1618.直後の混乱期
「私たち学校は別ですけど、地元が同じなんで親に頼まれたりして、ちょくちょく電話したり、都内で集まったりしてたんです」
五人とも寮や下宿がバラバラだ。
最年長の女子大生は、クレーヴェル東薬科大学の四回生だと言う。まだ薬の魔法は修行中の身で、薬師のねーちゃんみたいな銀の徽章はない。
幸い、薬科大の辺りは戦闘区域から遠く、大学当局は安全の為、寮生に外出を禁じた。
負傷者が次々と助けを求め、体育館と講堂を避難所として解放。修行中の学生も教授たちを手伝い、治療に奮闘した。
ネモラリス政府軍とネミュス解放軍は、住民の存在など全く意に介さない。【光の槍】など強力な魔法の流れ弾で家屋や店舗などが破壊され、ほんの数日で多数の死傷者が出た。
両軍とも、一般市民の遺体は律儀に神殿や葬儀屋の許へ運ぶ。遺体を扉に魔物が現れるのが防ぐ為だ。それぞれが、一般市民の死亡を相手のせいにする。批難の応酬が続き、対立は一層過熱した。
ネミュス解放軍はクーデーター宣言の直前、国営放送をはじめとする都内すべてのAM局を占拠した。
残ったのはFMクレーヴェルだけだ。
「知ってるDJやアナウンサーの声が全然聞こえなくなって、どの周波数に合わせても、解放軍の声ばっかりで心細くて……」
「申し訳ありません」
ラジオのおっちゃんジョールチが、女子大生に深々と頭を下げる。
一番手の薬科大生は、焦り顔の前で両手を振った。
「い、いえ、そんなつもりじゃないんです」
……じゃあ、どんなつもりだよ?
モーフの疑問が聞こえたかのように答えが出る。
「無事に脱出できたってわかっ……」
「今も無事に放送を続けて下さってるのがわかってホッとしました」
泣き崩れた薬科大生の肩を抱き、隣の女子大生がすらすら礼の言葉を並べる。
泣き止んだばかりの男子学生も、また顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした。
ラジオのおっちゃんが、いつものニュースと同じ声で言う。
「国営放送の本局に武装勢力が侵入する直前、非番の職員が命懸けで報せに来てくれたのです」
「よかった……よかっ……」
「解放軍の侵入直後に脱出し、AMカッカブ・ビルに助けを求め、クーデターの発生を伝えましたが、そこも襲撃を受け、既の所で脱出しました」
「FMクレーヴェルは局が小さいし、電波伝搬範囲が狭いから、後回しにされたんだと思うよ」
DJの兄貴が脱力した声で古巣を語る。
「で、でも、レーフさん、みんなを励ましてくれて……俺……俺……」
男子学生が嗚咽の間から言葉を絞り出す。
少年兵モーフは西門付近での爆発直後、葬儀屋のおっさんに首都から引きずり出され、中で何があったか断片的にしか知らない。
ピナたちは、当時のコトを殆ど口にしなかった。
もしかしたら、アマナの父ちゃんが報告書に書いたかもしれない。だが、モーフには、膨大な文書のどこにその記述があるかわからず、教科書より難しい文章を読むのも無理だ。
ピナに当時のコトを根掘り葉掘り聞く勇気はなかった。
聞いたところで、過去は変えられない。
DJの兄貴は夜の森で偶然出会った時、焚火の傍で泣きながら首都クレーヴェルの惨状を語った。
今、モーフの目の前で、学生たちが同じコトをがする。
……そうだよな。戦争中でも、この辺の村スゲーぬるいし。
ラキュス・ネーニア家の双子が人間狩りをした件を伝え聞いて憤りはしたが、旧直轄領では噂の域を出ない。湖の民にとって、自分が被害者に成り得ない迫害は、どこか遠い他人事なのだ。
だが、クーデターの戦闘下、首都クレーヴェルに居た学生らは違う。
彼らが家族にさえ言えない何を見聞きし、経験したのか気になった。
葬儀屋のおっさんが鎮花茶のおかわりを淹れ、一番手の薬科大生が話を続ける。
「クレーヴェル東薬科大学の救護所は、一般の人もネミュス解放軍の人も関係なく、来た人はみんな治療しました」
「都立病院のお医者さんや、政府軍の軍医は来なかったのかい?」
ラゾールニクがさらりと聞く。
「……少なくとも、私は、政府軍の軍服を着た人を癒した覚えがありません」
「政府軍の兵士なら、基地に帰投できれば軍医の治療を受けられますからね」
アマナの父ちゃんが当然だと言いたげな顔で頷く。
「軍服を脱いで民間人のフリで救護所に紛れ込み、解放軍の損害を確認しなかったとは言い切れん」
ソルニャーク隊長の指摘は、少年兵モーフには想像もつかない視点から飛んだ。
頷いたラゾールニクの指摘は、もっとぶっ飛んで聞こえた。
「じゃ、クーデター直後の解放軍には、積極的に協力する医療者が居なかったってコトだな」
「都内の医療者は、政府軍と解放軍、両方から徴発されるって噂がありましたけど……」
薬師のねーちゃんがマグカップを両手で包み、鼻先に持ち上げて言った。
「民間人と、搬送が間に合わない自軍負傷者用かな? それとも、敵に渡したくなかったとか? ま、でも、解放軍は都内では戦ったけど、目と鼻の先にある基地には手出ししなかったんだな」
「えッ? 何で?」
モーフは思わずラゾールニクに聞いた。
「当時、基地の陸軍病院は安全だったってコト」
「ウヌク・エルハイア将軍は、クーデターの初期は解放軍の統制が全然ダメで、気が付いたらまとめ役に祭り上げられてたって言ってたし、将軍自身には戦う意思がないからな」
「えッ? レーフさん、将軍様と直接お話しされたんですか?」
眼鏡の高校生が、長机に両手をついてパイプ椅子から腰を浮かした。
☆強力な魔法の流れ弾で家屋や店舗などが破壊……「651.避難民の一家」「652.動画に接する」参照
☆国営放送をはじめとする都内すべてのAM局を占拠……「601.解放軍の声明」参照
☆残ったのはFMクレーヴェルだけ/レーフさん、みんなを励まして……「611.報道最後の砦」「614.市街戦の開始」参照
☆AMカッカブ・ビルに助けを求め、クーデターの発生を伝えました……「599.政権奪取勃発」「600.放送局の占拠」参照
☆少年兵モーフは(中略)首都から引きずり出され……「711.門外から窺う」「712.引き離される」参照
☆中で何があったか断片的にしか知らない……「606.人影のない港」参照
☆DJの兄貴は(中略)首都クレーヴェルの惨状を語った……「661.伝えたいこと」「662.首都の被害は」参照
☆ラキュス・ネーニア家の双子が人間狩りをした件を伝え聞いて憤り……「1541.競い合う双子」「1552.首都圏の様子」「1553.贖罪で生かす」参照
☆都内の医療者は、政府軍と解放軍、両方から徴発されるって噂……「732.地上での予定」「733.検問所の部隊」参照
☆ウヌク・エルハイア将軍は(中略)戦う意思がない……「921.一致する利害」参照
▼【思考する梟】学派の徽章




