつったけど、政府軍は動かなかっただろ」
「あッ……!」
「結局、警備員の兄ちゃんを呼んで地元の警察と一緒に戦っただろうがよ」
葬儀屋のおっさんが言うと、薬師のねーちゃんと工員の兄貴が渋い顔をした。
眼鏡の隣の男子高校生が、同族の葬儀屋を見て言う。
「政府軍の兵士が死傷すれば、その分、空襲への防禦が薄くなるし、魔物や魔獣の駆除と防壁の復旧が遅れて、間接的に一般人の犠牲者が増えるってコトですね」
「そう言うこった。俺ぁゼルノー市のモンだがよ、まだ立入制限が解けねぇとくらぁ」
葬儀屋のおっさんが大袈裟に肩を竦める。
……ローク兄ちゃんもそうだったけど、高校生って賢いんだなぁ。
モーフは感心して男子高校生を見た。
彼の首には燕の徽章がぶら下がる。首都クレーヴェルから、命からがら地元に逃げ帰った湖の民五人の中で、プロの証を持つのは彼だけだ。高校生より偉いハズの大学生すら持っていない。
何の専門家か知らないが、高校生資格を得た彼は、相当優秀なのだろう。
隣の眼鏡が頷く。
「ウヌク・エルハイア将軍は支配域の拡大より、国民の安全を取ったんですね」
「私は救護所のお手伝いが忙しくて、全然……大学の外がどうなってるのか知る余裕もありませんでした。最初にみんなと連絡取れたのも、いつだったか」
「一月十四日よ。ジョールチさん、このノート、差し上げます」
薬科大生が俯くと、二番手の女子大生が布袋を机に置いた。
「よろしいのですか?」
「はい。個人的なものじゃなくて、いつか誰かに伝えたくて書いたクーデター後の都内の記録なんで、ジョールチさんたちに活用していただけたら嬉しいです」
「恐れ入ります」
ラジオのおっちゃんが袋からノートを次々出して、横並びに座る大人たちに一冊ずつ渡す。いつまで首都に居たか知らないが、ノートは五冊もあった。
ラゾールニクがパラパラ捲ってすぐ閉じ、袋の上に置く。
「読んでから補足説明してもらっていいかな?」
「勿論です」
「全ページ撮れたらすぐお返しします。三日くらい預っていいですか?」
工員の兄貴が聞くと、女子大生はこれにもすぐ頷いた。
「じゃ、君は後でよろしく。次の学生さんどうぞー」
DJの兄貴がにっこり笑って掌で示すと、男子学生は背筋を伸ばし、耳まで赤くなって話し始めた。
「俺は、国立クレーヴェル大学建築工学科、二回生のアペルです。あの夜は学内の寮に居て、リアルタイムでレーフさんの放送、聞いてました」
DJの兄貴が無言で顎を引く。
モーフは、クーデター勃発直後の放送は聞けなかった。横を見ると、ピナと妹は表情のない顔で息を殺し、男子学生アペルを見詰める。
学生は、DJの兄貴をまっすぐ見て早口に喋った。
「FMクレーヴェルの近所で戦闘が始まったって聞いた時は居ても立っても居られなかったんですけど、俺、結局何もできなくて、ただ部屋でラジオ聞くしかできなくてホント悔しくて情けなくって……」
「君の大学の様子はどうだった?」
DJの兄貴がやさしい声で聞く。
「ウチも同じで、寮生は戦闘が落ち着くまで敷地内で待機。家から通うコはなるべく安全を確保して自宅待機。講義は全部休講になりました」
「発生直後、大学の敷地から外の様子を見ましたか?」
アマナの父ちゃんが静かな声で聞くと、男子学生は首を横に振った。
「でも、近所の人たちがどんどん避難してきました。医学部と附属病院は別の地区なんですけど、怪我人も多くて、保健管理センターの呪医が一人で頑張ってくれてたんですけど、亡くなる人も結構居て……あっ、俺は炊き出し手伝ったり、車に【頑強】掛けて回ったりとかしてました」
「大変だったんだね」
DJの兄貴が一言労っただけで、男子学生アペルはまた泣きだした。泣きながら上着のポケットを探り、掌に乗る小さなカセットテープを一巻、机に置く。
「俺、レーフさんの番組いつも録ってて、これ、クーデターの時の分です」
「貸してくれるの?」
「よかったら、もらって下さい。俺、聞くの辛くて……」
「わかった。貴重な記録を有難う。大切にするよ」
DJの兄貴は、カセットテープを受取って自分の前に置くと、机越しにアペルの手を握った。
☆ウヌク・エルハイア将軍は(中略)幹部を止めに行った……「916.解放軍の将軍」~「921.一致する利害」「0937.帰れない理由」~「0939.諜報員の報告」参照
☆政府軍は(中略)北ザカート市付近に駐留
迎撃の様子……「309.生贄と無人機」「757.防空網の突破」~「759.外からの報道」参照
駐留の様子……「393.新たな任務へ」「836.ルフスの廃屋」「1112.曖昧な口約束」「1129.追われる連中」「1163.懐いた新兵器」参照
☆各地の防壁修理にも人員……「1257.不備と不手際」「1343.低調な投票率」「1357.変化した団体」「1363.反応を調べる」「1368.素材等の需要」「1514.イイ話を語る」参照
☆ヤーブラカに居た時、でっかい蜘蛛……「849.八方塞の地方」参照
☆警備員の兄ちゃんを呼んで地元の警察と一緒に戦った……「929.慕われた人物」~「0936.報酬の穴埋め」参照
☆レーフさんの放送/クーデター勃発直後の放送……「611.報道最後の砦」参照
☆FMクレーヴェルの近所で戦闘が始まった……「614.市街戦の開始」参照
▼天気予報と小規模な気象操作の専門家【飛翔する燕】学派の徽章
▼クーデター発生から二年近く経った現在の勢力範囲図




