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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1660/3514

1618.直後の混乱期

 「私たち学校は別ですけど、地元が同じなんで親に頼まれたりして、ちょくちょく電話したり、都内で集まったりしてたんです」



 五人とも寮や下宿がバラバラだ。

 最年長の女子大生は、クレーヴェル東薬科大学の四回生だと言う。まだ薬の魔法は修行中の身で、薬師(くすし)のねーちゃんみたいな銀の徽章(きしょう)はない。


 幸い、薬科大の辺りは戦闘区域から遠く、大学当局は安全の為、寮生に外出を禁じた。

 負傷者が次々と助けを求め、体育館と講堂を避難所として解放。修行中の学生も教授たちを手伝い、治療に奮闘した。


 ネモラリス政府軍とネミュス解放軍は、住民の存在など全く意に介さない。【光の槍】など強力な魔法の流れ弾で家屋や店舗などが破壊され、ほんの数日で多数の死傷者が出た。

 両軍とも、一般市民の遺体は律儀に神殿や葬儀屋の許へ運ぶ。遺体を扉に魔物が現れるのが防ぐ為だ。それぞれが、一般市民の死亡を相手のせいにする。批難の応酬が続き、対立は一層過熱した。



 ネミュス解放軍はクーデーター宣言の直前、国営放送をはじめとする都内すべてのAM局を占拠した。

 残ったのはFMクレーヴェルだけだ。


 「知ってるDJやアナウンサーの声が全然聞こえなくなって、どの周波数に合わせても、解放軍の声ばっかりで心細くて……」

 「申し訳ありません」

 ラジオのおっちゃんジョールチが、女子大生に深々と頭を下げる。

 一番手の薬科大生は、焦り顔の前で両手を振った。

 「い、いえ、そんなつもりじゃないんです」


 ……じゃあ、どんなつもりだよ?


 モーフの疑問が聞こえたかのように答えが出る。

 「無事に脱出できたってわかっ……」

 「今も無事に放送を続けて下さってるのがわかってホッとしました」

 泣き崩れた薬科大生の肩を抱き、隣の女子大生がすらすら礼の言葉を並べる。

 泣き止んだばかりの男子学生も、また顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした。


 ラジオのおっちゃんが、いつものニュースと同じ声で言う。

 「国営放送の本局に武装勢力が侵入する直前、非番の職員が命懸けで報せに来てくれたのです」

 「よかった……よかっ……」

 「解放軍の侵入直後に脱出し、AMカッカブ・ビルに助けを求め、クーデターの発生を伝えましたが、そこも襲撃を受け、(すんで)の所で脱出しました」

 「FMクレーヴェルは局が小さいし、電波伝搬範囲が狭いから、後回しにされたんだと思うよ」

 DJの兄貴が脱力した声で古巣を語る。


 「で、でも、レーフさん、みんなを励ましてくれて……俺……俺……」

 男子学生が嗚咽の間から言葉を絞り出す。


 少年兵モーフは西門付近での爆発直後、葬儀屋のおっさんに首都から引きずり出され、中で何があったか断片的にしか知らない。


 ピナたちは、当時のコトを(ほとん)ど口にしなかった。


 もしかしたら、アマナの父ちゃんが報告書に書いたかもしれない。だが、モーフには、膨大な文書のどこにその記述があるかわからず、教科書より難しい文章を読むのも無理だ。

 ピナに当時のコトを根掘り葉掘り聞く勇気はなかった。

 聞いたところで、過去は変えられない。


 DJの兄貴は夜の森で偶然出会った時、焚火の傍で泣きながら首都クレーヴェルの惨状を語った。


 今、モーフの目の前で、学生たちが同じコトをがする。


 ……そうだよな。戦争中でも、この辺の村スゲーぬるいし。


 ラキュス・ネーニア家の双子が人間狩りをした件を伝え聞いて憤りはしたが、旧直轄領では噂の域を出ない。湖の民にとって、自分が被害者に成り得ない迫害は、どこか遠い他人事(ひとごと)なのだ。

 だが、クーデターの戦闘下、首都クレーヴェルに居た学生らは違う。

 彼らが家族にさえ言えない何を見聞きし、経験したのか気になった。



 葬儀屋のおっさんが鎮花茶のおかわりを淹れ、一番手の薬科大生が話を続ける。

 「クレーヴェル東薬科大学の救護所は、一般の人もネミュス解放軍の人も関係なく、来た人はみんな治療しました」

 「都立病院のお医者さんや、政府軍の軍医は来なかったのかい?」

 ラゾールニクがさらりと聞く。

 「……少なくとも、私は、政府軍の軍服を着た人を癒した覚えがありません」

 「政府軍の兵士なら、基地に帰投できれば軍医の治療を受けられますからね」

 アマナの父ちゃんが当然だと言いたげな顔で頷く。


 「軍服を脱いで民間人のフリで救護所に紛れ込み、解放軍の損害を確認しなかったとは言い切れん」

 ソルニャーク隊長の指摘は、少年兵モーフには想像もつかない視点から飛んだ。

 頷いたラゾールニクの指摘は、もっとぶっ飛んで聞こえた。

 「じゃ、クーデター直後の解放軍には、積極的に協力する医療者が居なかったってコトだな」

 「都内の医療者は、政府軍と解放軍、両方から徴発(ちょうはつ)されるって噂がありましたけど……」

 薬師(くすし)のねーちゃんがマグカップを両手で包み、鼻先に持ち上げて言った。


 「民間人と、搬送が間に合わない自軍負傷者用かな? それとも、敵に渡したくなかったとか? ま、でも、解放軍は都内では戦ったけど、目と鼻の先にある基地には手出ししなかったんだな」

 「えッ? 何で?」

 モーフは思わずラゾールニクに聞いた。

 「当時、基地の陸軍病院は安全だったってコト」

 「ウヌク・エルハイア将軍は、クーデターの初期は解放軍の統制が全然ダメで、気が付いたらまとめ役に祭り上げられてたって言ってたし、将軍自身には戦う意思がないからな」

 「えッ? レーフさん、将軍様と直接お話しされたんですか?」

 眼鏡の高校生が、長机に両手をついてパイプ椅子から腰を浮かした。

☆強力な魔法の流れ弾で家屋や店舗などが破壊……「651.避難民の一家」「652.動画に接する」参照

☆国営放送をはじめとする都内すべてのAM局を占拠……「601.解放軍の声明」参照

☆残ったのはFMクレーヴェルだけ/レーフさん、みんなを励まして……「611.報道最後の砦」「614.市街戦の開始」参照

☆AMカッカブ・ビルに助けを求め、クーデターの発生を伝えました……「599.政権奪取勃発」「600.放送局の占拠」参照

☆少年兵モーフは(中略)首都から引きずり出され……「711.門外から窺う」「712.引き離される」参照

☆中で何があったか断片的にしか知らない……「606.人影のない港」参照

☆DJの兄貴は(中略)首都クレーヴェルの惨状を語った……「661.伝えたいこと」「662.首都の被害は」参照

☆ラキュス・ネーニア家の双子が人間狩りをした件を伝え聞いて憤り……「1541.競い合う双子」「1552.首都圏の様子」「1553.贖罪で生かす」参照

☆都内の医療者は、政府軍と解放軍、両方から徴発(ちょうはつ)されるって噂……「732.地上での予定」「733.検問所の部隊」参照

☆ウヌク・エルハイア将軍は(中略)戦う意思がない……「921.一致する利害」参照


 挿絵(By みてみん)


▼【思考する梟】学派の徽章(きしょう)

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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